陽射しの匂い
(14)
「ん……」
誰かに抱きつかれている――実亜は眠りの中から浮上する。
抱きつくような誰か、ソフィアしか居ない。
目を開けて確認するのが怖いような、そうじゃないような――実亜はそっと目を開けた。
間近にソフィアの顔があった。そして、腕はブランケットの中で実亜の腰に回されている。
一緒のベッドに寝ている時点で元々距離は近いのだけど、それでもこれは密着だ。
「ソフィアさん……」
実亜はそっと名前を呼んで、起こそうと――でも、疲れているだろうし、このままでも――
どちらが正解なのか、実亜にはわからない。
ただ、安心しているように見えるソフィアの穏やかな寝顔は、凄く綺麗だった。
「……どうしよう、このまま?」
実亜は簡単には解けそうにないソフィアの腕を感じながら、小さく囁く。
今夜から冷えるとソフィアが言ってた通り、室内も少し冷える。
もうすぐで雪が降って、リスフォールは本格的な冬になるのだろう。
冷え込む部屋に丁度良い体温――実亜は、また眠りに吸い込まれていた。
「……まあ、いっか」
ソフィア的には良くないかもしれないけど、寝ているうちに姿勢も変わるだろう。
そのうち変わる――変われば――変わらなければ良いなと実亜は少しだけ思っていた。
「――本当に申し訳ない」
「いえ、その、私も寝ぼけてたのかもって思ってましたし」
翌朝、ソフィアが跳ね起きた勢いで、実亜も目を覚ましていた。
どうも朝まであの姿勢だったらしく、ソフィアは起きてすぐ状況を把握したみたいだ。
「しかし……」
ソフィアは寝間着のままで床に片膝をついて――これが最大限の誠意を尽くす形らしい。
「だって、昨夜冷え込みましたから」
気付いていたのに起こさなかった実亜も同罪だと思うから、実亜も床に正座していた。
実亜も真剣に話を聞くために向き合いたかったからだ。
「いや、そうなのだが……忠誠を誓ったとはいえ無遠慮に抱きつくなどと……」
騎士としてあるまじき所業だとソフィアは言う。
「同じベッド――寝床に一緒に寝てる時点で身体が、それはその、多少は触れますよね?」
そこそこ広いベッドだけど、二人で寝れば必然的に距離は近くなる。そして、昨夜は冷え込んだから、そこに体温なりの温度があれば引きつけられるだろう。誰でも。
「肩が当たるくらいのものならそうなるが……」
ソフィアは困り顔で実亜と同じ座り方になっていた。
いつも凛々しくて格好良いのに、今朝は寝起きで慌てているせいか可愛かった。
「それなら、その、そんなに謝るようなことじゃないです」
だから、もう立ってください――実亜はソフィアの腕を取って立ち上がらせる。
「しかし、ミアの承諾を得ていない」
「……じゃあ、今承諾します。これから、いくらでも抱きついてください」
いくらでも――言ってしまったが、実亜に後悔はない。
それくらい、実亜はソフィアに対しての親愛の気持ちがあるから言えたのだ。
「……わかった」
ソフィアが少し安心していた。
騎士という仕事もかなり大変なのだと実亜は思った。
「……とりあえず、朝食にしようか」
なんとか気を取り直したらしいソフィアは、着替えて食事を作るとキッチンへ向かう。
「はい、お手伝いします」
正式に決まったわけではないけど、ソフィアの家の手伝いは実亜の仕事だから、実亜もキッチンに向かっていた。
「まだ寝てなくて大丈夫か?」
今朝は驚いて起こしてしまった――ソフィアは実亜の調子を伺って、心配そうにしている。
「はい。一緒にご飯食べたいですから」
「……そうか、じゃあ野菜を刻んでくれるか? 一口大の適当で良い」
「はい!」
実亜は気合十分で、ソフィアと二人で朝食を作っていた。
「ニホンでは朝食はどんなものを食べるんだ?」
二人で作った朝食を食べながら、ソフィアが訊く。
ソフィアは、そろそろ故郷の味が恋しくはないか、と実亜を気遣ってくれていた。
「え、えっと……米を炊いたものと味噌汁とかです」
この説明で通じるだろうが――少し似ていて少し違う世界だから、ちょっと期待はある。
「コメは前に言ってたな。ミソシルは……汁物か?」
「はい。野菜煮込みみたいな汁物で、味噌って言う調味料で味を付けます」
実亜は適度に説明をする。味噌の作り方まで訊かれたらちょっと曖昧になるけれど。
「成程、今日は市場で似たものを一緒に探そう。実亜も故郷の味が食べたいだろうから」
ソフィアは優しく笑っている。調子を取り戻したみたいだ。
「――はい、ありがとうございます」
リスフォールは冷え込んできたけれど、実亜の心はソフィアの気遣いで温かかった。
「ミアは乗馬服も似合うな」
朝食を食べて、二人で市場に向かう準備をする。
ソフィアは大体いつでも騎士の仕事に向かえるような服装だけど、実亜が乗馬服を着るのは初めてだ。サイズもぴったりで動きやすい乗馬服は、実亜の気分を引き締めてくれていた。
「そうですか? ソフィアさんのチョイスが良いんですよ」
「チョイス?」
ソフィアが不思議そうな顔をしながらリューンを連れて来る。
昨日はご褒美のポロの実を沢山食べて、ご満悦みたいだ。
リューンは鼻を上機嫌に鳴らして、ソフィアにちょっとじゃれている。
「えっと選び方?」
此処では英語は基本的に通じないと言っても良いだろう――似ているようで違う世界だから。
もっと時代劇を見ていたら良かったかもしれないと実亜は思っていた。
「選ぶことをチョイスと言うのか。覚えておこう――さあ、乗って」
「はい」
何度目かの二人乗り――実亜も慣れてきて、鐙に足をかけると一気にリューンの背に乗る。
続いてソフィアも素早く飛び乗って、また二人乗りの姿勢になった。
手綱を持つソフィアの手はささやかだけど、実亜を包んでいて――
揺れの大きな道に差し掛かると、ソフィアがしっかりと片手を実亜の腰に回して支えて――
そして――
「ミアは陽射しの匂いがする」
ソフィアはいつもそう呟く。
よく考えたら、この時点で夜中に寝ぼけて抱きつくのも、仕方がないのではないかと思った。




