五人まとめてかかってこい
(25)
「ソフィアさん、次みたいです」
アルナが温かい飲み物を買って観客席に戻って来た。
ついでに順番も訊いたと言いながら実亜にも飲み物を渡してくれる。
ココアみたいな飲み物は甘みが少なめだけど美味しいと思う。
「ありがとうございます。次……」
実亜は深呼吸をして、闘技場を見た。
「心配ですか?」
「それは、まあ……その、私が頼れるのってソフィアさんだけなので」
怪我とか――それだけではない。ソフィアが大事にしている騎士としての名誉だとか――実亜としてはそういうのが傷付くのも辛い。
負けると決まったわけではないのだけど。むしろ勝ちは間違いないみたいなのだけど。
「大丈夫ですって――あ、出て来た」
観客席に割れんばかりの歓声が響く――かなり期待されているらしい。
「審判長――提案がある」
良く通るソフィアの声が観客席にも聞こえた。提案、ソフィアは何をするつもりだろう。
「はい。何でしょう……?」
審判長と呼ばれた人は、不思議そうな声でソフィアに訊き返している。
「優勝まで三試合――この分では残りの試合を待つだけで帰りが夕暮れになってしまうので、一気に済ませたい」
「一気に……と言いますと?」
「三試合分の対戦相手全てを一度に相手する。時間が省けるだろう?」
ソフィアの提案は、実亜には良くわからない――いや、三試合を一気に――バトルロイヤルみたいなものを提案しているのだろうか。
「五対一になりますよ?」
審判長が言う。やはり、そうだ。
三試合分の人数は六人、ソフィアの対戦相手は五人になる。
「構わない。五人まとめてかかって来るのも良いだろう。私も久々に本気で戦える」
ソフィアの言葉に会場が沸く。
「中隊長がそう仰るなら構いませんが」
「決まりだな」
ソフィアは綺麗な黒髪をかき上げて笑っていた。
「あの、どうなって――」
アルナに訊いている間に、闘技場での話は進んで選手が次々と出て来る。
「あ、五人出てきた。ソフィアさん盛り上げるの上手いですね」
でも、ソフィアさんだから無意識かも――アルナが笑っていた。
「わ、私はもう棄権します! 本気の中隊長が相手なんて勝ち目がない!」
騎士風の鎧を着た青年が「本気は勘弁してくれ」と逃げるように去って行く。
普段、ソフィアがどれくらい強いのか実亜にはわからないけど相当だと思う。
「一人減っちゃった」
アルナは「盛り上がらないじゃない」と口を尖らせている。
本当にこの街の娯楽の一つなのだと実亜は感じたけれど、今はそれどころではない。四対一の勝負なんて、ソフィアが強いと言っても無理な話だ。
「四対一とか無理ですって……止めさせないと」
でも、止め方がわからない。会場はもうかなり盛り上がっているし、実亜一人では何も――
「もう始まりますよ?」
アルナは非情な言葉――いや、非情なのではなくて、この街ではそういうものらしい。
「そんな――」
もう最悪怪我さえなければ良い。実亜はそう願って闘技場を見守っていた。
闘技場では選手たちがソフィアを取り囲んでいた。
しばらく、お互いがお互いの出方を伺うように静かな時間が流れる。
槍を持った選手がソフィアに向かって行く――ソフィアは剣で受けると槍の軌道をそらして、取り囲んでいたもう一人の選手のほうに突っ込ませていた。
「うわぁ……!?」
二人の選手がもつれ合うように場外に落ちる。これも負けになるらしい。
「あと二人ですよ」
アルナが闘技場に釘付けになりながら、それでも実亜に解説してくれる。
あっという間に半分になったのは凄いけど、そういうものだろうか。実亜も釘付けでソフィアの戦いをずっと見守っていた。
「さあ、どっちからだ?」
ソフィアが剣を軽く構えて、残っている二人に問いかけている。
その表情は戦う人――気迫があって、凄く凜々しくて、凄く格好が良い。
いつも実亜に優しいソフィアの違う一面だった。
「やあああ!」
剣を持った、身のこなしの軽そうな女性が気合いと共にソフィアに斬りかかる。
続いて残ったもう一人の選手も――こっちは二刀流みたいだ――斬りかかっていた。
挟み打ち――いくらなんでも負ける。実亜は目を閉じてその瞬間を見ないようにした。
しばらくして大歓声が上がる。
「ミアさん、ソフィアさんが勝ちましたよ?」
「え?」
アルナの声に実亜は目を開いて闘技場を見た。
ソフィアは一人の喉元近くに剣を突き付けていた。一人は床に転がっている。木製の武器なので怪我などはないが、二人の選手がそれ以上動けない状態だ。
「勝負あり! ソフィア中隊長の優勝だ!」
審判が黒い旗を上げる。ソフィアを象徴するような髪と鎧の色だった。
「何があったんです?」
実亜は一部始終を見ていたであろうアルナに訊く。
「二人を剣で受け流して後ろに回ってから、一人を投げ飛ばして。早すぎて細かいところは追いかけられなかったけどそんな感じです」
「はあ……凄いですね?」
良くわからないけど、勝ったならそれで良い――のだろうか。
ソフィアは怪我もなさそうだし、負けた人たちも怪我はしていないみたいだけど。
「だから、ソフィアさんは強いんですって。安心しました?」
アルナは無邪気に笑って、飲み物で乾杯をしている。
「は、はい、一応は」
しっかり握りしめていた実亜の飲み物は、ぬるくなっていた。
「ソフィアさん!」
あっという間に武術大会が終わって、関係者が選手と会えるようになった。
実亜は駆け寄る勢いでソフィアの元に行く。
「ミア、見ていたか?」
ソフィアは実亜の姿を見て、さっきの気迫を感じさせない笑顔だった。
「見てましたけど……その……怪我がなくて良かっ……」
やっと安心出来た実亜の目からぽろぽろと涙が溢れ落ちる。
「な、何故泣くんだ。しっかり勝ったぞ?」
ソフィアが慌てて実亜の涙を手で拭っていた。
「そうですけど、ヒヤヒヤしました……」
「ヒヤヒヤ……? 難しいな……心配したとかそういう感じの言葉か?」
ソフィアは戸惑いながらでも、実亜の言葉を解読してくれる。
「そうです……無事で良かった」
実亜はソフィアの身体を抱きしめていた。
「心配させた――しかし、困ったな。そんなに心配させていたのか。すまなかった」
実亜の背中をさすって、ソフィアはさっきとは別人みたいな優しい声で――
「ソフィアさんより強いのって、ミアさんなんじゃない?」
一部始終を見ていたアルナが、不思議そうにそんなことを言っていた。




