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吹雪の前に

(47)

 翌朝の空は透き通るように晴れ渡っていた。

 玄関先で空を見上げて、実亜はふと前の世界を思い出す。

 この空と、前の世界で見ていた空は、同じものだろうか――全く違うようで似ている世界は、向こうとは違って凄く温かい世界だ。

 慣れないことはまだあるけど、自分の本当の居場所は此処だったのではないかと思うほどに、実亜には居心地が良くて生きている実感があった。勿論、ソフィアが傍に居てくれるからというのもあるけれど、街の人たちも優しくて温かい。

「晴れているな――吹雪が近い」

 ソフィアが顔を洗って、タオルで拭きながら玄関に顔を出す。

「え、こんなに快晴ですけど、吹雪になるんですか?」

 見渡す限り、雲一つない青空――その空は高くて何処までも遠い。

「吹雪の前はいつもこんな天気だ。夕方過ぎから荒れるだろう」

 空気もいつもより少し冷たいから冷えるぞ――ソフィアは実亜の腰をそっと抱いて、家の中に一緒に入っていた。

「備えなくて大丈夫ですか?」

「ふむ、食料くらいだな――朝のうちに一緒に買い物に行こうか」

 ソフィアはもういつもの騎士の制服を着ている。休みの日でも万が一を考えて、昼間は大体この姿なのだそうだ。堅い感じがするけど、慣れれば楽らしい。

「はい。準備します」

 商店の並ぶ通りに馬で行くから乗馬服――実亜は急いで身支度を調えていた。


 実亜はもうリーファスに乗って通りに出ても大丈夫だと言うことで、二人と二頭でゆっくりと商店街のほうへと歩く。大通りでもリーファスは動じることなく歩いているから、本当にしっかりと訓練された馬――降りる時もまだ慣れない実亜をちゃんと見守ってくれていたし。

