不思議な二人
(17)
「おはよう。よく眠れたか?」
翌朝のソフィアはいつも通り、慌てていることもなく、もう騎士の制服を着ていた。
慌ててないのは、多分寝ている時に姿勢が変わったのだろう。
実亜は少し寂しい気分がする。慌てるソフィアはちょっと可愛いのに。
「はい――おはようございます」
実亜は気合いを入れて、今日からの手伝いを――
「朝食を作っておいた。ゆっくり食べると良い」
手伝いをすると決めた初っ端から、役目を果たせていない――実亜は心の中で落胆していた。
「ありがとうございます。ソフィアさんは?」
じゃあ、今日の昼からだ――実亜は気を取り直してまた気合いを入れる。
「先日の討伐作戦の報告で少し早めに騎士団の詰め所に行かなくてはいけない。帰りは夕方だ」
ソフィアはマントを羽織って、玄関ドアに向かっていた。
「え、あ……いってらっしゃい。夕食作ってますね?」
昼が無理なら夜だ――実亜はなんとしても役目を果たそうと何度も気合いを入れていた。
「ありがとう。食材は好きに使ってくれたら良い。無理はしないように」
もう、かなり冷え込むから――ソフィアは優しく、実亜に笑いかけて仕事に行った。
「……ご飯食べたら、掃除とか?」
騎士の家の手伝いは、向こうの世界にはない職業――でも、ハウスキーパーとかはあるから、それに準じれば良いはず。
実亜には頼んだことも頼まれたこともない縁のない仕事だけど、家事一般を引き受けるのはなんとなくでもわかるから、掃除とか炊事をするのがが第一目標だろう。
幸い、箒もあるし、雑巾もある――しかし、勝手に使って良いものかがわからない。
それでも、何か――実亜は考えながら、ソフィアが作ってくれた朝食を食べていた。
野菜の煮込みに燕麦の入った、雑炊――今日はトマトスープのような味だった。
「よし、まずは食器を洗って……それから、ちょっと掃除? 空気の入れ替えだけでも?」
朝食を食べ終えて、実亜は自分の食器を片付ける。
水道の水は冷たいけれど、我慢出来ないくらいじゃない。
サッと食器を洗って――これまでも何度か手伝っているし――拭いてから食器棚に仕舞う。
そして、キッチンにある小さな窓を少し開ける。冷たい風が隙間に入り込むように通った。
「反対側は……裏口……」
実亜は家の奥側にある窓まで行って、また少し開けていた。
冬の風が通り抜ける――冷たくて、でも、何処か澄んでて気持ち良い。
だけど、あまり開け放ち過ぎても部屋の温度を維持出来ない。数分で空気は入れ替わるから、適度な頃合いで実亜は窓を閉じていた。
その数分の間に、ちょっとだけ掃除をして。
「食事……味噌があるから肉の切れ端を刻んで肉味噌にとかしたら駄目かな……」
味噌――リスフォールではパスタ――は少し液体に近いし、炒めもので使いやすそうだ。
「肉味噌うどんとか……?」
小麦粉はこの前に買ったものがある。
基本的な調味料の場所は覚えたし、うどん的なものを作ろうと思えば作れそうだ。
しかし、麺類――ソフィアは食べたことがあるのだろうか。
少なくともリスフォールには実亜の居た世界で言うパスタとか蕎麦だとかはなさそうだ。
しかし、うどんを作るなら今からわりと時間が潰せる。
生地を捏ねて、寝かせて――その間に肉味噌を作る。出来るかもしれない。
あとはソフィアの好みに合えば良いだけの話だった。
「……ええい! 作ってしまえ!」
実亜は謎の思い切りで、夕食作りに取り掛かっていた。
「ただいま。ミア、土産を買って来た」
夕方より少し早くにソフィアが帰って来た。ソフィアは嬉しそうに小箱をテーブルに置く。
「え、ありがとうございます……」
「アルナ殿に聞いたのだが、ミアは甘いものが好きみたいだから、卵蒸しだ」
ソフィアは綺麗なリボンを解いて、小箱を開けている。
「卵蒸し……?」
茶碗蒸しみたいなものだろうか――でも甘いものだから、プリン――謎だ。
「卵と牛乳を混ぜて蒸すんだ。あ、砂糖も入ってるぞ?」
ソフィアはガラス容器をそっと取り出して――容器の中にはクリーム色のぷるぷるしたスイーツが満たされていた。実亜の目に間違いがなければ、プリンだ。
