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この街で

(16)

「あの、この前ソフィアさんが言ってたお手伝い、させてください」

 誓いのくちづけを交わして――冷えるからと家に入ってすぐ、実亜は決意を伝えていた。

 この世界で、この街で生きていく――実亜はそう決めたのだ。

 前の世界に少しは未練もある。だけど、そこは実亜の居場所ではなかった。

 それなら、新しいこの世界で生きて行くことを選びたい。

「結論は急がなくても構わないが……ただ休んでばかりでも気分が塞ぎ込むものだしな」

 少しは仕事があるほうが――ソフィアはそう言って優しく受け入れてくれる。

 卑怯かもしれないけど、優しいソフィアの傍に居られるなら――実亜はそう思っていた。

「給金だが、毎月金貨三枚と銀貨百枚でどうだ?」

 ソファ――長椅子に座って、ソフィアは静かに話し出す。

 実亜も座って、ここからも契約のようなもの――

 しかし――

「えっと、どれくらいが普通の相場なのかわからなくて……お金の価値もあまり……」

 家事などの手伝いという仕事がリスフォールではどの程度の給与をもらうのかわからない。

 リスフォールの一般的な金銭感覚も、実亜はまだ掴めていないのだ。

「む、そうか。どう言えば良いだろう……リスフォールで家を借りるのに、金貨一枚あれば、この家くらいは借りられる」

 ソフィアの家は広い庭付き1LDKと言った感じの広さだ。庭にはリューンの小屋もあるし、部屋自体も広い。同じ間取りを借りようと思うと、都心だと十万円以上はかかる。

 地方都市だともう少し安くて十万円丁度くらい――実亜はぼんやりと計算をする。

 家を出ようと思っていた時に調べていたことが、こんな形で役に立つなんて。

「じゃあ、金貨一枚で銀貨何枚になります?」

 リスフォールには、金貨と銀貨と銅貨がある。

 価値はそのまま、実亜の居た世界と同じ順列だ。

「多少変動するが、銀貨二百枚だな」

 ソフィアは以前、銀貨一枚で軽い外食一食分になると言ってたから、銀貨一枚が五百円くらいとして、銀貨二百枚が十万円くらい――それが金貨一枚。

 この広さの家を借りるには十万円ほどと仮定して――

 ソフィアが提示しているのはわりと高給で、日本円だと三十五万円くらいの提示をされている。

 実亜は大体のリスフォールでの金銭感覚を理解していた。

「あの、それだと貰いすぎじゃないですか……?」

 家事は大変だけど、手伝いでその額は多い。そう思うのはブラック企業で馴染んでしまった癖なのだろうか。つくづく恨めしい癖だ。

「そうか? 大体このくらいだと聞いたことがあるが」

「体調が悪くてお仕事出来ない日とかあるかもしれませんし、もっと少なくても」

 実亜の言葉にソフィアは「ふむ」と、考え込んで――親指を顎に当てている。

 考え込む時、いつもソフィアはこの姿勢をとる。癖みたいだ。

 それにしても、自分はブラック企業の癖が抜けていないみたいな気がした。

 此処ではあんな理不尽なことはない――わかっているのだけど。

「あと、家を借りられるまでソフィアさんのお家にお世話になるんですから、更に少なくても」

 これはブラック企業の考え方ではないと思うけど――

 何がまともだったか実亜は少し不安になる。

「家は此処に住んでもらって構わないが」

「じゃあ住み込みですから、家賃とか食費、光熱費――シェールの代金とかを引いてください」

 住み込みの経費を天引きするのは一般的――多分。これは大丈夫な要求だ。

 自分の給与の値引き交渉なんて、なんとなく不思議だけれど――実亜は思っていた。

「ふむ……難しいな。家賃と食費……金貨二枚と銀貨百枚にするか」

「まだ多いですよ。金貨一枚でも構わないです」

「それは流石に少なすぎるだろう。私も騎士としてしっかりと労働の対価は払わなければ」

 ソフィアは「ミアの言いたいこともわかるが」と少し困った顔をしている。

 実亜も実亜で、どうして自分の給与の値引きを提案しているのかわからない。

 そもそも、ソフィアがどれくらいの給与なのかわからないから、出来るだけ負担にならない額にして欲しいのもあるのだけど。

「――金貨二枚と銀貨五十枚でどうだ?」

 それ以上は減らせない――ソフィアは言い切っていた。

「わかりました」

 実亜はそれで納得をしていた。だけど、出来るだけ節約をして生活するつもりだ。

