恋人同士とは
(21)
恋人同士――言葉では簡単だけど、実際そうなるとどう振る舞えば良いのかわからない。
実亜は風呂の中で少し考えていた。
そもそも、恋人とはああいう風になるものなのだろうか。実亜にはわからない。
だけど、ソフィアの優しいところや、ちょっと天然なところを独り占め出来るのは嬉しい――
でも、別に恋人同士じゃなくてもそれはわりと独り占め出来てた気がするけど。
「ミア、大丈夫か? のぼせてないか?」
風呂場の外からソフィアの声がする。長く湯船に浸かっていたみたいだ。
「あ、はい。温まってました」
「そうか、なら良い。ゆっくりしてくれ」
ソフィアが立ち去る気配がする。
こういうところが、素っ気ないけど優しい人――実亜は改めてソフィアを想うのだった。
「さあ、今夜も冷え込む。温かくして寝ようか」
実亜が風呂から上がると、ソフィアはすぐにベッドのほうに実亜を連れて行く。
「は、はい」
ベッド――寝床から落ちないギリギリの辺りで、実亜は寝転ぶ。
今までそこまで意識していなかったのに、恋人宣言をされてしまうと過剰に意識してしまう。
「どうしてそんなに端で寝るんだ」
寝返りを打ったら落ちる――ソフィアがちょっと笑っている。
「え、えっと、ソフィアさんお疲れでしょうし、ゆっくり寝てほしくて」
「それならミアが近くに居てくれるほうが良い。ミアは温かいからな」
ソフィアはサラッとそんなことを言う。
「……湯たんぽ代わりですか?」
「湯たんぽとは何だ?」
此処は寒い地域なのに湯たんぽがないらしい。いや、違う名前なのかもしれない。
「えっと、容器にお湯を入れて、ベッド――寝床の中に入れて温めるものです」
実亜は丁寧に説明をしてみた。この説明で合っているのかはわからないのだけど。
「ほう。リスフォールでも似たようなものがあると聞いたことはあるが」
「温かいですよ」
「今度探してみよう。遠慮せず、もっと真ん中で眠れば良い」
ソフィアは掛け布団を持ち上げて、実亜を真ん中のほうに引き寄せる。
「はい――」
実亜は少し遠慮がちにソフィアの体温を間近に感じられる場所に身体を収めていた。
「おやすみ――恋人同士はおやすみのくちづけをするのだが、ミアの国でも風習はあるのか?」
ソフィアがベッドの中で実亜の方を向いて、そんな衝撃的なことを口にしている。
「ええっ? あ、その、人によっては……?」
恋人同士だということになってから、実亜はやたらとソフィアを意識してしまう。
今まで意識をしていなかったわけではないけど、正々堂々と宣言されては恋人として振る舞っていかなくてはいけないのだろうか――実亜はその振る舞い方がわからないのだけど。
「成程、必ずではないのだな。ミアがその気ならいつでも待っている」
ソフィアの手が、実亜の頬にそっと触れて離れた。そして、ソフィアは目を閉じる。
「は、はい。おやすみなさい」
待つほうなのか――実亜からはおやすみのくちづけは出来なさそうだ。
実亜も目を閉じて、一層冷え込む夜の夢へと入り込んでいた。
良い匂いがする。あとは温かい――何か。
抱き心地が良くて――って、これはソフィアの身体だ。
今までソフィアに抱きつかれていたのに、今夜は思い切り実亜から抱きついていた。
「……えっと、離れないと? でも恋人同士だから良いの?」
ソフィアにはいくらでも抱きついて良いと言ってはいるけど、こちらが抱きついていた場合、どうするのが正解なのだろう。
とりあえず、実亜は抱きつく腕をそっと離していた。
「ん……?」
ソフィアが身動いで、目を覚ます。
「あ……」
何故か気まずい――何故も何も、ソフィアも最初はこんな風に戸惑ったのだろうか。
「……ミア、もっとこっちに来れば良い」
ソフィアの手が伸びて来て、実亜の身体を柔らかく抱きしめていた。
半分寝惚けていたような気がするけど、その手は凄く優しい。
「え――ソフィアさん……」
「ミアは陽射しの匂いがする――」
ソフィアは実亜の首筋に顔を近づけて、すうっと深呼吸をしてまた静かに眠る。
どうしてだろう、自分はこの人に抱きしめられるために生きて来たような気がしていた。
それくらい、ソフィアの腕の中は温かくて優しくて――必要とされている実感があったのだ。




