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吹雪の中

(48)

 実亜が帰り道をリーファスに乗ってゆっくりと歩いていると、頬に当たる風が刺すように冷たく、強くなってきた。ソフィアも気付いたようで実亜に「寒くないか?」と訊いてくれる。

「はい、外套(がいとう)もマフラー……襟巻き? も温かいので大丈夫です」

 実亜の乗馬服は襟がしっかりとしていて、ボタンを上まで留めるとタートルネックのようになって首元までしっかりと保護出来る。そこにマフラーも巻いているし、外套――コートも着ているので寒さは防げていた。

 ズボンも乗馬用なのでヒップと内腿部分は革張りの頑丈なものだし、冬用なので内側もちょっとしたボアみたいで風が防がれて温かい。足下はブーツなので言うまでもなくガードされている。

 寒い時期の多い国だと着るものも少し違って、その土地に適応出来るようになっているのだ。

 皆そうして自分で生きる場所を切り拓いてきたのだと思うと、実亜の身も引き締まる。

「そうか、それならいい。しかし、ミアのあのスーツという服だと冬は大変だっただろう」

 襟が広いし、布地は薄めだし――ソフィアがリューンの背に乗って、ゆっくりと実亜と合わせて歩きながら訊いていた。

「スーツに加えてコートって言う外套とかがありましたから、それに暖房で大体あちこち温かいですし。馬車みたいに小さめの乗り物にも大体暖房があるんです」

 厳密には馬車じゃなくて自動車とかだけど、実亜は説明をリスフォールの文化に合わせる。

「ふむ、乗り物――何処でシェールを燃やすんだ? 換気もしないと危険だろう」

 リスフォールの家には大体シェールという氷から出るガスを燃やすタイプの暖房がある。ガスを燃やすものだから換気設備もしっかりと作られていて、安全が重視されているものだ。

 ソフィアにしてみれば暖房はそういうものだから、馬車のような狭めの空間で暖房と言われても謎だろうと実亜は思う。

「換気しなくても大丈夫な小さい暖房があるんです」

 実亜の言葉にソフィアが目を大きく見開いて、楽しそうに「もっと教えてくれ」とリューンから身を乗り出していた。

 実亜は機械の説明をして、同じ機械で夏の暑い時は部屋を冷やすことも出来ると、冷房を教える。

「……不思議な技術の国だな、興味深い」

 ソフィアは楽しそうに実亜の話を聞いて、そう言うのだった。


 帰宅して、ソフィアはリューンとリーファスをそれぞれ馬小屋へと誘導――二頭とも馬用の外套をしっかりと着せていた。中綿入りの温かいものだ。

 実亜はその間に飲み水と飼葉(かいば)の用意をして、二頭の個室にそれぞれで掛ける。

「さあ、馬小屋も戸を閉めたし。吹雪への準備は万端だ」

 ソフィアが再度馬小屋の扉を確認して、実亜を家の中へエスコートしていた。

「お疲れ様でした」

 ずっと着込んでいた外套を脱いで、実亜はソフィアの分も預かってポールに掛ける。

「ミアも世話をありがとう。二頭分の水も飼葉もそれなりに重かっただろう」

 ソフィアは「まずは温かいお茶でも飲もう」とキッチンでお湯を沸かしている。今日のお茶は紅茶と烏龍茶の間みたいな味のもの――買って来た飴があるから甘さのないものだ。

「大事な子たちなので、そこは全然。ちゃんとお世話したいですから」

 実亜はカップを用意して、キッチンのソフィアの隣に立つ。ケトルの中ではもうお湯が沸々として湯気が立ち上っている。

「そうか、ミアは優しいな」

「わ……」

 家の中なので、ソフィアが遠慮なく実亜の頭を撫でていた。

 昨夜丁寧に塗ってもらったコンディのおかげで、今日の実亜の髪は特にサラサラしている。ソフィアは手触りが楽しいのか、何度も頭を撫でて、髪を指先に絡ませて遊んでいた。

「――今夜は長い夜になる。吹雪の音はなかなかうるさくてな、あまり眠れないかもしれない」

 お湯が沸いたので、ソフィアはティーポットに茶葉を入れてお湯を注ぐ。この辺りの入れ方も前の世界とほぼ同じ――出来上がるお茶の味は違うけれど。

「……じゃあ、お話、沢山したいです。雪で出来た家のお話とか」

「約束していたな。勿論、他にも沢山話をしよう。ミアの話も沢山聞きたい。飴でも食べながら話すか」

 ソフィアは温かいお茶を手にダイニングテーブルに着いて、今日買ったばかりの飴の瓶から、好きだと言っていたコール飴を手にしていた。

 実亜も好きなものをと言われたので、水色の飴を一つ食べる。ハーブティーのような味は爽やかな甘みで癖になりそう――お茶と合わせると名残の甘みで不思議と味が調和していた。


「――そうだ、こんな感じで雪を大きな煉瓦(れんが)のように固めて積み上げて家にするんだ」

 ソフィアが可愛い説明の絵を描きながら教えてくれた雪の家は、雪で四角い塊を作って水をかけながら組んで固めていくという本格的なものだった。

 実亜の知る雪の家は積み上げた雪をくりぬく「かまくら」というものなので、それから考えると相当しっかりと作られるものになる。実際、中では人が三人くらいは過ごせるらしい。

