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使命

(43)

 あれから、実亜は食事をしながらばあやと少し話をして、リーファスにポロの実をあげてからまた寝入っていた。思っていたより疲労が溜まっていたのか、実亜が目を覚ましたのはソフィアが帰ってきた夕方頃だった。

「ミアは、そうか――まだ――てるのか」

 玄関のほうからソフィアの小さな声が、まだ微睡(まどろ)んでいる実亜の耳に届く。

 起きなくては――ソフィアに「おかえりなさい」を言いたい。「いってらっしゃい」には「おかえりなさい」がセットでないと。

「――りがとう、ばあや。気を付けて宿に――ああ、わかっている」

 ソフィアの少し早い足音がベッドに近付いてくる。実亜は慌てて跳ね起きていた。

「ああ、起こしてしまった。調子はどうだ? 何処か痛いとか――そうだな、賑やかな(うたげ)のあとだから、寂しくはなかったか?」

 ソフィアは冗談混じりで優しく笑うと、実亜の居るベッドに腰掛けて、そっと実亜の頭を撫でてくれる。外では出来ないこと――だけど、二人の間では少し特別な意味を持つこと。

「……少しだけ、不安で寂しかったですけど、ばあやさんが沢山お話をしてくださったので」

 実亜が不安を感じたのは――あれだけ心が揺らいでしまったのは、舞踏会が楽しかったから。あとは、あまりにも今が幸せだから。夢のような時間のあとに残る筋肉痛みたいな、反動みたいなものだったように思う。

「そうか。ばあやの武勇伝は沢山あるから楽しめただろう」

 ソフィアは全部聞くとなると十日間ほど眠らせてもらえないぞと渋い顔をしている。これは多分、昔聞かされた感じの反応だ。

「はい。大事なお話をしてくださいました。あの……おかえりなさい」

 実亜はソフィアの手を取って、そのまま自分の頬に当てる。

 存在しているだけでいい――だから、この存在をしっかりと感じて欲しくて。

「ただいま――大事な話が気になるな。ばあやのことだから盗賊団を短剣と小剣で撃退したとかの話じゃなかったのか?」

 ソフィアは両手で実亜の頬をそっと包んで、そんな冗談めいたことを実亜に訊く。

「もう少し穏やかなお話です。ばあやさん、そんなにお強いんですか?」

 今のばあやを見ていると、おしとやかな淑女なのだけど、言われてみると盗賊を撃退くらいは出来そうだ。だけど、ソフィアは盗賊団と言っているから、相手は集団――流石に無理そうな気がする。

