来訪者
久々の更新です。
前回更新分に誤字のご報告をいただきましてありがとうございました。
この場にてお礼申し上げます。
(29)
規律を破る者ってソフィアさんなんじゃないですか――
実亜がそう言いかけた時、玄関のドアがノックされる。
「ふむ、誰だろう?」
ソフィアが不思議そうに実亜を見る。見られても、自分を訪ねてくる人なんて居ないし、もしかしたらアルナかもしれないけど、特に約束もしていないと実亜は答える。
「この家にはあまり人は来ないのだが――」
ソフィアがそう呟きながら玄関に向かっていた。
「な、ばあや……もう雪も積もっているのに、馬車があったのか?」
驚いているけど嬉しそうなソフィアの声がして、実亜も玄関に向かう。
「冬の最終便に間に合いましたので、昨夜遅くにやって参りました」
玄関の外側でマントを叩いて、素早く手に持ち、そう話している人は、「ばあや」と呼ぶには若い人――実亜のイメージが貧弱だからかもしれないが、どう頑張って年齢を高く見ても五十代に見える人だった。
「手紙の一枚くらい先に寄越しても――」
ソフィアは「ばあや」と呼んだ人を家の中に招き入れる。外はチラチラと雪が降っていた。
「お伺いのお手紙と同じ便だったようです。お手紙は届きましたか?」
ばあや――実亜からはそんな風には見えない人――は、自然と長椅子に座っている。
「今朝届いたところだ」
ソフィアが手紙をばあやに渡していた。それから湯を沸かしてお茶の用意だ。
実亜も手伝って、カップなんかを取り出していた。
「ここに書いていませんでしたか?」
ばあやはキリッと手紙の最後の行を指す。
「――ふむ。一番最後の一行に『近いうちにお顔を』と書いてあったな」
「その近いうちが今です」
ばあやがまたキリッと言い切っていた。
「成程――」
ソフィアは「相変わらず行動が早い」と苦笑いをしている。
どうも、ばあやはこういう感じの人らしい。
「ところで、こちらのお方は? 見たところリスフォールの方ではなさそうですが」
ばあやは実亜を見ると立ち上がり「ご挨拶が遅れました」とニコリと笑う。
どう見ても「ばあや」じゃないと思う――実亜が慌ててお辞儀をすると、ばあやは不思議そうに真似をして「これが貴女のご挨拶なのですね」と言っていた。
「ああ、南のほうの国からやって来たミア・ユーキというお嬢様だ」
「え、お嬢様じゃないですよ」
実亜は慌てて否定する。お嬢様なんて、何処の誰の話だろうと。
「そうか? あの不思議な素材の服だとか、案外お嬢様だと思うのだが」
ソフィアは不思議そうにしているけど、あのスーツのポリエステル繊維は安物だと説明するのは今じゃないから、実亜も困ってしまうではないか。
「わかりました。ご一緒に住まれているのですか?」
ばあやはまた長椅子に座ると、色々と質問を重ねて来る。
「そうだ。まだリスフォールには慣れていなくて、街を見ながら家の手伝いをしてもらっている」
私も忙しいからな――ソフィアは笑顔で実亜を紹介して、何故か少し得意気だった。
「ソフィア様、ミア様の寝床はどちらに?」
ばあやの家チェックみたいな時間がやって来たようだ。
「ああ、それは一緒に――」
ソフィアが一緒に寝ていると言いかけたので、実亜は慌ててそれを止める。
「私はそこのソファ――長椅子で寝てます」
一緒に寝ているとか、多分騎士の規律とかそういうもので良くないはずだから。
「ミア、それはないだろう。いつも一緒に眠って――」
「だ、だって……一緒に寝てるなんて言ったらソフィアさんが困りますよ?」
実亜は小声でソフィアを諭す。
恋人とか結婚とかそういうことの前に、多分何かが困ると実亜は思ったのだ。
ばあやという立場の人が居る家柄だとか、そういったことも考えて、自分みたいな得体の知れない謎の人間がソフィアと一緒のベッドに寝ているなんて、大問題になってしまう。
「ソフィア様……クレリー家の一族ともあろうお方が、手伝いの者に寝床を用意しないとはどういうことです!」
そっちの怒り方――? 実亜は予想外の展開に一瞬疑問符だらけになった。
「待て、ばあや。違うぞ。ミアとは毎日同じ寝床で寝ている。一度たりとも長椅子などを使わせたことはない」
ソフィアは弁解のように必死で説明をしているけれど、それで良いのだろうか――ソフィアの弁解は何処かおかしくはないだろうか。
「ミアは照れて、長椅子で寝ているなんて言ってしまったんだと思う」
「……」
ばあやが黙ってソフィアを見ている。これはマズいのでは――実亜は思う。
騎士の規律とか、ソフィアの家柄とか――多分、貴族とかそういう感じみたいだから、こんな自分のような人間と同じベッドで寝ているだなんて、問題に――
「あ、あの――」
実亜は黙り込んだばあやに話しかける。
「それならそうと仰っていただければよろしかったのに。そうですか、もうお相手が……」
ばあやは嬉しゅうございます――そう言ってばあやが袖で目尻を拭っている。
「……え」
そういう方向で納得するものなの――実亜はまたこの世界の謎を一つ見付けてしまった。
謎と言うよりは、もっと簡単なものかもしれない。
単に惹かれ合った者同士が共に居るだけだから。
「ふう……流石に焦った」
ばあやが怒ると怖いんだ――ソフィアはそう言って飲み物をばあやに出している。
ソフィアの新しい一面が見られたかもしれない――まだ実亜にはこの状況が謎だったけれど。




