舞踏会の挨拶
(38)
「これが、馬車……意外と大きいんですね? 引いてる馬もリーファスたちと違って、ドーンって大きいです」
舞踏会の当日――ドレスでは馬に乗るのも一苦労するからということで、ソフィアは馬車を用意してくれていた。
二人で並んで乗れる馬車は、観光地で見る人力車を大きくしたような――
馬もリューンやリーファスと違って、足がガッシリと太くて、馬体もリーファスたちの倍くらい大きい。勿論、御者も居て、本当に絵本の中の馬車だ。
「二人乗りだからこれでも小さめの馬車だぞ?」
ドーン? ソフィアが実亜の口にした擬音で少し笑っている。
「そうなんですか? もっと大きい馬車もあるんですね……」
実亜は馬車を眺めて答えていた。大きくて重そうな時は「ドーン」って言います。と付け足しながら。
「ふむ、ばあやが乗ってきた馬車は四頭立ての旅客用だから、十人ほどと荷物くらいは余裕で乗れる大きさだ。ミアの言葉で言うならドーンドーンになるのか?」
ソフィアは実亜の些細な言葉をしっかりと覚えてくれて、繰り返しの擬音にしている。前にヒラヒラとかキラキラとかの繰り返した擬音があることを話していたからだろう。
「そういう時は『ドドーン』って言うほうがもっと大きな感じになりますよ」
「成程。言われてみれば大きそうな気がする。ミアの言葉は楽しいな」
ソフィアは笑いながら、馬車のステップに足をかけて、実亜をエスコートするように手を差し出していた。
「乗り心地はどうだ?」
馬車はゆっくりと動き出して、石畳で舗装されている道を走る。
そんなにスピードは出ないけど、伝わる振動はわりと心地良い。
「意外と、揺れないんですね」
多少は揺れるけど、座席の座り心地が柔らかくて衝撃を吸収してくれるから、乗りやすい。
愛馬のリューンやリーファスに乗るとのはまた違う揺れ方はするけれど、蹄の音や車輪の回る音がリズミカルだし、楽しい。
「馬車道の轍があるから、そこを上手く通れば揺れにくい――おっと」
軽い衝撃を感じた瞬間――ソフィアの腕がすぐに実亜の身体を抱きしめていた。
そして、馬車が大きく揺れる。
「わ……」
抱きしめてもらってたから、実亜の姿勢は崩れることなく座席に落ち着いたままだった。
「……ただ、たまに、こうして揺れることがある」
気を付けて――ソフィアは腕を解いて、優しく笑う。車輪が通る轍に石が挟まってたりすると少し乗り上げて揺れるらしい。
「はい……ありがとうございます」
実亜は頼れる腕の名残を確かに感じながら、ソフィアを見つめていた。
また、揺れてくれないかな――なんて願いながら。
「これはどうもソフィアさん。ようこそいらっしゃいました」
招かれた先は大きな家――ソフィアが言うにはこの辺りはリスフォールの中でも高級住宅街と呼ばれる地域らしい。十数年前に魔物の襲来があった時にも比較的無事な地域だったので、その付加価値もあってのことだという。
「本日はお招きいただきありがとう存じます。ビリアン家の皆様におかれましてはご清栄のことと――」
ソフィアが玄関先でこの家の主人――ビリアン夫妻に丁寧に挨拶をしている。
何処の世界でも畏まった挨拶は似たようなものになるのだなと、実亜は思いながらソフィアの隣で、少し練習したリスフォール式の挨拶をしていた。
「これはどうもありがとうございます。今日は堅い挨拶はなしで。気楽に楽しんでくださいな。ほらアルナも待ってますよ」
ビリアン夫妻が少し後ろを見遣ると、アルナが居た。
そう言えばアルナのファミリーネームはビリアン――ということはアルナはこの家のお嬢様ということになる。
「ミアさん、凄く素敵なお召し物――ソフィアさんと色を合わせて?」
アルナはシンプルだけど仕立ての綺麗なドレスを着て、実亜たちを迎えてくれる。
「はい。これが良いだろうってソフィアさんとばあやさんに選んでもらいました。アルナさんも素敵なお召し物です。可愛くて、アルナさんらしくて」
実亜は照れながら、少し社交界のような会話を交わす。
着ている服が違うせいか、なんとなく言葉使いもより丁寧におしとやかにしなくては――みたいな感覚というか、自然とそうなってしまう。悪いことではないだろうけど。
「そうですか? ちょっと良いのを作ってもらいました。実亜さんも凄く似合ってますよ」
アルナはスカート部分を持って、身のこなしも軽くひらりと一回転する。お嬢様のアルナの基準でもドレスは良いものに入るらしい。
「ありがとうございます」
実亜も軽くスカート部分を持ち上げて少しのお礼を言っていた。
「アルナー、助けて……」
実亜とアルナの元にティークがやって来た。自警団の制服姿で凜々しいけど、少し困っているようだった。
「何? どうしたの?」
アルナが「私は今日はお客様をお迎えする役目があるんだから」とティークを軽くなだめている。
「手合わせしたいって人が沢山来て、困ってる」
綺麗な金色の髪を無造作にかき上げて、ティークが苦笑いをしていた。
「順番に踊れば良いじゃない?」
みんなと少しずつ踊ればみんな気が済むでしょ? アルナはそんな返事であしらっている。
「まだそんなに上手じゃないから、みんなに負けそうで……」
「舞踏会は勝負じゃないんだよ? 楽しく踊るの」
「そうなの? 私の舞踏の技術を確かめたいんじゃないの?」
「あの、皆さん一緒に踊りながら、少しお話ししたいんだと思いますよ?」
アルナとティークのやり取りを見ていて、実亜は少しの助言をしていた。
少し前にソフィアとした会話とほぼ同じだったから、お節介で。
「ふっ――ティーク。まだ若いな」
ソフィアが勝ち誇ったように得意気な笑顔で、可愛い愛弟子に話しかけている。
舞踏会は技を競う場ではない――と。
「ソフィアさんもついこの前まで同じようなこと言ってましたけど……」
実亜は得意気なソフィアにちょっとツッコんでみた。この世界に漫才のようなツッコミとかが通用するものかどうかはわからなかったのだけど。
「それはそれ。だな」
ソフィアは堂々と言い切って、実亜にはこっそりと「弟子の前ではちょっと偉そうにしたいんだ」と囁いていた。ソフィアは意外と可愛い人だ。