「まあ、話は幾分大仰になっているとは思うが、強いぞ? 今でも小剣を投げさせると矢のように標的を射貫ける」

「修羅場をくぐり抜けてきたんですね……」

 実亜の言葉に「そうだな」とソフィアが笑う。

「私も、強くなりたいです」

 実亜は心に決めたことを口にしていた。守られてばかりだから、守るために強くなりたい。だから、精神的にしっかりしてソフィアを支えたくて。

「剣なら教えられるぞ? ああ、でもミアは短剣のほうがいいかもしれないな。それだと比較的早く習得出来る」

 ソフィアは実亜が強くなる方法を一つ挙げてくれていた。

「その強さも素敵ですけど、まずは一人で色々と出来るようになりたいです。街のことももっと知りたいですし、リーファスにも上手に乗ったりとか」

 実亜はもう少し(やさ)しいことから頑張りますとソフィアに約束をする。

「そうだな。まずは一人での馬の降り方を練習するか。覚えていて損はない」

 ミアならすぐに出来る――ソフィアは実亜と額を引っ付け合って、優しく笑っていた。


「夕食だが、南のほうの名物を買って来た。ミアは食べたことがあるかもしれないな」

 ソフィアが騎士の制服から着替えて、少しリラックスした普段着になる。

 そして、実亜に「起きれるか?」と訊いて、リビングのほうに向かっていた。

「名物ですか?」

 実亜は目覚めの水を飲んで、ソフィアが買って来た紙袋を見ていた。

「コメを植物の葉で包んで蒸したチマキというものだ。中に鶏肉と何だったかな……タケノコというものが入っている」

 ソフィアは紙袋から手の拳くらいの大きさの三角の物体を取り出している。植物の葉は多分笹とか竹の皮とかの感じの風合いだ。

 チマキ――実亜の知るものだと、中華料理のちまきというものだけど、物凄く似ている。

「あ、知ってますけど食べたことは……無いです。タケノコはわりと食べてました」

「そうか、タケノコは成長してタケという木になるのだが、それも知ってるか?」

 ソフィアは木を食べるのが不思議で、今まで話だけは聞いていて挑戦出来なかったらしい。

「はい。竹もわかります。あの、前に言ってた箸にしたり、器を作ったりしますよ?」

 実亜は食器棚から皿を取り出して、ソフィアに渡す。ソフィアはそこにチマキを並べている。

「そうだ、器だ。タケは切るとそのまま器になる。南のほうの国の名産品だ。帝国やリスフォールでは見かけないのだが、話を聞いて便利な木だなと感心したことがある」

 ソフィアはミニナイフでチマキの包みを切り開くと「ミアの作ってくれたオムスビに似てるな?」と楽しそうに実亜を見ていた。


「ソフィアさん、これがタケノコですよ」

 実亜はフォークでチマキを食べながらタケノコを説明していた。ソフィアは実亜の様子を見ながら、興味深そうにフォークで崩しながらチマキを少しずつ食べている。

「ほう、木だと聞いていたから、もっと固いものかと思ったら案外柔らかそうだな?」

 ソフィアは少し大きめのタケノコをフォークで刺す。そして、思い切って一口で食べていた。

「まだ成長してないタケノコのうちは柔らかいので、煮込んで刻んで食べられます」

 他にも炒めものとかに使って、わりと食べるものだと実亜は説明をする。

「不思議なものだ……うん、美味い。あ、失礼。美味しい。しかし、ミアが居ないと私はタケノコを食べられていなかったかもしれないな」

 ソフィアはチマキを食べながら、楽しそうに笑ってお茶を飲んでいた。

「え、あの、食べて大丈夫でした?」

「歯応えがあって、味もいい。木を食べると聞いていたから、躊躇してたのが勿体ないくらいだ」

 ミアのおかげだ――ソフィアはもっと食べようとチマキの皮を切り開いていた。

 タケノコでこれだと、ゴボウとかはどうなるのだろう――あれは木の根みたいなものだし、ソフィアも驚くかも――あとはメンマなんかも煮込んだ木に見える。実亜は楽しそうなソフィアを見て、ちょっと意地悪なことを思っていた。


「――と、いうことは、ミアの居た国はもう少し帝国領に近いのかもしれないな」

 夕食も済んで、風呂も済ませてベッドの中――少し行儀は悪いと言いながら、ソフィアは地図を広げていた。

 今日食べたチマキは実亜の居た国から見て少し北のほうの国の料理だという話から、地図を見てみようということになっていたのだ。

 ソフィアの広げた地図の国は実亜が見たことのない形をしている。

 だけど、陸地と海の比率は似たような感じで、島国もちゃんとある。高い山も記されていて、そんなに前の世界と大きくかけ離れたものでもなくて、不思議だった。

 リスフォールは内陸部の北のほう――今日ソフィアが買ってきた、チマキが名産品の国はリスフォールからずっと南に行って、帝国領を越えた辺りの中規模なところだという。

 途中にも帝国と同盟関係にある小さな王国などがあって、コメやパスタ――実亜の居た世界での味噌――などの名産品も多くあるらしい。

「帝国領ってどのくらいあるんですか?」

 実亜は地図にあるリスフォールの場所を指で辿る。

「三方を山に囲まれている最北の地がリスフォール、此処から――」

 実亜の指先にソフィアの指先が重なる。そして、ソフィアはゆっくりとリードして帝国の国境をなぞっていた。地図の三分の一くらいの領土はとても広く、海も山も大きな湖も川も全て含まれている。