 実亜はリーファスを沢山褒めて、ソフィアはその様子を見て笑っていたのだった。

「やあ、いらっしゃい。吹雪が来るから朝からもう安売りだよ。そうだ、灰干(はいぼ)しの魚が入ってるよ」

 ソフィアさん魚好きだろう? 二人で食品の店が並ぶ通りに行くと、いつもの店の店主はもう包み紙を手にして売れたと確信している。

「灰干しの魚? ミアは知ってるか?」

 ソフィアは魚と聞いて嬉しそうに、実亜を見ていた。魚と聞くと、ソフィアはちょっとはしゃぐ。そんなところが少し可愛いと実亜は思う。

「いえ……灰干し……?」

 でも聞いたことがあるような、ないような――実亜は記憶を辿っていた。

 テレビのグルメ番組だったかで見たことがあるような気もする。

「魚を開いて、灰を被せて水気と脂と臭みを抜くんだ。焼いて食べるとこの上なく美味しいよ」

 リスフォールでは魚を焼くことはほぼない。魔物の討伐隊の野営――キャンプでも、魚を持っていくことはまずなくて、干し肉が主だ。

「ほう。この前二人で干し魚を焼いて食べたが、かなり美味しかった。買おうか」

 ソフィアは嬉しそうに鯖のような魚を選んでいた。

「はいよ、ありがとう。おまけに干し肉の切れ端も入れとくね」

 店主は手早く魚を包んで、おまけの干し肉――おまけと言っても買った魚と同じくらいの量――も包んでくれる。

「いつもありがとう」

「いつもありがとうございます」

 ソフィアが支払いを済ませて、実亜が受け取る。そして二人で同時に礼を言っていた。なんとなく気恥ずかしいけど、ちょっと楽しい。

「いいんだよ。ソフィアさんとミアさんにはいつもご贔屓にしてもらってるからね」

 また来てね――店主は(ほが)らかに笑っていた。

「ミアも買い物は大体あの店にしているのか?」

 商店の建ち並ぶ通りを歩きながら、ソフィアが実亜に訊く。買い物した荷物は布製のトートバッグに入れて、ソフィアが持ってくれていた。

「はい。いつもおまけとかくださるので……この前は飴をいただきました」

「ふっ――ミアは可愛いな。飴が好きなのか?」

 しかし、あれは美味しいものだしな――ソフィアが楽しそうに笑う。

「あまり食べないですけど、久しぶりに食べると美味しかったです」

 砂糖の甘さは何処の世界も同じで、それが心を少し優しくしてくれるのも同じで、そう思うと実亜は上手く店の戦略に乗っているのかもしれない。

 だけど、そういうのも生活というもので、生きるためには楽しいものだと思うのだ。

「ふむ。ミアの国にはどんな飴があるんだ?」

 ソフィアは野菜を買いながら興味深そうに話を続けていた。ここも馴染みの店だから、ちょっとおまけをくれた。

「えっと――喉にいい飴とか、果物の味の飴とかです」

 薬草とか果汁を混ぜて飴にしていると実亜は軽く説明する。

「その辺りはこちらとあまり変わりはないのだな。丁度いい、飴も買っておこう」

 お菓子の通りはこっちだ――ソフィアは手を引いて案内してくれていた。


「沢山ありますね?」

 やって来たのは飴の専門店――ソフィアは入口にある広口瓶と小さなトングを手にしていた。パン専門店でパンを買う時みたいに、自分で選んでカウンターに持って行く方式らしい。

 色とりどりの飴は見ているだけでも楽しくて、店内には飴の甘い香りも漂って実亜の心を弾ませていた。

「喉にいいのはこの辺りだな」

 ソフィアが案内してくれたコーナーは、ハーブの香りが一段と強くて、いかにも喉に良さそうな飴ばかりだった。

 実亜はその中から綺麗な水色の飴を選んでソフィアの持っている瓶に入れてもらう。

 ソフィアはこの前の舞踏会で飲んだ酒と同じ花から出来ている飴だと教えてくれた。

「こっちの綺麗な色の飴は果物ですか?」

 カラフルな飴が並ぶ中で、実亜はオレンジ色の飴を見付ける。この色だとミカンとかオレンジの味――多分だけど。

「ああ、それも喉にいいんだぞ。確か――キンカンと言ったかな」

「キンカン……あの、この色そのままで、もうちょっと大きくて木になる実ですか?」

 実亜の知るキンカンは一口サイズの柑橘類――あれも確か喉にいいはずだ。

「ああ、確か皮ごと食べられる南の果実だ。ミアの国にもあったのか」

 甘酸っぱくて爽やかな味だ――ソフィアがそう教えてくれる。

「多分、同じものだと思います」

「ふむ、じゃあこれもいくつか買おう。ミアには懐かしい味だろうし」

 トングで丸い飴を掴んで広口瓶に何個か入れて、ソフィアは満足そうだ。

 何処の世界も、こういうバイキング形式の買い方は楽しいのかも――なんて実亜は思う。

「ありがとうございます。ソフィアさんの好きなのはどれですか?」

 ソフィアさんも好きなものを買ってくださいね? 実亜は優しいソフィアに返していた。

「私は、この香辛料の入ったコール飴が好きだな」

 ソフィアが指したのは黒飴のような――だけど、香辛料と言っているから、何かピリッと辛かったりするのだろうか。

「黒いですけど、どんな香辛料なんですか?」

「詳しくはわからないが、何種類かの香辛料を混ぜて、煮出したものらしい。味見も出来る、食べてみるか?」

 ソフィアは商品棚の前にある、小さな飴の欠片を一つ手にして、実亜に渡す。製造途中で出来た、商品にならない小さな欠片が味見用の飴になっているらしい。

「あ、コーラの味です」

 実亜は小さな欠片を味わって、その味の正体を突き止める。コール飴――コーラ――似ていて違って、やっぱり似ていた。

「ほう、ミアの国にもあるのか。まあ、香辛料は南のほうが本場だしな」

 これもいくつか買おう――ソフィアはトングでひょいひょいと飴を掴んで瓶に入れていた。


 飴は種類に関係なく、一瓶で銀貨一枚しないくらい――お釣りで銅貨が何枚か返ってきた。

 一瓶には飴が三十個ほどなので、飴一つで十五円くらいだ。瓶はまた持ってきていいらしい。これがエコというものだろうか。

「さあ、大体買い物は済んだし帰ろうか。夕方からはもう家の中だな」

「はい」

 実亜は夢のような飴の瓶を肩掛けの布製バッグに入れて、ソフィアと二人でリューンとリーファスを繋いでもらっている場所に向かっていた。

次回、キャンディキスくらいはしそうですね。この二人。

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