騒がしい一日の終わりに
(131)
実亜は目を覚まして、慌ててソフィアの膝枕から起き上がっていた。
眠くなってソフィアに甘えたところまでは覚えているけれど、人前でそんな風に甘えたり眠ったりするのは大変なマナー違反だったかもしれないし、どのくらい寝たのかもわからない。
身体には薄手の毛布がかかっていて、わりと長く寝ていたのはなんとなくわかるけれど――
まだ少し寝惚けながら見渡したリビングには、もうソフィアと自分以外は居ないようだった。まさか怒って出て行った――でも、クレリー家の人たちはそんなことでは怒りそうにないから、心配のしすぎ――
「ああ、起きたか。ぐっすりしたか?」
ソフィアは起き上がって乱れた実亜の髪を軽く撫でて整えながら、優しく笑っている。この様子だと、とりあえず怒っている人は多分居ない――実亜は小さく一安心をしていた。
「は、はい……あの、失礼しました……皆さんの前で寝るなんて、お行儀、悪かったですよね?」
だけど、行儀やマナーの面だと良くないかもしれないから、実亜はソフィアに確認をする。
「眠ければ眠る。何も悪いところはないが……ふむ、ミアのことだから、おそらく膝枕を気にしているのか?」
最近はミアが気にすることがわかってきた――ソフィアはそう言いながら、実亜の頬に手を当てて落ち着かせるようにゆっくりと話していた。
「それもあります……」
「招待された茶会などの場所では流石に怒られるかもしれないが、家族の前で伴侶に甘えることが悪いなら、一体いつ甘えるんだ」
ソフィアは実亜の心配を笑顔で軽く取り払ってくれる。
「家族……」
それは実亜には何処か遠い存在で、それなのにそこから逃れることも出来なかったもの――だけど、ソフィアの言った「家族」は、何故か程よく近くで包んでくれるような安心感があった。その柔らかな居心地にそのまま甘えるには、まだくすぐったさや照れも感じるのだけど――
「此処もミアの家だ、気にせず何処でもぐっすりすればいい」
「……はい」
実亜はソフィアに抱きついて胸元に顔を埋めて、そのくすぐったさを改めて実感していた。
自分自身で「家族」という存在を見つけることが出来たのかもしれない――と。
今感じているこのくすぐったさと温かさも、この世界に来ていなかったら一生知ることもない感覚だったはずだから。
「……怖い夢でも見たのか?」
「いえ、嬉しくて」
「そうか」
ソフィアはそっと実亜の身体を受け止めて、優しく頭を撫でてくれていた。
「本当に今日は一日騒がしかったな。疲れは出てないかと訊くまでもないくらいだが、疲れていないか?」
夜――ソフィアがベッドに寝転んで天井を眺めてから、そんな言葉で実亜を心配していた。
午後からは午前中よりは穏やかに過ごせたので、それほど心配はしていないけれど――と。
「私はお昼寝をさせてもらったので、そんなに疲れてないですし、楽しかったです」
不思議と疲れた一日だったけれど、ベッドに入ると目が冴えて寝付けないもので、実亜はソフィアのほうに身体を向けて答えていた。
「ふむ、それならいいのだが――」
閉じていた目を開いて、ソフィアも顔を実亜のほうに向けて笑っている。
「ソフィアさんのほうが疲れてるんじゃないですか?」
「気疲れはしているかもしれない……」
実亜の質問に、ソフィアが珍しく困った顔で答えていた。
「お疲れ様です」
実亜は今日一日、なかなか気苦労の多いお姉様をしていたソフィアの頭を撫でていた。ただ、なんとなく撫でたくて――ソフィアは「不思議な気分だ」と、照れながらも嬉しそうにしている。
「ありがとう。ミアの手は心地が良いな――そうだ、私も甘えさせてもらいたいのだが、構わないか?」
ソフィアが可愛いお願いを――
「は、はい、私でよければ」
実亜は喜んで返事をして、ソフィアのリクエストを待っていた。
「それなら、おいで」
ソフィアは腕を広げて、実亜の身体を引き込んで抱きしめる。
「あ、あれ? 逆じゃないですか?」
私が甘えてる――実亜はソフィアの腕の中で疑問符だらけになっていた。
「可愛いミアを独り占めにして甘えさせてもらえてるから、逆ではないな」
ソフィアはそんな言葉と共に、実亜の瞼に軽くキスをしている。
「じゃあ、私もソフィアさんを独り占めです」
実亜も負けじとソフィアの頬にキスを返していた。
「互いに独り占めか、二人とも浮かれているようだ」
ソフィアはまたキスを返して、二人の浮かれ具合へのツッコミの言葉を口にしている。
「ふふっ」
実亜は思わず吹き出してしまい、ソフィアも一緒になって笑い出す。
そして、二人で顔を見合わせてまた笑って、騒がしい一日を終えていた。




