安心をくれる人
(19)
ソフィアが緊急で魔物退治に出かけてから、実亜は料理を作っていた。
徹夜明けで帰って来るだろうから、胃に優しくて温かいもの――大根を使った味噌汁だ。
リスフォールではラデと呼ばれる大根は、売られている時には葉も付いている。全部食べられるものだから、実亜は丁寧にラデを切って、鍋で煮込む。
味噌は入れるのが早すぎると風味が飛ぶから、帰って来てから――
あとは、今夜は一段と冷え込むから、風呂も沸かして、ソフィアの帰りを待っていた。
今夜の街は水を打ったように静かだ。
普段は少しくらい街が息づく感覚があるけど、今夜はそれがない。
一人、家の中だから、それとも雪が降り積もるから――ソフィアたちはそんな中戦っている。
せめてもの無事を祈るしか、実亜には出来なかった。
「雪の影……?」
窓の外、カーテンの向こう側の外は暗いけど何かが降り積もるような影が見えた。
外に出ないように言われているから出ないけれど、本当に今夜は一層冷え込む。
ソフィアは大丈夫だろうか――実亜は想う。
実亜を守ると誓ってくれた大事な人。実亜がこの街で生きていくためにも、頼りにしている。
ソフィアに助けられていなかったら、きっと自分はもう一度死んでいただろう。
何一つ、人の温もりも知らずに――
「寝てて良いって言ってたけど……心配」
だけど、寝てないとソフィアは余計に心配するだろうから、実亜は長椅子に寝転がっていた。
ブランケットで包まっても、長椅子の固さはそこそこ伝わってくる。寝心地も良くはない。
これを考えると、ソフィアもベッドで寝てもらってて正解だ。
二人でも眠れるくらい広いベッドなのだし。
明け方――実亜が少しの眠りから目覚めると、小さな窓からはもう陽射しが入り込んでいた。
夜明けには帰ると言っていたから、実亜は長椅子から起きてラデの味噌汁を仕上げる。
風呂の温度も確認して、これでソフィアを迎える準備は大丈夫――
リューンの蹄の音が聞こえたような気がした。
少しずつ近付いてくるその音は、緩やかなリズムだ。そして、家の前で止まる。
「ミア、ただいま」
帰って来たソフィアは泥だらけで――怪我はないみたいだけど、疲れていた。
「お帰りなさい。あの……大変、でしたね?」
実亜はとりあえず泥を拭くためのタオルを持って行く。
大まかな泥を拭うためにソフィアに触れたら、凄く冷えていた。
「少し手こずってな。しかし街の防衛線は越えずに倒せた」
静かな笑顔にはやはり疲労の色が見える。
「あの、お風呂沸いてますからすぐに入ってください。身体が凄く冷えてます」
「世話をかけている。ありがとう」
ソフィアは鎧を外して「あとで片付けるからそのままで良い」と、風呂に向かっていた。
「ミアが居てくれて良かった。良く温まれた。ありがとう」
風呂で身体を洗い流して、温まって出て来たソフィアは、いつもの優しい笑顔だった。
「そんな……ソフィアさんが大変でしょうから、せめて疲れだけでもって……」
魔物と戦う――それがどれくらい危険なのか、実亜は知らない。
だけど、命がけだということは、うっすらとでも理解は出来る。
だから、戦わなくて良い時は休んでほしい。ソフィア自身のために。
「それがありがたい。帰って来て、安心出来ると気分も違うものだからな」
一人だと少し寂しかったかもしれない――ソフィアは冗談混じりで笑う。
「食事も、簡単ですけど」
「ありがとう。いただこう」
ソフィアは緊張が取れた笑顔で答えていた。
「美味しい。穏やかな気分になれる」
実亜の作るものは優しい味がする――味噌汁を飲んで、ソフィアはそんなことを言う。
「食べたら寝てくださいね?」
徹夜だっただろうし、体力だって使っただろうし、冷え込みは厳しいし、休まないと辛い。
実亜はちょっと口煩くなっていた。
「わかった。最初と逆だな」
「逆?」
「少し前は私がしょっちゅうミアに寝ろと言ってたが、逆転だ」
ソフィアはおかしそうに笑って味噌汁を飲んでいる。
「あ……あの、ごめんなさい」
「何故謝るんだ。何も悪いことはしてないぞ?」
「だって……」
使われている立場なのに偉そうに――多分良くはないと思う。
こんなことを考えるのは、ブラック企業に居た癖だろうか。
「……ミア、昨夜は眠れたか?」
ソフィアは少し考えてから実亜を見て、優しく尋ねる。
「少し……心配で寝付けませんでした」
ソフィアに言われて気付いた。睡眠不足で少し昔の癖が出ているのだと。
睡眠不足は判断力や自制心その他のものを奪って、悪い方向に考えやすくなる。
ブラック企業に居た時に実際そういう状態にもなった覚えがある。
過剰な残業が続くと、そんな感情も消えていったけれど。
「そうか。食事を食べたら、一緒に少し寝よう。ミアも疲れているんだろう」
ソフィアは優しく言い聞かせるように、実亜を誘っていた。
「……はい」
この人は何処まで懐が深いのだろう。
色んな辛さを知っている人みたいだ。
「やはり、寝床が温かいと良いな。今夜は雪も積もったから――」
食事を済ませて、まだ昼間だけど、ソフィアはベッドに入っていた。
「もう雪が積もったんですか?」
今夜は外に出るなと言われたから、実亜は外に出ていない。
いつ大丈夫になるかもわからなったから、玄関先にも出ていなかった。
「ああ、一眠りしたら外に見に行けば良い。おやすみ」
ソフィアは実亜がベッドに潜り込むのを確認してから、目を閉じている。
「はい。おやすみなさい」
実亜の返事に、ソフィアは小さく笑っていた。
しばらく――ソフィアの静かな呼吸が聞こえる。
眠るソフィアの顔は、緊張も解れていて穏やかだ。
何故かいつもの実亜のほうに身体を向ける姿勢になっているのだけど、自分が束の間でも安心を与えられているのだろうか。
だったら、凄く嬉しいのに――
実亜はそんなことを想いながら、ソフィアとしばらくの眠りに就いていた。




