クレリー家の本音
(130)
デートの大まかな説明が終わって、実亜はお茶を飲んでようやく一息ついていた。
自分自身もそれほどデートに関する知識があるわけでもないのだけど、クレリー家の人たちのデートに対する疑問は豪快なものが多かったように思う。
店を買うとか、劇場を貸し切るとか――実亜の平凡な発想では絶対に出て来ない疑問もあって、最終的には面白くなるくらいだったけれど。
「そういえば、『でえと』専用の服を仕立てなくて大丈夫?」
ローナが「街歩きをするのなら動きやすい服よね」と、思案している。また新しい豪快な疑問が出て来たけれど、これまでの説明の成果なのか大がかりな方向には行かない感じだった。
「お母様はすぐに服を仕立てたがるのだけど、ミアお姉様のお話をまとめると普段のお気に入りの服でもいいみたい?」
アステリアは少し不思議そうにしながらも「デート」の感覚が掴めて来たようだ。
「はい……大丈夫……です。ちょっとお洒落、くらいが……」
まだまだ沢山あるデートの疑問に答えていた実亜は、ふわっとリンゴのような香りがするお茶――香りはリンゴだけど、味は全く違うので、多分何かのハーブティーみたいな感じ――をゆっくりと飲んで、身体の緊張が少しずつ解れていく感覚になっていた。
解けた緊張と、眠気とが一気に来る感じ――
「ミア? どうした?」
ソフィアの声を聞きながら、実亜はソフィアの肩にもたれていた。もう何度も支えてもらっている肩には安心感がある。
「少し……甘えて、良いですか……」
眠気に負けた実亜は、ソフィアにそっと訊く。
「ああ、私の腿に頭を預ければいい」
ソフィアは実亜が眠りやすいように、足を組んでから実亜を膝枕の姿勢で寝転ばせている。
「ありがとう……」
「ございます」を言い終わる前に、実亜は眠りに落ちていた。
「疲れているのだな。今日は朝から騒がしかったから、無理もない」
眠り込んだ実亜を見て、ソフィアが苦笑いをしている。
「まあ、可愛い寝顔。それに甘えるのに許可を取るなんて更に可愛らしい。ソフィアは毎日この寝顔を見てるのね」
ローナも眠っている実亜を見て「可愛い娘が増えたわね」と笑っていた。
「こういう姿を見ていると、母上が早く身を固めろと言っていた意味がわかります」
「伴侶の存在って素敵でしょう?」
「はい。支えられてます」
ソフィアとローナの静かな会話が続く。
「素敵。私も早くお相手を見つけないと……今のところはクロエが一番なのだけど」
互いに支えて支えられる相手が居るのは羨ましい――と、ファウナが言う。
「ファウナお姉様はデートを断られたばかりなのに」
アステリアは苦い顔でファウナに答えている。
「今日断られても、明日はクロエの気が変わるかもしれないから」
苦い顔のアステリアに、ファウナは得意気に返して笑っていた。
「相変わらずファウナお姉様は少し意地悪なの……」
アステリアは半分呆れつつ、ファウナとのやり取りを楽しんでいる。
「遠慮なく言い合えるのも家族ならではの甘えよね。ミアさんはまだ遠慮がちのようだけど」
ローナが可愛い娘たちの間を取り持ちながら、実亜の性格を言い表していた。
慎みがあるのも素敵だから、それはそれで良いことなのだけど、と続けている。
「母上、これでも最初の頃よりは心を許してもらえてます。文化の違いもあるのでしょうが、最初は何処か怯えているような感じでした」
ソフィアが実亜の頭を軽く撫でて、ローナの心配に答えていた。
「そうなのね……カイシャというところはそんなに心に傷を負うほど、過酷な場所だったのね」
苦労したのね――ローナは少し涙ぐんで、実亜の境遇に思いを馳せている。
「お母様、それでも私はミアお姉様は真っ直ぐな人だと思うのよ。過酷なところに居た人は、時として人を信じられなくなったりもするけど――ミアお姉様は私が剣を突きつけても、私を信用していたわ」
ファウナは朝の実亜とのやり取りを話して――
「ふむ――待て、ファウナ。ミアに剣を突きつけただと?」
「ファウナ、何故そんなことを?」
「お姉様、ひどい」
ソフィア、ローナ、アステリアの三人からの視線と非難がファウナに集まる。
「見慣れない不審者が屋敷の中を歩いてたから、警告のつもりで……誤解はすぐに解けて、謝りました。けど……許していただけてるか……は……申し訳ございません」
ファウナが三人に平謝りをしていた。寝ている実亜にも届くように、真摯な謝罪だった。
「……まあ、ミアの性格なら『誤解されても仕方ない』くらいのことは言うだろうが……あとで私からも謝っておこう」
ソフィアは「本当に騒がしい妹だな」と、呆れている。
「はい……でも、ミアお姉様は本当に取り乱すことなく、私を見極めるように見つめてました」
ファウナは「剣を突きつけられて出来る顔ではない」と、真剣に続けていた。
「ミア様には、クレリー家の誇る武勇に勝るとも劣らない胆力があるのは確かでございます」
図書室に籠もっていたはずのばあやがやって来て、実亜という人物をそう評する。
「あら、ばあや。調べものは休憩?」
ローナはばあやにお茶を淹れ、差し出していた。
「ええ、一段落いたしました。ファウナ様おかえりなさいませ。お元気そうでばあやは嬉しいです」
「ただいま。ばあやも元気そうね。あ、ミスフェアでの土産話が沢山あるから楽しみにしてて」
ファウナはそう言いながらばあやに菓子を差し出す。
「ええ、ええ。私も丁度ミスフェアの話を詳しくお伺いしたいと思っておりましたよ」
ばあやは菓子とお茶を食べて飲んで、頷いている。
「ほう。やはりミアはミスフェアの女神たちとも関係があるのか?」
ソフィアはそう言いながら、膝の上で静かに眠っている実亜を見つめていた。
「仮説の段階ですが、そちらも後々お話いたします」
ばあやは眠っている実亜を見て「なんて可愛らしい」と、また頷いていた。




