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深く知ること

(34)

 寒い朝だけど、実亜は温かかった。

 温かいベッドに居るからというのもあるけど、ソフィアが抱きしめてくれていたから。

 あとは――昨夜のことを思い出すと自然と身体が熱くなる気がする。

 熱はないのに熱が出たような高揚感と、視界に入るもの全てが煌めいている多幸感――実亜はソフィアの腕の中で、もう一度目を閉じてみた。伝わる温度が、もっと近くなった気がする。

「駄目……」

 実亜は小さく呟く。悪い意味の「駄目」ではなくて、心が満たされすぎていて、自分のキャパシティオーバーのような「駄目」だった。

 ソフィアの手が実亜の存在を確認するようにそっと身体をなぞる。そして、ギュッと抱きしめていた。

 まだ眠っているから、無意識での行動――ソフィアは本当に実亜を大事にしてくれている。

 実亜は目を開いて、ソフィアの寝顔を見た。静かな寝息を立てて、安心しているように見える。よく考えれば、得体の知れない人間をここまで信用出来るなんて、不思議だ。

「――ソフィアさん」

 実亜はその人の名前を小さく呼ぶ。そして、そっとその寝顔に触れていた。

 温かい――

 手に触れる温度は現実で、実亜は此処で確かに生きている――

 それが凄く嬉しくて、心の中でそれを深く噛みしめてから、実亜はまた眠りに落ちていた。


「ミア、おはよう――」

 幸せな二度寝から目を覚ますと、ソフィアが実亜の身体を軽く抱きしめたまま挨拶をしていた。

「あ、おはようございます……」

 実亜は答えて、寝ぼけ半分でソフィアにもっと抱きつく。

「その……身体は大丈夫か?」

 ソフィアの手が実亜の髪を軽くかき分けて、そのまま軽く頭を抱きかかえている。

「えっ、あ……はい。大丈夫です」

 そういえば、そうだった――幸せが行き過ぎて、実亜は一瞬忘れそうになってしまっていた。

 ソフィアはしばらく実亜を見つめると、ゆっくりと顔を近づけてくる。

「――え、な、何ですか」

 またキスをするような姿勢――ソフィアの額が実亜の額に軽く当たった。

「顔が赤いが……熱が出てないか?」

 ソフィアは目を閉じて、しばらく実亜の体温を額で確認している。人は体温を確認する時に本当に額を合わせるのだなと、実亜はぼんやり思った。

 こんな風に心配された記憶――自分の中にはないけど、ソフィアはその記憶をくれる。

「熱じゃなくて……多分、恥ずかしくてです」

 初めての経験、初めての温度、初めての記憶――全部恥ずかしさがあって、でも温かくて。

「成程……確かに、私も少し恥ずかしい」

 くっつけていた額を離すと、ソフィアは苦笑いで「朝食を作る」とベッドを出て行った。

「お手伝いします」

 実亜もそのあとをついて行く。なんとなく、まだ離れたくなかったから。

「頼めるか? じゃあ、ミアの故郷の朝食を教えてもらおうか」

 ソフィアは言いながらすぐにストールを実亜の身体に掛けてくれていた。

「えっと、前に作った味噌汁で良いですか」

「ああ、あれは美味しくて燕麦とも合うから好きな味だ。具も好きなものを入れられるみたいだしな」

 ソフィアは鍋を用意して、燕麦を適当に煮込む準備をしている。

「はい。私の居たところでは小さな魚を出汁に――えっと、基本の味付け? をしたりします」

 実亜は照れ隠しついでに少し早口で出汁の解説をしていた。

「小さな魚か。干したものなら一年中市場にあるから今度見てみよう」

「はい――」

 二人で迎える朝は、いつもと同じで――だけど、少しその深さが違っていた。

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