「随分広いですね」

「これでも同盟国などを省いているから、全部合わせるとかなり広いな」

 数年かけて領土を旅する人も居るくらいだ――ソフィアはそう説明してくれていた。

「リスフォールから、この王国までは何日くらいかかるんですか?」

 実亜はコメが名産品だという王国を指さしていた。

 最近では少し育てやすいものも出来て、もう少し北のほうでもコメはあるらしいけど、一大産地と言えばこの国になるらしい。

「早くて三十日かからないくらいだな。各地で休みながらの余裕を持った日程だと倍はかかる」

 途中には有名な温泉もあるから旅行客がそこそこ居て、基幹となる道もしっかり整備されているとソフィアは教えてくれた。

「この国にも魔物は居るんですか?」

 実亜は見たことのない国を想像する。名産品が似ているということは、気候や風土も似ているのだろうし、もしかしたら似た人も居るかもしれない。

「勿論だ。雪が積もらない分、一年中魔物との戦いだな。だが、ミスフェア王国は戦いに長けた勇猛な戦士も多いから安泰だし、おかしな話だが傭兵になると一稼ぎ出来る」

 実亜の居た世界と違って、この世界は何処にでも魔物が居る。それだけが大きな違いと言えばそうなるけれど、どうしてか実亜にはそれもなんとなく受け入れることが出来ていた。

「でも、命がけの一稼ぎ――ですね」

「まあな。その点は何処でも同じようなものだ。皆それぞれの使命を胸にして戦っている」

 使命を胸に――実亜はその言葉に胸が小さく疼く。この世界の人たちは――いや、実亜の居た世界の人たちも、みんなそれぞれに大事なものを胸に生きているはずなのだから。

「戦って……私は、戦えますか?」

 実亜はソフィアに訊く。ソフィアの目が一瞬驚いたように見開かれて、すぐに優しく目を細めて笑顔になっていた。

「……ふむ、ミアの言う『戦う』は魔物との戦いではないような気がするが、私の感覚は合ってるか?」

 ソフィアはベッドに俯せて頬杖をついて実亜を優しく見つめると、空いている手で実亜の頬に触れていた。優しい温度はいつもと同じで、もっと甘えたくなってしまう。

「――はい。私は、自分の弱さと戦いたいです」

「ミアは決して弱くはない。強い人だ――少なくとも、私はそう思う」

 ソフィアは優しい言葉で、強い眼差しで、実亜を肯定してくれる。

「でも……私、一人じゃ……まだ何も」

「一人で戦うだけが戦いじゃない。ミアはミアのやり方でここまで戦ってきただろう?」

 あとは誰かに頼ればいい――ソフィアはそう言って実亜を抱きしめて囁く。

「頼る……」

「ミアはいつも何処か控えめで遠慮している。それも素敵なのだが、私はもっと頼られたい」

 ソフィアは少し身体を離すと、真剣な表情で実亜を見つめている。

 頼られたい――惚気を交えたこの言葉は、実亜の心を温かくしてくれていた。

「じゃあ、ソフィアさんに頼る練習もします」

 でも、今も沢山頼っている――実亜は笑顔でソフィアに返す。

「そうだな、もっと沢山頼ってくれ。騎士の誓いは飾りではないことを証明しようではないか」

 ソフィアは得意気な笑顔で、実亜をもう一度抱きしめていた。

 優しくて強い、この人の隣に居るために、実亜は少し不思議な練習をすることも心に強く決めていた。

ソフィアとばあやの連携で実亜を甘えさせよう作戦みたいな。

(特に取り決めてないですけど、二人とも実亜にはこれが大事だとわかっている感じで)

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