「私の故郷だと、プリンって言うものです。卵蒸し、ありがとうございます」
プリンは卵蒸し――実亜はしっかりと記憶していた。
この世界で生きて行くために、この世界に馴染みたいから。
「似たような食べ物があるのか。それは良かった。あとでゆっくり食べようか」
甘いものもたまには良い――ソフィアはそう言って、冷たい場所に卵蒸しを置いていた。
「はい。ありがとうございます」
実亜は礼を言って、夕食の準備をする。
それにしても、ソフィアに気を使わせていないだろうか――実亜は少し思っていた。
「……これは、メーリ粉を贅沢に使った、麺というものか?」
噂には聞いたことがあるが、実物は初めてだ――ソフィアは皿を見て、感心していた。
実亜が作ったのは、手打ちうどん――
手打ちだから太さはランダムだけど、まあまあの出来だった。
メーリ粉は小麦粉のことだ。リスフォールでは高級品なのでこういう使い方はしないらしい。
「はい。私の居た国ではわりと良く食べられるものです」
「成程、かかっているのは肉の切れ端を更に刻んで煮たものだな。野菜も入っている」
ソフィアは「いただきます」とフォークでうどんを刺してクルクルと巻いている。
食べ方などは本で読んだことがあるとソフィアは言う。
そして、肉味噌を少し付けて食べる――「美味い」と笑っていた。
とりあえず気に入ってもらえて、なによりだ。
「ミアの料理は手間が細かくて凄いな。私は材料を切って煮るくらいしか出来ないが……ニホンという国の人は皆これくらい作れるのか?」
ソフィアは勢い良く――だけどマナー良くうどんを食べて、不思議そうだ。
「人によるとは……」
実亜は麺を啜らないように気を付けて食べる。
啜る音はマナー違反かもしれないから――実際、諸外国では麺を啜らないらしいし。
「そうか、じゃあミアは料理上手なのだな」
リスフォールにはない新鮮な味で、異国に行った気分だとソフィアは笑う。
「そんな、もっと上手な――料理研究家とかも沢山いらっしゃいますし」
「ほう、研究するのか……世界は広いものだ。しかし、美味しい」
ソフィアは美味しそうにうどんを食べている。
「ありがとうございます」
実亜は褒められて少しくすぐったさを覚えながら、答えていた。
「さて、卵蒸しだな」
お土産の卵蒸しを取り出して、ソフィアは実亜にまず食べさせる。
実亜はいただきますと遠慮なく食べていた。
「ソフィアさん、あまり甘いものを食べないってアルナさんに聞いたんですけど」
苦手ではないだろうけど、こちらを気遣って買って来てくれたのなら、凄く嬉しい。
「ん? ああ、そんなには食べないが、わりと好きだぞ? 今日はミアが喜ぶかなと思って」
卵は滋養にも良いし――ソフィアは優しいことを言ってくれる。
「嬉しいです。ぷるぷるしてて美味しいです」
卵蒸しは卵が多めで、固めだけど、ぷるっとした食感だ。
甘さは控えめだけど、このほんのりした甘さも美味しい。
「ぷるぷる……」
ソフィアが衝撃を受けたように復唱して、笑いを堪えている。
「私、また変なこと言いましたね……」
擬音語はリスフォールにはほぼ無い。街に慣れるにはそこも注意しなくてはいけないだろう。
「いや、可愛い……可愛いぞ? ぷるぷる……ふっ」
ソフィアは卵蒸しを食べながら、手で顔を覆って笑いを堪えきれていない。
肩を震わせて、必死に騎士の品位らしきものを保とうとしている。
「笑ってるじゃないですか」
だけど、こんな表情を見られるのは自分だけかもしれない――実亜は少し嬉しくなる。
ソフィアはいつも騎士として振る舞っていて、隙が無くて、凜々しくて、格好良い。
これが、気を許してもらえている証拠だったら良いのに――と。
「いや、すまない。思ったよりミアの言葉が可愛くて面白い。もっと沢山聞きたいくらいだ」
ソフィアの笑いが、やっと収まった。だけど――
「……ぷにぷに」
「ふっ――」
実亜の擬音語に、ソフィアはまた楽しそうに笑うのだった。




