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騎士の規律

(28)

 朝――実亜がリーファスとリューンの飲み水を変えに外に出ようとしたら、玄関ドアの横に封筒がピンのようなもので枠に留められていた。

 見た感じ、分厚い手紙――封蝋(ふうろう)もしてあるし、ソフィアの名前も大きく書かれていた。

 外して持って入ったほうが良いだろう――実亜は封筒を手にして、また家の中に戻る。丁度ソフィアが居たので手渡して、馬小屋に引き返していた。

「おはよう、リューン、リーファス」

 リューンが先輩だから、実亜はリューンを先に呼ぶ。そして、飲み水を交換する。結構重労働ではあるけど、二頭を見ていると可愛いし苦ではなかった。


「戻りました――」

「ああ、ありがとう。冷えてないか?」

 ソフィアはすぐにストールを持って来てくれる。

 実亜はありがとうございますと、受け取って身体に巻いていた。

 ソフィアの手にはさっきの手紙――まだ読んでいる途中らしい。

「首都に居る家族からの手紙だ。いい加減身を固めろと。ここ数年いつもこうだ」

 苦笑いでソフィアは手紙の続きを読んでいる。

 懐かしむように優しい表情で、読みながら頷いたり首を傾げたりしていた。

 実亜はソフィアのその顔を見て、割と重大なことに気が付いてしまう。

 自分の存在は――ソフィアにとって邪魔になると。

「どうした? 表情が曇っているが」

 ソフィアは些細な変化でも感じ取って、すぐに実亜を気遣ってくれていた。

「私が居たんじゃ……その結婚とか出来ないですよね?」

 少なくとも何処かに自分の家を探さないと、ソフィアの邪魔になる――でも、ソフィアは実亜のことを恋人だと言ってくれているから、関係がややこしい。

「何故だ。ミアは立派な伴侶に向いていると思うが……」

 ソフィアは読み終えた手紙を折りたたみながら、実亜を伺っている。

「えっ、でも女同士で結婚なんて出来ませんよ?」

 身を固めるとはつまり結婚――残念だけど二人ではそれは叶わない。

 出来るなら傍に居たいけど、遠い話だ――

「……ふむ。ミアの居た国ではそうなのか?」

 ソフィアが心底不思議そうに、実亜を見て訊く。

「え……そうです」

 そう訊くということは、この国ではそうではないのだろうか。

 だけど、実亜が居た世界でも結婚出来る国はあったし――実亜は若干混乱しながらソフィアに答えていた。

「成程――不思議な国もあるものだな」

「不思議……ですか?」

 何が正解なのかはわからないけど、この世界では好きな人同士は何の障害もなく共に暮らせるらしい。シンプルなことだけど、実亜の知らなかった世界があると思った。

「ああ、なかなか面白い」

 世界は広いな――ソフィアが笑っている。つられて実亜も笑っていた。

 二人とも、お互いの生きている世界を不思議がっていて、何故か面白くて。


「ミアは、私が伴侶では嫌か?」

 二人の間の謎の笑いが収まって、ソフィアがそっと実亜の顔をその手で柔らかく包み込む。

「えっと、そんなことはないです。けど……こんな何処の人かわからない人が騎士様の伴侶だなんて、ソフィアさんが困るんじゃないですか?」

 温かい手はいつも優しくて、心配も不安も溶けていきそうだけど、今日の実亜にはそれでも拭えない不安があった。

 自分は行き倒れていた得体の知れない人間で、相手は帝国の――どれくらい大きな国かはわからないけれど――騎士という立場の人だ。

 きっと、一時の遊びや気の迷いでは済まされない、何かの決まりとかがあるかもしれない。

「気にすることはない。ミアの気持ちが固まったなら言ってくれ」

 ソフィアの腕が実亜を抱く。背中と腰に手を回して、抱きかかえるように優しい。

「き、気持ち……は、その……一緒に居たいとは思ってますけど――」

「それなら何も問題はない」

 実亜に頬を寄せて、ソフィアは小さく落ち着いた声で囁く。

「で、でもその――何もわからないまま決めちゃうのは早まってます……よ?」

 ソフィアの甘い声が実亜の耳を浸食して、実亜は自分でもわかるくらいに頬を染めていた。

「何もわからない……ああ、ミアは時々大胆だな」

 抱きしめる腕を解くことなく、ソフィアは笑いを堪えている。

「え、そういうことじゃなくて……それも含まれますけど……」

 何を言っているのだろう――身体まで熱くなりそうなくらい恥ずかしいかもしれない。

「わかり合いたいのは山々なのだが、騎士の規律が厳しくて――困ったことだ」

 ソフィアは実亜の背中に這わしていた手を、また実亜の頬にそっと持ってくる。

 そして――惹き込まれそうな目で実亜を見つめて、もう少しでキスする手前まで顔を近づけていた。

「……あの、こんなにベタベタするのは良いんですか?」

 少しだけ触れあったキスが離れてから、実亜は訊く。

「ベタベタ?」

「えっと、スキンシップ――触れあったりする感じの言葉というか密着する感じの言葉です」

 今みたいに――実亜は早くなる鼓動を隠して、ソフィアに解説をしていた。

「ふむ、こういうことか」

 ソフィアの指先が実亜の唇に這わされて、腰を抱く手は甘くウエストラインをなぞる。

「あの……んん……くすぐったいです」

 それだけじゃなくて、もっと触れて欲しくなってしまうのはソフィアだからだろう。

 実亜にはこういうことの経験はないけど、なんとなくわかる。自分は、心からソフィアを求めているのだと。

「ミアの言うベタベタ程度なら許されているし、それで愛を確かめる時もある」

 婚約をすればまた別なのだが――ソフィアはそう言って、実亜の頬にキスをしていた。

「騎士様って大変なんですね――」

 この状態ではこちらも大変だけど、騎士の規律も実亜にはないものだから不思議だと思う。

「まあ――規律を破る者も居るには居るのだが」

 ソフィアはそう言って、実亜にまたキスをしていた。

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