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新しい記憶

(44)

「今日の練習はこのくらいにしよう。速歩も上手く出来ている」

 翌朝――実亜はまた乗馬の練習をしていた。馬を少し速く歩かせる速歩もかなり形になって、冬の風が頬に冷たかったけど、上達したのが実感出来て爽やかな気分だ。

「はい。ありがとうございました。リーファスもありがとう、あとでポロの実あげるね。あっリューンにも。お付き合いありがとう」

 実亜はリーファスの首元を軽く叩いて、感謝を伝える。馬への接し方も大分慣れて、リーファスの表情もなんとなくわかるようになって、今は少し嬉しそうに見える。

「さて、降り方だ。焦らず鐙から片足を外して――こうだ」

 ソフィアは軽々とリューンから降りて、実亜の近くで待機してくれていた。

 何かあっても私が受け止める。と、心強い言葉で、優しく構えてくれる。

「片足を外して、そっと……えい! わ……」

 実亜は鐙から足を外して、乗る時と反対の動作でリーファスから降りる。地面に着いた足が少しぐらついたけど、実亜はなんとか姿勢を立て直す。

 ブーツの靴底にある滑り止めのスパイクみたいなものが、こんなに機能したことがあっただろうかというくらい、地面をしっかりと噛んでいた。

「ふむ、上手く出来たじゃないか。今の感覚を覚えておけばいい」

 ソフィアは実亜が転ばないように、手でいつでも支えられるようにカバーしてくれている。

 だけど、今回はなんとか助けを借りずに着地――やり遂げた感じだ。

「はい。覚えておきます」

 実亜はリーファスの手綱を持って、ソフィアとリューンと一緒に歩いて馬小屋へ向かう。

「まだ少し心配はあるが、これで一応は一人での乗り降りが出来るようになったな」

 ソフィアはリューンの手綱を引きながら、実亜に明るく笑いかけてくる。

「え、まだ少し不安です……」

「一応、だから、まだ付き添いが必要だぞ?」

 二人と二頭でゆっくりと道を歩いて、実亜は真冬のリスフォールの空気を吸う。雪が積もっているから、冷たいけど案外瑞々(みずみず)しい空気だった。

「ソフィアさんが付き添ってくれるんですか?」

 頼る――きっと、こういうところからだ。実亜は遠慮なくソフィアを頼る。

「勿論だ。私以外に誰がミアを守るんだ?」

 ソフィアは得意気に笑うと、実亜の頬を軽く撫でていた。

「……ありがとうございます」

 心地良い返事に、実亜の心は凄く満たされる。この人と一緒に居られることが、やはり自分の幸せで、居場所だと。

「お互い様だ。さあ、リューンたちにポロの実をやって、昼食にしようか」

「はーい」

 実亜はリーファスを馬小屋に誘導して、手綱と馬銜(はみ)を外してリラックスさせる。

 あとはポロの実をお礼に二つ持って来て、リーファスとリューンに食べさせていた。ソフィアはそんな実亜の様子を見て「ミアは優しいな」と、また笑っていた。


「すいとん? 成程。メーリ粉を練ってから茹でるのか……」

 昼食はソフィアが「実亜の食べ慣れたものにしよう」と言ってくれたので、二人ですいとんを作っていた。ソフィアは野菜を刻んで、鶏肉と一緒にスープ――煮込みを作る。

 実亜はメーリ粉――小麦粉を水で練って、すいとんの団子のようなものを作る準備をしていた。

「はい、お金がない時とかによく作ってました」

「? ミアの国はメーリ粉が安いのか? コメも毎日のように食べると言ってたが――」

 ソフィアがスープを味見しながら実亜に訊く。

「どちらもリスフォールほど高くは……安売りのメーリ粉だと銀貨一枚で三キロ――リスフォールの五倍くらいは買えますから」

 コメだと三倍くらいの量は買える――実亜は練った生地を沸騰したグツグツと沸騰するスープの中に落としていた。

 リスフォールの穀物の値段はそこそこ高い。小麦粉は五百グラムくらいで銀貨一枚――約五百円だ。実亜の居た世界だと多少の差はあるけれど、安ければ小麦粉は一キロ二百円もしないから、その基準で考えると小麦粉は此処ではかなりの高級品になる。

「ふむ、そんなに安いのか……それは贅沢な使い方が出来るはずだ」

 いや、世界は広い――ソフィアはスープの中に浮かぶすいとんの団子を見て「雲みたいだ」と笑っていた。


「美味い……! 成程、麺の時もそうだったが、練って焼くより美味いな?」

 ソフィアはすいとんを一口食べて、興奮気味に実亜を見る。

 そして、思わず「美味い」と言ったことをまた謝っていた。

 リスフォールでは小麦粉は大体の場合焼いて食べるものだという。そもそも、値段の問題でそんなに気軽には食べられていない。パンも基本的に燕麦――オートミールの粉を使ったものだ。

「はい、温まりますし――あ、この前ソフィアさんが渡してくれたシチミを少し入れても合いますよ?」

「やってみよう――どれくらい入れるんだ?」

 ソフィアはシチミを取り出して、別に持って来た大きなスプーンを山盛りにしている。実亜が見た感じ、料理に使う大さじ半分くらいの大きさだ。リスフォールではこれくらいシチミを使うのが普通らしい。

「ま、待ってください。程々で、もっと少なめに?」

 実亜は慌ててソフィアを止める。もう半分の半分くらいでいいと言うと、ソフィアは「ミアはここでも控えめなのだな」と言いながらもそれに従っていた。

 ソフィアは実亜の制止で大量の唐辛子を免れたすいとんを食べて、黙って頷く。

「……どうですか?」

「美味い。失礼――美味しい。シチミを少なくすると辛いだけではなくて、爽やかな風味がある」

 ミアは美味しいものを知っているな――ソフィアは楽しそうにすいとんを食べている。

 実亜個人としてはあまり良い記憶のない料理なのだけど、楽しそうなソフィアを見ていたら、同じように楽しくて、記憶が良いものに上書きされたような気分だった。

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