「一安心だ。まあ、こんな交渉もミアが元気になっている証拠かもしれないな」

 ソフィアは苦笑いで、そう言って実亜を見ていた。


「さあ、今夜から更に冷え込むから、羽根布団を追加しよう」

 ソフィアが部屋のクローゼットみたいなところから、羽毛布団を取り出している。

 布団は布団なのか――実亜はこの世界の言葉を記憶していた。元の世界とほぼ同じだけど。

「わ、この布団、ふわふわですね」

 実亜の知っている羽毛布団とは違って、持った感じは物凄く軽いのに温かい。

 良い羽毛布団だとこういうものだと聞いたことはあるけれど――

 実亜は手伝いながら驚いていた。

「ふわふわ……ミアの言葉は時々不思議で可愛いな」

 ソフィアが布団に驚いている実亜を見て、小さく笑っている。

「え、柔らかいものをふわふわって言いません?」

「あまり聞かない言葉だが、小さい子なら言うかもしれない。いや、ミアを子供っぽいと言っているわけじゃないぞ?」

 ソフィアは布団が追加されたベッドに入りながら、気まずそうに答えていた。

「わかってます。私の居たところでは大人もわりと使うので……」

 実亜もその隣に潜り込んで――一枚布団が足されただけなのに、思っているより温かい。

「ふむ、他には? 今日の寝物語はミアの言葉を沢山聞かせてくれ」

「揺れることを『ゆらゆら』とか、食事を食べることを『もぐもぐ』とか」

 実亜はベッドの中で天井を見ながら、色々な言葉を思い出す。

 普段意識して使っていないけど、案外不思議な擬音語みたいなものは多い。

「――ほう、良いな。雪が降ることを表す言葉なんかもあるのか?」

 ソフィアはとても興味深く話を聞いてくれる。

 他国の文化も楽しいものだと良いながら、ベッドの中で実亜のほうを向いて。見つめて。

「えっと……『はらはら』とか『ひらひら』とか。軽いものが舞い落ちる時に使います」

 視線が少しくすぐったい。そんなに意識はしていないはずだけど、ソフィアの視線を独り占めしているのかと思うと、少し嬉しくなる。不思議だ。

「良いな――可愛いものだと思う。しかし、『ゆらゆら』『はらはら』――『ら』が多いな」

 ソフィアは指先で空中に文字を書くように、実亜の言葉を確かめてそんな発見を――

「……本当ですね? 私も気付きませんでした」

 発見したからと言ってどうなるものでもないのだけど、謎の発見だ。

 ソフィアが寝入る前でもしっかりと実亜の話を聞いてくれている証拠でもある。

「他にもあるのか?」

「目眩がして『くらくら』とか『ふらふら』とか。綺麗なものを『キラキラ』とか……」

 実亜がそう言ってソフィアを見たら、その綺麗な――キラキラした瞳で実亜を見ていた。

「そうか、じゃあミアはキラキラなのだな」

 実亜が思っていたことをそのままソフィアに返された。

「え……」

「綺麗なものを『キラキラ』と言うのだろう? だからミアは素敵でキラキラだ」

 驚いている実亜に、ソフィアはそう続ける。

「そんな……ソフィアさんだってキラキラしてて、綺麗です」

 素敵、綺麗――ソフィアが実亜にくれる言葉はそのままソフィアに当てはまる。

 ソフィアは素敵で、綺麗で、優しくて――

「ふむ……その……ありがとう……」

 実亜の褒め言葉で、ソフィアが照れている。

「照れてません?」

「……いや、照れては……言われ慣れない言葉で驚いただけだ。もう寝ようか、おやすみ」

 ソフィアはそう言って、背を向けてしまった。

「はい――おやすみなさい」

 強くて、優しくて、素敵で、綺麗な騎士は、少し照れやすいみたいだった。

 また――抱きついてくれないだろうか。

 今日から掛け布団が温かいから、淡い期待だけど。


「んん……ソフィアさん……」

 実亜は、またソフィアに抱きつかれている。

 今夜も腰に手を回されて、温かな体温が伝わってきた。

 こうなったらこちらもソフィアの身体に腕を回してしまおうか――実亜は少し考える。

「そっと……」

 実亜は手を伸ばして、ソフィアの身体に触れる。

 同じように、腰の辺りにそっと。

「ん……」

 ソフィアが少し身動ぐ。だけど、目は覚まさない。

 ただ穏やかに眠っているだけだ。

「私、此処で生きて行きます」

 実亜は決意を言葉にしていた。

 そして、また眠りに――

第二部のような。

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