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雪の夜

(23)

 夜も深まり、部屋の中は温かいけれど、また少し底冷えのする時間になって来た。

 家の外は静かで――ソフィアが言うには雪が音を吸い込んでいるらしい。

「さて、眠る時間だが、今朝言っていた通りに抱きしめてから眠ろうと思う。構わないか?」

 ソフィアはいつも腰に下げている剣を外して、やっと休息モードに入っていた。

 そして、ベッド――寝床に入る前に最大限の礼を尽くす姿勢で実亜に訊く。

「はい。あの許可を取らなくても良いんですよ……?」

 元々「最初から抱きしめてくれたら」と言い出したのは実亜のほうだし、そんなに丁寧に宣言されるとおかしな方向に意識をしてしまいそうになる。

 そんな願望――実亜だってないわけではない。だけど、それはあまりにも都合良く考えすぎだ。

 自分はそんなに愛される人間ではないのだという思考が、実亜を支配して離れてくれない。

「しかし、こういうことは伝えておかなくては」

 ソフィアは優しく言い聞かせるように実亜の手を取って、手の甲にキスをしていた。

 そんなに儀礼だとかが違わないのなら、これは親愛だとかを示すものだ。

「こ、恋人同士だったらそんなにいちいち許可を取りません……多分」

「まあ、そうなのだが」

 ソフィアは実亜をベッド――寝床に寝かせて、苦笑いだった。

「……そうなんですか?」

 それをサラッと言えるということは、ソフィアには恋人が居た――いや、居ても何一つ問題は無いのだけど、実亜の心が少しチクッと痛んだ。

「しかし、ミアの国とは勝手も違うだろうから、話し合いは必要だろう?」

 ソフィアもベッドに入って、そう言いながら実亜のほうを向く。

 その目はいつも優しくて、吸い込まれそうだ。

「ミア、おいで」

 優しい言葉――実亜はソフィアの腕の中に吸い込まれていた。


「この頃は、体調はどうだ? 何処か痛むとかはないか?」

 ソフィアは実亜を腕の中に収めて、眠る前のちょっとした話をしていた。

 身長差が作用しているのか、収まりが良い。

「はい。痛いとかは全然ないです。でも、多分、此処に来るまで酷く疲れてたと思うので、ゆっくり過ごせて落ち着いてます」

 一日中仕事に追われて、寝るどころか休む暇もなくて、酷くボロボロだった実亜には、今の穏やかな時間が嘘のようだ。

 暇すぎることもなく、適度にすることもあるし、ソフィアは優しいし――

 これが夢の中だったら悲しいと思うだろう。それくらい穏やかで平和に過ごせている。

「そうか。この調子でゆっくり休めば良い」

 雪が積もっている間はそんなに忙しいこともない――ソフィアは実亜の髪を撫でる。

 優しいタッチは実亜を眠りに誘うようで、心地良く感じる。

「……あの」

 実亜はソフィアの腕の中で、眠る前の我儘を少しだけ伝えようとしていた。

「どうした?」

「おやすみのくちづけをして良いですか?」

 それは実亜には我儘(わがまま)なお願いだった。

 愛されたい気持ちが芽生えて、成長してしまったのかもしれない。

「遠慮しなくて良い、いつでも好きな時に」

 ソフィアは実亜にそっと顔を寄せて、小さく囁く。

 優しい――何処までも。逃げ場がないくらいだと実亜は思う。

「はい――」

 実亜は小さく息を吸って、ソフィアの唇にキスをしていた。

 リスフォールではくちづけと呼ぶその行為は――

 多分、実亜の思うキスよりはカジュアルにされるものなのだろうけど。

「困ったな……」

 キスが――くちづけが離れるとソフィアが苦笑いをしている。

「――ソフィアさん?」

「自制出来なくなりそうだ。何故か、それくらいミアが愛しい――」

 出会ってからそんなに経っていないのに、不思議だ――ソフィアはそう言って実亜を力強く、それでも柔らかく抱きしめていた。

 今だけでも、この人と一つに溶け合えたら良いのに――実亜はそう思って目を閉じる。


 ただ静かな夜――お互いの温度を感じて、呼吸だけが聞こえる、そんな時間だった。

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