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優しい人たち(4)

(132)

 翌朝、目を覚ました実亜はいつものように鶏小屋に卵を採りに行っていた。ついでに鶏小屋の軽い掃除と餌やりをしてから、厨房の料理長に採れたての卵を渡して、朝の一仕事をやり遂げた気分――卵を採りに行くだけだから、そんなに大変な仕事ではないとは思うけれど、皆の朝食のためには大事な仕事だから。

 他にも何か役に立てたら――そんなことを考えながら、実亜はリビングに向かう。

 実亜がリビングの大きなドアを開けて中に入ると、長いソファにファウナが寝転んでいた。手にペンを持ったまま、床には何十枚もの大きなメモ用紙が散らばっていて――一瞬、ファウナが倒れ込んでいるのかと驚いたけれど、身体にはちゃんと小さめのブランケットがかかっているし、とても満足そうな表情で眠っているから大丈夫そうだ。

 疲れているのだろうし、無理に起こしてはいけないから、静かにと思いつつ、実亜は床に散らばっているメモ用紙を少しずつ拾って――少し進むと、今度はソファの近くの床にばあやが寝ていた。

 しっかりと分厚い敷布団のようなものを敷いて、いい感じにふわっとした掛け布団と枕も使っていて、高級なものだけどソファで寝ているファウナよりも本格的な寝具でちゃんと寝ている。

 というか、リビングなのにちゃんと寝具に相当するものが何処かに用意されているのだなと、実亜は変な感心をしていた。


「これはミア様、おはようございます」

 実亜が二人を起こさないように散らばっているメモ用紙をまとめていたら、ばあやが目を覚まして欠伸(あくび)をしながら挨拶をする。

「おはようございます。徹夜というか、遅くまでファウナさんとお話をしてたんですか?」

 実亜は起き上がったばあやに訊きながら、軽くまとめたメモ用紙の束を手渡していた。

「ええ、ええ。大変に興味深い話が山盛りでございまして、このばあやも時間を忘れて夢中になりました」

 ばあやはとても楽しそうに「これが夜更かしの成果です」と、笑っている。

「お疲れ様です」

 時間を忘れるくらい夢中になれて、楽しいことなんてなかなかあることではないから、とても素敵な時間を過ごせたのだなと実亜は嬉しくなっていた。

 優しい人たちだから、自然にそう思えてるのかもしれない。

「ミスフェアに現れた女神様のお話も沢山ございますし、ミア様のお役に立つ情報もあるかもしれませんね」

 ばあやはメモの束をパラパラと確認しながら、順番を並び替えたり話題ごとに分けたりしている。

「そんな……ありがとうございます」

 確かに、自分が今この世界に居ることが不思議ではあるし、その不思議を皆が少し楽しみながら解いてくれようとしているのも嬉しくて、実亜は少し照れ笑いでばあやに返していた。

「ミア様のおかげで楽しめることが増えて何よりでございますよ」

 ばあやはそう言いながら、テキパキと寝具を片付けている。

「ふあー、おはよう。あ、ミアお姉様が毛布をかけてくださったの?」

 物音でファウナも目を覚まして、大きな欠伸をしていた。

「いえ、私が部屋に来た時にはかかってました」

「それなら、ばあやね。ありがとう」

「ばあやはファウナ様より先に寝させてもらいましたよ」

「それなら、誰だろう?」

 あとでお礼しなきゃね――ファウナはブランケットを手早くたたみながら、また欠伸をしていた。


「皆、此処に居たのか。ふむ――ファウナとばあやは夜通し話をしていたようだが、体調は大丈夫か?」

 ソフィアが「朝食の準備が出来たから探していた」と、リビングにやって来て、楽しそうに困っていた。二人とも興味深い話を始めると時間を忘れて盛り上がる――と。

「ソフィア様、ご安心ください。このばあや、寝食だけは忘れておりませんので、ぐっすりしましたよ」

 ばあやはキリッと言い切って、物凄く充実した顔をしていた。「ぐっすり」が不思議な形で広まっている――実亜は思う。

「ばあやらしいな。ファウナはぐっすりしたのか?」

 ソフィアは寝起きの水を飲んでいるファウナに向かって訊いている。

「お姉様、『ぐっすり』って何?」

 ファウナは何度目かの欠伸をしながら「呪文?」と、不思議そうだ。

「よく眠ることだ。ミアの国の言葉だが、生きるために必要な心がけがあって気に入っている」

「素敵ね。眠ることは大事だもの。私は朝食を食べたらもう一度ぐっすりします」

 ファウナも早速「ぐっすり」を使って、楽しんでいた。


「おはよう、クロエ。私に毛布をかけてくれた?」

 食卓に向かう途中の廊下でクロエに出会したファウナが、挨拶をしながらクロエに訊いていた。

「いいえ?」

 クロエは物凄くサラッと否定している。

「じゃあ誰かしら。執事長? 早起きで居間に気軽に入れるのって、クロエか執事長くらいでしょう?」

 お姉様方でもないし――ファウナは不思議そうにしている。

「……アステリア様ではないですか?」

 少し考えてから、クロエがそんな風に言う。

「まさか。でも、あの子も早起きね。朝の散歩も続けてるの?」

「はい。今朝も散歩をなさってましたよ」

「そう……アステリアも優しくなって、もう立派な大人ね」

 ファウナは何処か嬉しそうに大事な妹の成長を喜んでいるようだ。

「ファウナも油断していると追い抜かされてしまうな」

 ソフィアも楽しそうに、ひっそりと仲の良い妹たちの関係に冗談を加えている。

「私は大人よ?」

 ファウナは凛々しく言い切って、格好良いポーズをとっていた。

「ふむ、もう少し落ち着いてから言ってほしいものだ」

「落ち着いてますって」

「ファウナと私では『落ち着く』の意味が違うようだな」

 ソフィアとファウナの可愛いやり取りを実亜は楽しく眺めて、一緒に食卓に向かっていた。

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