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舞踏会に咲く花

(39)

 ビリアン家の大広間では、三十人くらいの人たちが生演奏に合わせて楽しくダンスをしていた。

 生演奏の楽器はバイオリンのような、でも弦が多いような不思議な楽器――アコースティックギターっぽい楽器を弾いている人も居る。

「ミア、お手をどうぞ」

 ソフィアが膝を折って、そっと実亜と目線を合わせてくれる。そして、手を差し伸べてダンスに誘ってくれていた。

「は、はい。よろしくお願いします」

 実亜はソフィアと手を重ねて、ゆっくりと教わったステップを始める。

 一、二、三――ソフィアにリードされて、ゆっくりと。

「緊張せずに、音楽に身を任せればいい」

 ソフィアが至近距離で実亜に囁く。

 ゆったりとしたリズムの音楽は、確かワルツと呼ばれる感じの三拍子が繰り返されるものだ。

 実亜は緩やかな音楽に合わせるように、そして、ソフィアのリードに全てを任せていた。


「いけないな……ミアをこのまま独占しておきたい」

 踊り始めて数分――曲調が少し変わった頃、ソフィアが苦笑いでそっと実亜に囁く。

「独占……してくださっても」

 夢のような気分の中で、実亜は答える。独占というか、実亜はソフィアに頼り切っているのだし。

「舞踏会だから、少しくらいは他の人と踊るものだろう?」

 そういうものだからな――ソフィアは名残惜しそうにステップをゆっくりと止めていた。

「ミアさん、踊りましょう」

 入れ替わりでやって来たアルナが、そっと実亜の手を取る。そのステップは跳ねるように軽快だ。

「え、アルナさん?」

 実亜は少し跳ねるようなステップについて行けるように合わせて、習ったステップを踏む。

「ああ、アルナ殿なら安心だ」

 ソフィアの安心の基準がわからないけど、リスフォールの舞踏会は服装などの区別はなく、誰でも好きな人と踊っていいらしいことはわかった。

 実亜の知っている物語の中の舞踏会だとそういう区別があるのだけど、此処は違う。

 凄く自由で、凄く素敵だと思った。

「でしょ。はい、一、二、三――そうそう、ミアさん上手。ソフィアさんに習ったんですか?」

 アルナはソフィアとは違う軽いステップで、実亜をリードしてくれていた。

 ステップはソフィアに習った基本のものだけど、少しリズムが跳ねている感じだ。

「はい。何度か教えてもらいました」

「ソフィアさん、ミアさんには特に優しいですね」

 アルナは人懐っこく笑うと、実亜に「内緒話」と、そんなことを言う。

「そんな……そうですね。凄く優しい方です」

 見知らぬ自分を大事にしてくれて、きっとそんな簡単には巡り逢えない人――実亜も「内緒」とそんな風に少し惚気(のろけ)ていた。

「じゃあ、私もミアさんに特別な技を――一、二、で身体を回転させます」

 そう言いながらアルナがリズムに乗って、クルッとドレスの裾を広げるように回転する。ふわっとしたドレスのスカート部分が広がって、大広間に花が咲くようだった。

「ミアさんもやってみて? 一、二、はい!」

「え、はい――」

 アルナの手拍子に合わせて、実亜は身体を一回転させる。

 ふと気付くと、周囲から軽い歓声が上がっていた。周りの人が実亜とアルナに手を振って「素敵」と盛り上げてくれる。

「ミアさん、素敵だって」

 アルナはまたステップを踏んで実亜とのダンスに戻っていた。

 ソフィアとは違う軽い足取りは、心まで軽快にさせてくれる。

「それはアルナさんが素敵なんですよ」

「どうかな? ご一緒にって人も居ると思いますよ?」

「え、ええ……どうしたら?」

 でもそんな心配しなくても大丈夫ですね――実亜が笑うと、アルナも「ソフィアさんが相手じゃねえ」と笑っていた。

「ソフィアさんが心配するから、私がソフィアさんに引き継ぎます。はい、ソフィアさん、ミアさんをよろしく」

 アルナは踊りながら飲み物を飲んでいたソフィアの元に実亜を連れて行ってくれる。

「引き受けた。ミア、おかえり」

 ソフィアはしっかりと実亜を抱き留めると、アルナに手を振っていた。アルナは今度はティークを引っ張って行く。

「……ただいまです」

 ソフィアの腕の中――凄く安心出来る場所にまた戻って来られた実亜は、照れながら返事をする。

「何か飲むか? そういえばミアは酒は飲めるのか?」

 ソフィアはウェイターのような佇まいの人に飲み物を頼んでいる。トレイの上には色とりどりの飲み物が並んでいた。カクテルのようなものだろうか。

「あんまり飲んだことはないです」

「そうか、少しどんなものか味見するか? これなら酒が薄めだから飲みやすい」

 ソフィアは飲み物を二つ受け取って、実亜に綺麗な水色の飲み物を渡してくれた。

「いただきます……少し甘いです。飲めそうです」

 実亜が飲んだ感じでは、そんなにキツいアルコールの味はしない。

 例えて言うなら、低アルコールの缶チューハイのような味だった。ただ、風味はハーブティーのような感じで、春先に咲く名前はわからないけど清々しい白い花の香りみたいだった。

「それにしても、ミアも結構楽しめているみたいで良かった。あの回転は綺麗だったぞ」

 後でまた軽く踊ろう――ソフィアはグラスを手に優しい笑顔だ。

「はい、アルナさんのおかげでステップを一つ覚えられました」

「ステップ? 舞踏のことか?」

 ソフィアが興味深げに実亜に訊く。

「あ、えっと……似たような。足でこう、音楽に合わせたりして踏み込む感じのことです」

 実亜はその場でさっき覚えたステップを実践しながら、ソフィアに解説をする。

 こうして――と、実亜が音楽に合わせていると、ソフィアも一緒にステップを踏んでくれた。

「成程、足さばきのことだな。ステップ――いいな。ステップ。ミアと居ると新しい言葉も覚えられて楽しい」

 ソフィアは飲み物を飲み終えると、実亜の片手をそっと握って身体をリズムに乗せている。

 もしかして、少し酔っているのだろうか――だけど、そんなソフィアも可愛くて素敵だと実亜は思っていた。

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