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守って守られて

(41)

 美味しそうな香りがする――実亜は短い眠りから目を覚ましていた。

 漂ってくる香りは少し甘くて爽やかで、物凄く美味しそうだ。目がはっきりと覚めた途端に、実亜の胃がキュウと小さく鳴く。

 実亜にはそんなに空腹だった自覚はないのだけど、わりと長時間ダンスを踊ったし、ここしばらくでは結構な運動量だったのかもしれない。

「ソフィアさん……」

 実亜はリビングに向かい、本を読んでいたソフィアに話しかける。

「ああ、起きたか。気分はどうだ?」

 ソフィアは本を閉じて、実亜に笑いかけてくれていた。

「少しスッキリ――えっと、爽やかな気分です」

「そうか、食事が出来ているから、気が向いたら――」

 キュウウ――また実亜の胃が鳴る。今度は大きめに。これは流石に恥ずかしい。実亜は「ごめんなさい」と謝っていた。リスフォールでのマナーだとかは、まだ詳しくわからないから失礼なのかもわからないのだけど。

「謝ることはない。腹が減っている時には皆そうなる。今、食べよう。すぐに温め直す」

 ソフィアがキッチンのコンロを操作して大きな鍋をかき混ぜていた。

「お手伝いします」

 実亜もソフィアの隣に立って手を洗う。

「そうか? じゃあ食器棚から深皿を出してくれ」

「はい。凄く美味しそうな、いい匂いがします」

 実亜は指示通りに深皿を二人分出して、ソフィアの次の一手を待つ。空腹の胃に、美味しそうなハーブのような香りがダイレクトに響く。

「ばあやが教えてくれた香草と香味野菜の組み合わせだ。味見をしたが、我ながらいい感じで作れたと思うぞ?」

 これでも一人での生活は長いんだ――ソフィアは得意気に笑うと、煮込まれた鶏肉を深皿に入れて、スープを注いでいた。


「お肉がほろほろで美味しいです……」

 二人でテーブルに着いて、ソフィアの作った鶏肉と香草のスープ――煮込みを食べる。実亜の口に入れる前から、香草がふわっと香ってお肉はスプーンでも解れるくらい柔らかく煮込まれていた。塩加減も丁度いい。

「ほろほろ? また新しい言葉だな。肉がほろほろ……ほろほろ。わかった、味が染みている感じか?」

 ソフィアも味を確認しながら、実亜の言葉を楽しそうに考えてくれる。

「ほとんど合ってます。煮込んで、味が染みて柔らかくなって……みたいな」

「ほう、そんなに沢山の意味があるのか……ふむ、楽しいものだ」

 確かによく煮込んだから、肉は柔らかくなっているな――ソフィアが面白そうに笑う。

 ソフィアの笑顔も、実亜の心をほろほろにしてくれると思った。


 少し遅い夕食も終わり、風呂で汗を流して、実亜はまたベッドに寝転んでいた。ソフィアも風呂を済ませると、ベッドに潜り込んで来る。

「今日の舞踏会、疲れなかったか?」

 舞踏会は初めてだと言っていたから――ソフィアは実亜のほうを向いて、少し躊躇いがちに手を伸ばして実亜の頬に触れる。

「少し、久々に沢山動いたので疲れたような……あ、でもいい疲れというか、楽しくて夢のようで――まだ少し夢みたいです」

 ソフィアの手はいつも優しくて温かい。もっと触れて欲しい気持ちと、我儘を言ってはいけない気持ちで、いつも実亜は揺れ動くくらいだ。

「そうか。明日は無理せず寝たいだけ寝ているといい」

「ソフィアさんは、お仕事ですか?」

「そうだ。明日は討伐隊の編成と訓練を考える日だな」

 ソフィアはそう言いながら実亜の身体を軽く抱きしめる。実亜の我儘――言わなくても通じたみたいに。

「討伐隊の編成もソフィアさんがするんですか?」

 ソフィアの体温は心地良い。それに、ふわっと爽やかな風のような香り――実亜は静かに深呼吸をしていた。大きな呼吸をすると、身体の力も抜けて、睡魔がやって来る。

「ああ、討伐隊には騎士団と自警団の団員が合同で参加しているから、それぞれの長所を活かして編成を考えるんだ」

 ソフィアは心地良い声で魔物の討伐隊の詳しい話を少しだけしてくれていた。

 魔物には大きいものも居るから、隊を組んで連携しなくては倒せない、と。

「それで街を守って――大変なお仕事ですね」

 実亜は話を聞いて、ソフィアの使命を感じ取る。命がけだから、「大変」という一言では済まない仕事だと実亜は思う。

「大変なことも多いが、その分満足感も大きい。少なからず街の安定の役に立っている実感は嬉しいものだぞ?」

「私も……誰かを守れたら良いのにって思います」

 実亜はそんな想いを口にする。此処に来てから、沢山守られて、沢山助けられてばかりだから。だから自分も、誰かを守れたらいいのに――出来ればソフィアや、優しい人たちを――と。

「ふむ、守ってるではないか」

 ソフィアは実亜をギュッと抱きしめると、背中を撫でている。

「私、何もないですよ?」

 力もないし戦えないし――実亜は睡魔と戦いながら答えていた。

 自分には何もない。ソフィアのような強さも、優しさも、何も持っていない。

「ミアが待っていると思うと無茶をしなくなる。それだけでも私を――ひいては討伐隊を守ってくれている」

 危険な任務にあたる時に大事なのはそういう人の存在だ――ソフィアは凛々しくも優しい。

「……ソフィアさんって、無茶をするほうなんですか?」

 でも勇敢な人なのはわかる。勇敢で、優しくて、強くて――関わる全てを守護出来る人だ。

「これでも前は一番に剣を持って魔物に突っ込んでいた。責任のある立場になってからはそれも少なくはなったが……時々突っ切りたくなる性分なんだ」

「無茶……しないでくださいね?」

 実亜もソフィアの身体に抱きついて、この素敵な人の平穏無事を心から祈る。とはいえ、魔物が出る以上は平穏は難しいのかもしれない。それならせめて、無事だけでも良い。

「わかっている。ミアを心配させてはいけないからな」

 勢いだけで戦っていた頃とは違う――ソフィアは苦笑いで照れている。

「ありがとうございます」

「礼を言うのはこっちだ」

「ううん、ソフィアさんが居なかったら、私――きっと――」

 実亜はゆっくりやって来た睡魔との戦いに負ける。

 ふわふわのベッドに、温かいソフィアの優しい声と体温――実亜が眠りに落ちるにはそれで充分だ。

「おやすみ、ミア」

 微睡みの中――ソフィアのおやすみのキスが、実亜の唇にそっと温度をくれていた。

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