護る人
(35)
「ソフィアさん、雪が積もっている間はお仕事もそんなに忙しくないんですか?」
朝食を食べ終えて、実亜は食器を片付けながらソフィアに訊いていた。
ソフィアはいつもよりゆっくりと騎士の制服に着替えて、今日は簡易の革鎧を着けている。
「ああ、魔物もほぼ出没しないから、少し余裕がある。訓練は欠かせないのだが」
今日はその訓練だ――ソフィアは剣を持つ。
「あの、もっとリスフォールを知りたいので、見学しても良いですか?」
ソフィアが生きて、見ている世界、実亜はそれを知りたかった。
そうしたら、もっとソフィアを知ることが出来るかもしれないし、自分の居場所や役割も見付かるかもしれないから。
もっとも、今の実亜はソフィアの傍に居ることが一番幸せなのだけど。
「構わない。それなら一緒に行こうか」
ソフィアは実亜のコートを手に、出かける準備をしてくれていた。
「リューン、今日もよろしくね? リーファスはお留守番よろしくね」
リーファスがまだ慣れていないので、今日もリューンに二人乗りで街に出る。
実亜がリューンとリーファスを撫でて挨拶をしていると、ソフィアが「ミアは優しいな」と楽しげに笑っていた。
「さあ、乗って」
「はい」
ソフィアは実亜の手をとって、リューンの鞍に上手く乗せてくれる。
実亜がリスフォールに来てしばらく経つが、馬の乗り方はどんどん上手くなっているような気がした。
「ミアの居たところでは馬は珍しいのか?」
ゆっくり歩くリューンに連れられ、ソフィアは実亜の身体を適度に支えながら訊いて来る。
「え、はい。珍しくはないんですけど、街中で見かけたりはしません」
「では、人々は何に乗って移動しているのだ?」
ずっと徒歩で暮らすのも大変だから何か乗り物があるはず――ソフィアはそう続けて、リューンを少しだけ速歩で歩かせていた。
「えっと、電車とか、自動車とか?」
リューンに揺られながら実亜は答える。
きっとこのあとソフィアは「電車とは何だ?」と訊くだろう。
「デンシャ、ジドウシャ……どういうものだ? 名前から考えると、馬車の仲間みたいなものか?」
ソフィアはなかなか鋭く推理をしてくる。馬車も電車も乗れる人数が違うだけで仲間みたいなものだから実亜としては正解だと思う。
「えっと、電気の力で車輪が回って、馬車みたいな感じで何人かが一度に乗れるんです」
でも、馬ではなくて機械の力で動く――リスフォールにも機械というものは少なからずあるらしいから、実亜はそんな説明をしていた。
「成程、一度に沢山の人を乗せて動く機械――忙しそうだな……」
ソフィアの不思議そうな声が実亜の背中側から聞こえる。
「リスフォールよりは忙しない街だと思います」
「それなら、街はかなり賑わっているのだな?」
大きく揺れる実亜の身体を支えて、ソフィアはリューンをまたゆっくりと歩かせていた。
もうすぐ訓練所らしい。
「はい。一年中開いてるお店とかもありますし――」
「一年中……休みの日がないということか。それは大変だ……」
ソフィアが「ううむ」と唸っていた。この感じだと一年中で、しかも朝も夜もなく一日中開いてると言ったら更に驚いてしまうだろうか。
実亜はそれを言いたい反面、あまり驚かせても困るなと思っていた。
「ミア、手をしっかり持っているから安心しろ。降りるのは思い切りだ」
馬に乗るのはある程度慣れてきた実亜だが、降りるのはまだ下手――いつもソフィアが受け止めてくれる体勢で降りている。
これから一人での乗り降りにも慣れないといけないから、今日は自力で頑張ってみると実亜はソフィアに言い切っていたのだ。
「はい――えい! わ……わ……」
実亜は足を鐙から外して、リューンから飛び降りる。
なんとか着地――しかし、雪かきをした後の石畳の道はいわゆる路面凍結の状態で、少し滑りやすかった。ソフィアの手と、靴底に滑り止めのあるブーツがなんとか身体を支えてくれる。
「ふむ――良い思い切りだった。あと数回練習すれば大丈夫だな」
ソフィアは実亜の背筋に軽く手を回して、姿勢を整えてくれていた。
「練習頑張ります。ソフィアさんもリューンもありがとうございます」
リューンは実亜が騒いでも動かずに大人しく立っていて、今は顔を実亜のほうに向けている。これはこれで心配してくれているのだろうか――流石に実亜にはわからないけれど、とりあえずリューンの首元を軽く叩いて礼を言う。
「ミアは律儀だな」
ソフィアは笑顔でそんな実亜を見守ってくれていた。
「訓練ってどういうものをするんですか?」
ソフィアに連れられて入った訓練所の中は暖かい。コートを脱いで丁度良いくらいの温度だった。
実亜は剣や槍が掛けられている壁を見て、ここは戦う人たちの場所なのだと実感する。
「まずは素振りから、今日の身体の調子を見るんだ。それから誰かと手合わせだな」
ソフィアは腰に下げている剣を鞘から抜いて、手に持った加減を確かめていた。
そして訓練所のスペースに向かうと、数回剣を振る。今日のソフィアの調子は良いらしい。
「……剣って、重そうですね」
「慣れれば軽いものだ。訓練用の木剣はもう少し重くなっているが、それも慣れだな」
持ってみるか? と、ソフィアは壁に掛かっていた木剣を実亜に渡してくれた。
大きなペットボトルを持った時のような重さ――ということはこの木剣は二キロくらいある。
「案外重いです……」
長さもあるから余計に――実亜は持ち手を握りしめていた。
この重さを日々感じながら、ソフィアたちは街を守っている――それが凄く素敵だと思った。
「まあ、ミアのように華奢では……短剣のほうが合うのかもしれないな」
ソフィアは壁にある剣の中から一番短いものを手にして、実亜に渡す。
短剣――大きなナイフのような形のものだけど、それでも一キロ近くはあった。
「これも木剣のほうが重たいんですか?」
「ああ、もし訓練がしたくなったらいつでも言ってくれ。私がいくらでも教える」
ソフィアは少し得意気で楽しそうだ。得意分野――というか騎士だからそうなるだろう。
実亜は「機会があれば」と遠慮して、ソフィアに本来の訓練に戻ってもらっていた。
誰と手合わせをしても、ソフィアは軽く舞うように攻撃を躱して有利に立つ。
その姿がとても凜々しくて、美しくて――
実亜は飽きることなく、いつまでもソフィアを見ていた。




