ご主人様
(26)
「さて、ミア。好きな馬を選んでくれ」
実亜が泣き止んでから、しばらく――
気を取り直したソフィアが何頭も並ぶ馬のところで得意気に実亜に訊いていた。
綺麗な毛並みの馬――中にはたてがみを編み込んでいる馬も居る。
「選ぶって言われても……どうしたら良いんですか?」
馬をもらうのは此処では名誉なこと――
ソフィアはその名誉を実亜に惜しげもなく分け与えてくれている。
少し申し訳ない気持ちはあるが、それでも実亜の心は温かいもので満たされていた。
「良く訓練はされているが、馬とは相性があるからな。ミアがこの馬だと思う馬が良い馬だ」
ソフィアは並んでいる馬たちを前に、実亜に説明をしてくれる。
「相性……」
実亜は並んでいる馬たちの前をゆっくりと歩いて、一頭の馬と目が合った。
栗のように茶色い馬体で、たてがみが金色――凄く綺麗な出で立ちだ。
馬は実亜のほうを見て、首を軽く揺らしている。
「その馬が気になるか? 正面からゆっくり近付いて、手を鼻の前にそっと――そうだ、まずミアの匂いを認識させる」
ソフィアの言うとおりに――だけど、馬に導かれるように、実亜はその行動をしていた。
「耳を良く見て、前に向いてるとミアに興味を示している証拠だ」
その馬は耳を少し動かして、実亜の方向に耳を向けていた。
実亜の言葉を待つみたいに、静かに動かず。
「私を見てるの?」
実亜は馬に訊いてみた。答えは返ってこないけど、馬は可愛い目で実亜をじっと見ている。
「首の辺りを優しく触ってみれば良い――ふむ、この馬は喜んでいるな」
ソフィアが慣れた様子で馬の首に触れると、馬は首を少し揺らす。
続いて、実亜も首に触れてみる。馬の首を撫でるのは馬への愛情表現だと、ソフィアが言っていたけど、この馬は穏やかに実亜の愛情表現を受け入れてくれていた。
「……この子にします」
一目惚れみたいなものだろうか――実亜はこの馬に触れて、凄く安心出来ていた。
「もう決めたのか? まあ、ミアとも相性が良いみたいだな」
「はい。あ、でもリューンとの相性は大丈夫なんですか?」
多分、小屋はリューンの居るところの隣か近くになるはずだから、先輩のリューンと仲良く出来ないと、リューンにもこの馬にも辛いだろう。
「リューンは大会前に全員と挨拶している。大丈夫だ、仲良く出来る」
優しくて賢いからな――ソフィアはなかなかの溺愛っぷりでリューンを褒めていた。
実亜が選んだ栗毛の馬を連れて、リューンの元に行く。
馬同士の対面――二頭でゆっくりと鼻を近づけて、確認するように匂いをかいで――
実亜の選んだ馬は匂いを確認した後で、リューンのたてがみ辺りを軽く鼻先でくすぐり始める。
リューンもそれに答えて、実亜の選んだ馬のたてがみを軽く噛んだりしていた。
「仲良くなれたようだ」
ソフィアが笑顔で二頭を見て「優しくて賢いだろう?」と自慢気だ。
「今のでですか?」
「ああ、首の辺りをお互いに毛繕い出来るのは仲良くやれる証拠だな。ミアの選んだ馬もかなり賢くて優しい馬だ」
ソフィアがそう言いながら、実亜の肩に腕を回して抱き寄せる。
これは、多分無意識でやっている――実亜はその手に黙って甘えていた。
「そうだ、名前――この子の名前がないと仲良くなれません」
先住のリューンとも仲良く出来そうだし、一緒に帰ろうと思った時、ミアは重大なことに気付く。馬の名前だ。訓練されていたらしいから名前はもうあるのかもしれない。
「ふむ。訓練の時の名前はリーファスらしいが、ミアが好きに付ければ良い」
この子ならすぐに新しい名を覚えるだろう――ソフィアはリューンの手綱を引いて、帰る準備をしていた。
「リーファス、素敵です。リューンと同じで、ちょっと格好良いですね」
「ミアが気に入ったなら、そのままで構わない。リーファス、ご主人様は名前を気に入ったそうだ。それで良いか?」
ソフィアがリーファスの名を呼ぶと、リーファスは鼻を鳴らして返事をしていた。
この世界の人は馬と会話できるのだろうか。それくらい通じていると実亜は思う。
でも――実亜には一つ引っかかることがあった。
「ご、ご主人様って……言うんですか?」
「ん? あくまでも人が主人――そこはしっかりと接してやらなければ馬が不幸になる」
暴れ馬になってしまったら大変だからとソフィアは説明してくれた。
「でも、何か偉そうです……」
ご主人様だなんて、実亜には過ぎた言葉でどうして良いのかわからなくなる。
「確かに偉そうだが、愛情を持って接していれば馬は信頼してくれる。だから主人が堂々としないといけない」
「……リーファス、それで良い?」
尋ねても答えが返ってくるわけではないけど、実亜は手を差し出してリーファスに訊いていた。
リーファスは実亜の髪を鼻先で弄んで懐いてくれる――これが返事だと思う。
「はは――懐いている。リューンに負けずに賢くて良い馬だな」
ソフィアは嬉しそうに笑って、家に帰りながら実亜に手綱の引き方を教えてくれていた。
堂々とするのがコツらしい。
この世界に来てから、前の世界では体験できなかった新しいことが沢山だ――