「私の知ってるのだと、こういう――丸くて小さい『かまくら』って言うんですけど」

 実亜もペンを借りて、かまくらの絵を描く。我ながらあまり上手じゃないなと思いながら、なんとかソフィアに説明をする。

「ほう、ミアの国も雪がそんなに多く積もるのか?」

「縦に長い国なので、積もる地域もあります。私の居た街はそんなに積もることはなかったですけど、時々積もって交通が止まっちゃいます」

 都会は雪に弱い――慣れていないからというのもあるだろうけど、基本的に雪質が違うから道路に影響が出やすいと実亜は説明をしていた。

 雪が多く積もる地域の雪は気温も低いのでサラサラの雪で、都会の雪はボタ雪という水気の多い雪。だから、少しの雪でも滑りやすくなったりするのだ、と。

「ふむ……馬も蹄鉄(ていてつ)を雪に適したものに着け替えないと危険だろうし、時々しか積もらないのでは着け替える手間のほうがかかるものだからな」

 ソフィアの交通はイコールで馬――ソフィアに限らずリスフォールでは馬が交通の要だから、その感想は確かに合っている。(ひづめ)かタイヤかの違いくらいだと実亜は思った。

「――風が強くなってきたな」

 不意に雨戸を叩く風の音が耳に入ってきた。ソフィアはお茶のおかわりを注いで小さく呟く。

「え? あ、本当です。お話に夢中で……」

 実亜が耳を澄ますと、強風が木々を揺らす音が聞こえる。

「まあ、家が飛んで行くことはない。落ち着いていれば大丈夫だ」

 家の中は温かいし、食料もあるから心配するな――ソフィアが優しく笑って実亜を見ていた。

「はい。ソフィアさんが居るから安心です」

 実亜はお茶を飲んでソフィアに返す。世界中の何処よりも安心出来る場所が此処にあるから。

「飴はもういいか? まだ沢山あるぞ」

 ソフィアが今日買ったばかりの飴が詰まった瓶を差し出して実亜に訊く。瓶の中は色とりどりの飴がまだ沢山あって綺麗な色を奏でている。

「じゃあ、もう一つ――オススメはありますか?」

「そうだな――この紫色のはどうだ?」

「何味ですか?」

 紫色はなかなか食べ物には使われない色のような――実亜はそう言いながらソフィアが瓶から飴を取り出してくれるのを待つ。

「スミレという花の味だ。綺麗な花だぞ」

「……花は知ってる気がしますけど、食べたことないです」

 多分、スミレという花――あれは英語でバイオレットとも言うし、それを加工したのなら、バイオレットの、紫色の食べ物になる。

「それなら丁度いい――口を開けて」

 ソフィアが綺麗な紫色の飴を手に持つと、実亜に少し迫っていた。食べさせてくれるつもりらしい。いいのだろうか――騎士の規律とか、そんなものに引っかからないだろうか。

「え? は、はい」

 実亜は遠慮がちに口を開いて、飴を待つ。少し間があって、ソフィアが飴を食べさせてくれる。

 ふわっとした甘い香りが実亜の口に広がる。これがスミレの花の味なのだろうか――ほのかな花と言うか香水のような風味――だけど、決して強い香りではなくて儚く残る感じだ。

「味はどうだ?」

「美味しいです。ふわっといい香りがしてます」

「ふわっと? 柔らかいのか?」

 ソフィアが「持った時は固かったが……」と不思議そうに実亜を見ていた。

「いえ、あのどう言えば良いんでしょう……かすかにいい匂いがする時なんかもふわっとって言ったりします。儚いというか、少し弱くてもしっかりと感じるというか」

 ソフィアの言うように柔らかいものも「ふわっと」と言うし、「ふわっと」の説明もなかなか難しいものだ――今までこういった擬音語をどう使っていたのか、自分でも見直すきっかけになると実亜は思う。ソフィアが楽しそうに話を聞いてくれるから、楽しいのだけど。

「ふむ、言われてみると久々に食べたくなるな――と、一つしか買ってなかったか……」

 瓶を見て、ソフィアは小さな溜息をついていた。それでも「色々な味を適当に買ったからな」と満足げだ。

「え、じゃあ独り占めしちゃいました……ごめんなさい」

 まだ口の中に飴は残っているけど、飴は分けて食べられるものではないし――

「謝ることじゃない。そうだな――ミア、少し行儀が悪いのだが、構わないか?」

 ソフィアの顔が実亜の顔に近付いて、鼻先を実亜の唇近くに寄せていた。香りだけを知りたいのだろうか――実亜はしばらくじっとしていた。

 しばらくして、ソフィアの手が実亜の頬に沿わされる。

「ミア――」

 ソフィアの甘い囁きとキスが同時にやって来た。

 口の中の飴を確認するように、ソフィアの舌が入り込んできて、甘くて深いキスになる。

「んん……」

 ソフィアは舌先で飴を何度も転がすと、納得したのかキスを離していた。

「……確かに、儚いがしっかりと感じる花の香りだ」

 実亜の唇を指先で拭いながら、ソフィアはそんな感想を静かに呟いている。

「あの……あの、リスフォールではそういう味見の仕方もあるんですか?」

 実亜は甘いキスの名残を味わって、ソフィアに訊いていた。行儀が悪いと言っていたから、あまり歓迎されない味見の仕方だとは思うけれど。

「そうだな――私とミアの間だけだ」

 得意気に笑って、ソフィアは実亜の首筋を撫でる。

 実亜はまだ残る飴の甘さと、キスの甘さと、ソフィアの甘さを存分に味わっていた。

 外は、吹雪が強くなって――雨戸を叩く風の音と、実亜の鼓動が少しシンクロしていた。

(余談1)

スミレの花言葉は「小さな幸せ」「誠実」「謙虚」です。


(余談2)

シェール(燃える氷)はメタンハイドレートなんですけど語感でシェールにしています。

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