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伝承の女神

(32)

 翌朝――実亜は少し遅い朝食をソフィアとばあやとで食べていた。

「紙で出来た通貨……私がまだ二十歳にもなっていない頃に聞いたことがあります」

 ばあやは昨夜の実亜とソフィアがしていた紙幣の話を聞いて、そう言っている。

 百五十歳のばあやが二十歳の頃――百年以上前で実亜たちには相当昔の話になる。

「ほう、ばあやは若い頃に世界を放浪していたらしいが」

 燕麦の粥を食べながら、ソフィアが「滋養に良い」と、実亜に茹でた鶏肉をくれた。

「はい。私が訪れた国で、確か『異国からの女神様がもたらした新しい文化だ』と話題になっていましたね」

 ばあやはテーブルマナーを見咎めることもなく、サラッと流している。

「異国からの女神か……ミアもニホンという異国からやって来たし、何か関係があるかもしれないな」

 ソフィアは面白そうにお茶を飲んで、冷凍果実を食べていた。

 この時期果物はほとんど冷凍物になるので、それを昨晩から溶かして良い感じのシャーベット風にしたものだ。ソフィアの好物らしい。

「その女神様は反りのある剣を持ち、黒髪だとの伝承があるそうです」

「ふむ……黒髪はそう珍しくはないが……ミアも黒髪だな。しかし、ミアを発見した時の周辺に剣はなかったように思うが……持っていた記憶はないか?」

 ソフィアがそう言って実亜を見る。少し期待に満ちた目なのは実亜の気のせいだろうか。

「え、私はそんな、剣とか使ったことはないですし、見たこともないです」

 剣と言うからにはそれなりの長さ――料理用の包丁とかでもせいぜい二十センチくらいのものだから、剣とは呼べないだろうし、そもそも根本的に使い道が違う。

「それなら、ニホンの住民はどんな武具で身を守るのだ?」

 魔物はいないと言っていたが――ソフィアは不思議そうな表情だ。

「えっと……あんまり武器とか持ってる人は見たことない――あ、ピストル――拳銃って言って、鉄の玉を火薬で発射するものがありますけど、それも一般の人は見ることは……」

 警察官――こっちで言う自警団の人たちのような存在の人しか基本的には持てないものだと、実亜は説明をしていた。

「火薬で鉄の玉を……? 大砲のようなものか。随分大掛かりなのだな」

 ソフィアは顎に親指を当てて、空想にふけっている。

「いえ、もっと小さくて、手に持てるくらいの武器です」

「ふむ……手に持てる大砲……? 不思議なものだな?」

 実亜の説明で、ソフィアの目がまた興味深そうに輝く。

「ソフィア様。以前にお勉強なさった長筒かもしれません」

 お忘れで――? ばあやが食器を綺麗にまとめて、実亜とソフィアの話もまとめていた。

「ああ、長筒か。いや、それでも片腕ほどの長さはある。ミアが言っているのはもっと小さいものだろう?」

 ソフィアは「忘れてはいないぞ」と、一瞬拗ねた表情を見せている。

 大人で余裕のあるソフィアだけど、小さい頃から知っている人の前では少し子供っぽくなるのか――実亜は少し感動していた。

「はい。片手でも持てるくらいの……えっとこんな感じで『バーン』っていう素振りをしたり」

 行儀が悪いと思ったから控えていたジェスチャーで、実亜は拳銃の更なる説明をする。

 人差し指と親指を立てて――人に向けるのは失礼だから、部屋の隅のほうに向けて銃を撃つようなジェスチャーをしていた。

 昔にドラマで見たくらいの知識だけど、見て簡単なことでも説明するのはなかなか難しい。

「そんなに小さいのか。世界は、広いのだな……」

 ソフィアが手の形を真似て、見たことがないと首を傾げている。

「私も見たことがありませんが、長筒を短くしたものでしょうか?」

「成程。それだと鉄球が真っ直ぐに飛びにくそうだが、なにか秘訣でもあるのだろう」

 しかし、ミアの話は楽しいものが多いな――と、ソフィアは優しい。

「――それにしても、その女神の伝承は気になるな。ミアの故郷と関係があるかもしれない」

 剣はなくとも黒髪、珍しい素材の服――ソフィアは言いながらお茶を注いでくれる。

「あの、私は……もし帰れたとしても、故郷には帰りません。我儘ですけど」

 実亜は何処かに申し訳なさを感じながら答える。あの場所には自分の生きる場所は多分ないし、此処で生きて行くと決めたからだ。

「――そうだな。過酷な場所にはもう戻らなくてもいい。私の傍にいてくれ」

 ソフィアの言葉にばあやも頷いていた。

「……はい」

 実亜の返事でソフィアの手がそっと実亜の頭に伸びてくる。

 そして、優しく髪をクシャッとして撫でてくれていた。

「あ、あの……ばあやさんに怒られるんじゃないですか?」

「ばあやはこういうことでは怒らない人だ」

 そう言って、ソフィアは存分に実亜を撫でていた。

「まあ……怒りはしませんが、お二人の仲睦まじさを見ていると、この歳になってもどう反応すれば良いのか困りますね」

 ばあやは少し照れながら、食器をシンクへと運んでいた。

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