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舞踏会を前にして

(37)

「ミア様、よくお似合いです」

 街の服屋で、ばあやが実亜を見て静かに頷いていた。

 簡単な舞踏会に行くという話が転がって、実亜はドレスを試着していたのだ。

 絵本などでよく見る裾が大きく広がったドレスではなくて、もっとシンプルで結婚式の招待客が着るような、ワンピースとドレスの中間のような感じだ。

 レースがあしらわれた袖や緩いフリルの裾――色はソフィアの騎士服と合わせて深い青色だった。

「ふむ――可愛さの中に(ささ)やかな美しさもある。凄く似合っている」

 ソフィアも実亜の試着姿を見て、優しい言葉で褒めてくれる。

「あの……私はこんなにちゃんとした服でなくても……」

 着ただけでなんとなく上質な生地なのがわかるドレスは、多分お高いもの――実亜は遠慮をしていた。

「ミア様、それはなりません。ソフィア様は騎士様の制服でご出席なさるのでしょう?」

 ばあやが実亜のドレスの裾を調節するように少し持ち上げて、再確認。そして「お似合いです」とまた深く頷いている。

「礼装ではないが、いつもの制服だな」

 なんでも騎士の制服はそれだけで一応の格式を持つので、何処に行くにも失礼にはならないらしい。流石に王族の前に出る時などは、礼装という一番格式の高い服になるとのことだ。

「それならミア様も礼装までは行かずとも、それなりの服でなくては」

「あの、ソフィアさん……そういうものなんですか?」

 実亜は小声でソフィアに訊く。しかし、ばあやには筒抜けている小声だ。

「そんなに(かしこ)まった場所でもないのだが、仲間の騎士が連れてくる人は大体こんな感じの服だ」

「……じゃあ、私がいつもの服を着ていったらソフィアさんが恥をかきます?」

 お世話になっている身で、ソフィアの名誉だとか騎士としての権威だとかを傷付ける――それだけは避けなければならない。実亜は心の中でまだブラック企業に染まっているなと思った。

 ブラック企業では、上司の体面や役職の権威などを物凄く尊重していないと、無茶な仕事を押し付けられたりして、もっと酷い環境になってしまうからだ。もっとも、実亜の場合は最大限に尊重していても過酷だったけれど。

「自分の好きな服を着るのは恥ではないぞ? ただ、簡単な舞踏会でも着飾る場所ではあるから、何と言うか……ミアが嫌じゃないのなら、その素敵な姿で共に出席して欲しい」

 如何だろう――ソフィアは実亜の手を軽く握ると、持ち上げて手の甲にキスをする。

「素敵……? あ、あの、嬉しいです……」

 こんな風に舞踏会に誘われるなんて、前の世界では絶対にないこと――そんなに憧れてはいなかったけど、実際にされると実亜の心が踊る。

「ミアは可愛いな――」

 そう言ってソフィアは優しく笑うと、実亜の頭を軽く撫でていた。

「ソフィア様、大人の頭を撫でるのは人前ではよろしくありませんよ?」

 ここはお店――ばあやはなかなか厳しい。どうもそういう風習があるみたいで大変――だけど実亜が居た世界でもあまり大人の頭を撫でることはないとは思う。

「う……失礼した。何故かミアは撫でたくなるんだ……」

 ソフィアは少し困った顔で拗ねると撫でる手を離していた。ちょっと可愛いと実亜は思った。

「お二人の時に存分に――さて、少し失礼」

 ばあやが腕まくりをして、店の人にマチ針のような長いピンを頼んでいる。そして、実亜の着ているドレスのウエスト辺りを軽く引っ張って、ピンで留めていた。

「え、あ、サイズ直し……ですか?」

「裾や腰回りの寸法の手直しを頼みます。ミア様の国の言葉ではサイズと仰いますか?」

 そう言いながら、ばあやは流れるような手付きで袖口を少し折り曲げてピンを留める。

「はい、サイズを直すとか揃えるとか言います」

 サイズは大きさとかのことです――実亜は言葉の説明をしていた。

「それはそれは。サイズ――この歳でも学びはあるものですね。ばあやは楽しゅうございます」

 ばあやは楽しげに、実亜のウエストや胸の辺りの余っている生地を整えて次々にピンで留めていく。実亜の身体に合わせて手直しをされてしまったら、もう返品は出来ない。

 サクサクと買ってもらってしまった――居候みたいなものなのに、こんなに素敵なドレスを。

 実亜は大人しく、ばあやが留めていく手直しのピンを眺めていた。


「ああ、いい仕立て直しだな。少し生地を寄せたおかげで、ミアがより美しくなっている」

 ソフィアが実亜を見て、凄く優しく笑うと褒めてくれる。

 翌日に出来上がった実亜のドレスは、余った部分の布を寄せてプリーツのようにすることで、緩やかなデザインのドレープが出来ていた。

「ばあやの技もなかなかでございましょう?」

 ドレスを着た実亜を見て、ばあやは少し得意気だ。この仕立て直しの指示は、ばあやによるもの――流石、百五十歳だけあって様々な技を持っている。

 単に縫い込まず、余る布地を上手く寄せることで、少し華やかでミア様専用のお召し物になった――と、ばあやもご満悦だった。

「こんなに素敵な服を……ありがとうございます。大事にします」

 着るのも勿体ないくらい――実亜が言うと、ソフィアは笑う。

 着なければ更に勿体ないだろう? と。

「気にするな。ミアが気に入ったのなら何よりだ。少し試しに踊ってみようか」

 ソフィアはそっと実亜の手をとって、ダンスの構えをする。

「え、は、はい」

 実亜も手を握り、ソフィアの腰の辺りにそっと手を添えて、構える。

 ソフィアが一、二、と緩やかなリズムを口ずさむと、合わせてステップを始めていた。

「そうだ、足を踏み込んで、一、二、三――良いぞ。この前よりもっと上手くなっている」

 実亜はゆっくりとしたリズムに合わせて、ソフィアと踊る。

 二人の呼吸は不思議なくらい合っていて、足を踏むこともない。

「まあ……二人ともお似合いです。ソフィア様もこんなにご立派に。そしてミア様も素敵で……」

 ばあやは目頭を押さえて、嬉し泣きをしている。

「ばあやは言うことがいちいち大仰(おおぎょう)だな……」

 ソフィアがそんなばあやを見て、実亜に話しかける。困ったものだとソフィアは苦笑いだけど、少し嬉しそうな表情だった。

「小さな頃から見守っていらっしゃるんですから、素敵なソフィアさんを見られて凄く嬉しいんですよ」

 実亜はソフィアにそう答える。こんな得体の知れない自分を大事にしてくれる人たちが大好きだから、自分もしっかりと大好きを返したくて。

「ふむ――素敵……か? 照れるな……」

 ソフィアは褒められ慣れていないようで、また少し照れて苦笑いだった。

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