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知り合う二人

(33)

「そうだ、手綱を引いて――そう、上手い。リーファスも賢いぞ」

 午後からは実亜の乗馬練習――ソフィアは丁寧に実亜とリーファスに教えてくれる。リーファスは元々ちゃんと訓練された馬だから、主に実亜が教えられている状態だ。

 実亜はこの数日で、止まれと進めと左右に曲がる方向指示が出来るようになっていた。

 これは多分、実亜の能力ではなく、ソフィアの教え方とリーファスが凄いのだと実亜は思う。

「リーファス、ありがとう。いい子だね」

 実亜はリーファスの首を適度な力で軽く叩く。馬へ親愛を伝える方法だ。

 リーファスは言葉がわかるみたいに、少しだけ鼻を鳴らして返事をしていた。

「この調子だと、明後日には速歩(はやあし)が出来るな」

 ソフィアがリーファスを誘導して、馬小屋の前までゆっくり連れて行ってくれる。

「速歩? 速い、だから……走るんですか?」

 出来ますか――実亜はリーファスから降りる準備をしながら訊く。

「ああ、軽くだがな。最初は怖いかもしれないが、慣れるとそよ風を受けられて楽しい」

 手を差し出して、ソフィアは実亜がリーファスから降りるのを待っている。

 実亜は片方の(あぶみ)から足を外して、ソフィアの手をとって腕の中に飛び込んでいた。相変わらず降り方が上手くならない。

「降りるのがこれだと……走るのなんてもっと先かなって思ってました」

「降り方はそのうち慣れる。それまでは私が受け止めるから心配するな。まだしばらくは一人での散策も難しいだろうし、私がいつでも傍にいる」

 ソフィアがそっと実亜の腰を撫でて笑う。ついでに軽くこめかみ辺りにキスをされた。

 挨拶と言うよりは、安心させるために何度も誓ってくれているような感覚だ。

「はい――ありがとうございます」

 実亜の返事にソフィアは頷いて頭を撫でると、リーファスの着けていた(くら)を外し、馬小屋にかけてあるタオルを実亜に手渡す。

「これでリーファスの身体を拭いてやると良い。馬と仲良くなれば降りる時の恐怖心もまた少し違ってくるものだ」

「はい。リーファス、触るよ? 今日もお付き合いありがとう」

 実亜がそっとリーファスの身体をタオルで拭くと、リーファスは首を揺らして顔を実亜のほうに擦り付けてきた。

「はは――良く懐いている」

「懐いてるんですか?」

 いい子いい子――実亜はリーファスを撫でながら身体を拭く。お腹の辺りは嫌がることも多いらしいから、主に鞍を着けていた背中や首元の汗を拭くように、そっと――

「もうミアを主人だと思ってるな」

 ソフィアは馬小屋の柱にもたれかかって、楽しそうに実亜とリーファスを見ている。

「そうなんですか? そっか……リーファス、私、頼りないけどよろしくね」

 リーファスは名前を呼ぶと必ず少し鼻を鳴らして返事をする――かなり賢い。

「ミアは頼りなくはないぞ」

 隣の馬小屋からリューンが顔を出している。ソフィアはリューンを軽く撫でて相手をしていた。

「でも、リスフォールのこととかまだ全然知らないので」

「知らない街だ、知らなくて当然だ。私も最初はリスフォールのことをよく知らなかったし、ミアの居たニホンという国を知らないし、ミアのこともそんなには知らないからな」

 もう冷える――ソフィアはリューンに馬用のコートを着せていた。

「……そんなに知らない人にプロポーズしたんですか?」

 実亜も用意してもらっていた馬用コートをリーファスにそっと着せる。

「プロポーズ?」

 どういう意味の言葉だ? ソフィアは凄く楽しそうに実亜に訊きながら雪を払って、手を洗って家に入っていた。実亜もそのあとに続く。

「えっと、将来を誓い合うとかそういう感じで……婚姻の申し込みのような」

 実亜は自分で言いながら赤面してしまう。

 よく知らない街、よく知らない人――だけど、ソフィアが優しくて温かいのはわかる。

 だから、永遠の誓いをしてくれた時だって、何故かストンと心にそれが収まったのだ。

「成程。ミアは私の申し込みを受けてくれるのか。それはありがたい」

 家の中に入るとソフィアが温かい毛布を渡してくれる。

「あ、え……はい。あの、でも私みたいな得体の知れない人間で、本当に良いんですか?」

 行き倒れ――しかも何処かわからない国からの――もしかしたら違う世界かもしれないのに、そんなに簡単に決めて大丈夫だろうかという疑問は、簡単に払拭されるものではない。

「気にすることじゃない。ばあやは長命族の者と言うだけで名前さえ教えてくれないんだぞ」

 ソフィアは肩をすくめて、カップにお茶を注いでいる。

「……そんな人をばあやに?」

「もう百年はクレリー家で色々と教えてくれているはずだが、一族の誰も名前を知らない」

 最初に会った先祖は知っていたかもしれないが、確かめようがない――ソフィアは実亜に温かいお茶を渡してくれる。

「あの、言っては怒られるかもしれないですけど、ばあやさんと比べたら、私まだ正体がわかってるほうですか?」

 お茶を飲みながら実亜はソフィアに訊いていた。

 そんな謎の人物を百年もばあやとして家で働いてもらっている――謎というか、この世界ではそういうものなのかもしれない。

「そうだな。ニホンという国のカイシャという街で働いていた、ミア・ユーキ。それで十分だ。何も心配することはない――ミアは心配か?」

「いえ、ソフィアさんが居てくれるなら安心です」

 だけど、自分ももっとしっかりと強くなる――実亜はそう決意していた。

 ずっとソフィアの隣に居たいから、そのためにもっとこの世界を知るのだと。

「――ミア、おいで」

 ソフィアは優しく笑うと、腕の中に実亜を呼ぶ。

「……はい」

 実亜は吸い込まれるようにソフィアの腕の中に収まっていた。

 ソフィアの手は実亜の身体をそっと包んで、腰の辺りから背筋をなぞる。

「わからないことはなんでも訊いてくれ。私も、ミアのことを知りたい」

 実亜の耳元でそう囁くと、ソフィアは慣れた手つきで首筋を愛撫のように柔らかく撫でていた。

「は、はい……でも、この姿勢は……」

 いっそ身体を委ねたほうが楽かもしれないくらいに実亜の心臓がときめいて、身体が疼く熱を灯す。

「いけない。どうも自制が出来ないな――」

 ソフィアは大きな深呼吸をして、実亜をもう一度抱きしめていた。

 強いけど優しい力で、優しい温度で。

「――ソフィアさん、私……えっと、あの、困らせる気はないですけど、もっとソフィアさんのことも知りたいです」

 言葉だけではわからないことも全部――実亜はそう言ってソフィアにキスをする。

「ミア――私もミアをもっと知りたい」

 ソフィアの甘い声がする。

 そして、甘い吐息、唇、舌、指先――実亜はそれを全身で感じていた。

朝チュンです。


句点の誤字(? 追加?した方が良いかも的な)報告をいただきまして、反映させようとしたら操作をミスって報告を消してしまいました。

反映させております。ありがとうございました。

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[良い点] ぐはっ… 《尊すぎてオーバーキルされました》
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