デート大作戦(1)
(128)
「皆様、こちらにいらっしゃいましたか。もう少しで昼食です」
愛馬たちを眺めながらの不思議な作戦会議をしていた実亜たちの元に、クロエがやって来た。
「さっき朝ごはんを食べた気がするんですけど、もうお昼なんですか?」
「ふむ、今日は忙しないな」
実亜とソフィアでそんなことを言いながら、クロエに知らせてくれた礼を言う。
「賑やかなことは時間が早く過ぎるものよね」
ファウナが楽しそうにクロエと腕を組んでから「屋敷に戻りましょう」と、引っ張って歩いている。
もしかして、アステリアに向けての作戦が始まっているのだろうかと実亜は思った。ソフィアにやんわりと止められたはずだけど――実亜はソフィアの様子を伺っていた。
「一番賑やかなファウナが言うと説得力がある」
ソフィアは馬たちに挨拶をしてからファウナを見て、実亜を見ると少し困った顔で苦笑いを返して来る。
「これでも少しはお淑やかになったはずなんだけど……」
ファウナは不思議そうに首を傾げて「元からお淑やかだけどね」と言う。ソフィアが即座に「ファウナのお淑やかは皆のお淑やかと意味が違うようだな」と厳しめのツッコミを入れていた。
「お淑やかな方は屋敷に居る方に剣を突き付けないと思います」
クロエもなかなか厳しくて――だけど、ファウナの腕を振り解くような仕草はしていない。これは多分、立場の問題なのだろう。クロエは雇用主との立場を特に大事に考えているようだから、ある程度までは無理を聞きそうだ。
「手厳しい……でも、そういう存在って大事よね」
ファウナはしみじみとしているけれど、これは絶対に作戦だなと実亜は確信していた。
「あれは私が不審者と間違われても仕方ない状態でしたから」
屋敷の中をふらふらしてましたし――実亜は皆に答えていた。実際、ファウナにとっては見慣れない人が屋敷の中にある置物や絵を物珍しそうに見ていたのだから、不審でしかなかっただろう。
「ミアお姉様、お優しい……」
ファウナは楽しそうに実亜の腕にもそっと手を伸ばして、組んでいる。
「え、わ……」
困惑している実亜に、ソフィアがそっと「ファウナは一度言い出すと、ある程度納得するまで止まらない」と耳打ちして来た。
「両手に素敵な人たち――許されるなら今すぐにでも求婚するのにね」
ファウナがなかなか強引にマイペースな世界を広げている。
これはどうも、思いも寄らないファウナの作戦に巻き込まれたようだと実亜は悟っていた。
「お姉様方、おかえりなさ……ファウナお姉様、何をしてるの?」
屋敷の中に戻ると、アステリアが走って出迎えに来てくれた。
アステリアはファウナに腕を組まれたままの実亜とクロエの姿を見て「歩きにくそう」と続けている。
「え? ミアお姉様に素敵な伴侶と仲良く過ごすための秘訣を訊いてたのよ」
ファウナはもう作戦中らしく、とても自然な演技でアステリアに返事をしていた。
しかし、作戦だとはわかっても、どういう風に進めるのかなどの詳細を聞かされていないから、どうなるのかわからないなと実亜は思考をフル回転させていた。
「じゃあ、どうしてクロエとも腕を組んでいるの?」
アステリアは少し困った顔で、そんなことを訊いている。
「だって、私の素敵な伴侶候補だもの」
そう言うとファウナは実亜と組んでいた腕を離して、クロエの腕を両腕で確保していた。
「私はファウナ様に相応しくありません」
クロエはそんな謙遜を言いながら、スッと腕を振り解いて「お戯れはそこまでです」と、厳しくなっている。
「そうかしら? クロエは素敵だと思うけど」
「勿体ないお言葉をありがとうございます」
ファウナの言葉に、クロエが事務的に返事をしていた。
「……」
アステリアはそんな二人のやりとりを無言で見ている。表情から察すると、何を言えばいいかを考え込んでいるようだ。
「あ、そうだ。アステリア、ミアお姉様の国では『デート』というもので、恋人や伴侶になる前の人との親交を深めるそうよ?」
「デート?」
得意気なファウナに、アステリアが不思議そうに答えている。
「そう。二人で一緒に街を歩いたり、観劇をしたり食事をしたり、買い物なんかもするみたい。ということで、クロエ――私とデートをしてみない?」
伴侶候補として、お互いのことをより沢山知りたい――ここでファウナが大胆な提案をし始めた。実亜は思わずソフィアと顔を見合わせて――ソフィアは小さく頷いてから一歩踏み出して、そろそろファウナを止めるつもりのようだ。
「だ、駄目!」
しかし、その前にアステリアが珍しく強めの語気で反対していた。
「あら、どうしてアステリアが反対するの?」
ファウナの目が輝いている。もしかして、作戦通りなのだろうかと実亜は見守りながら思っていた。
「だって、楽しそうなの……じゃあ、クロエ、私とデートをしてください!」
アステリアがダンスへの誘いをするように右手を差し出して、クロエに迫っている。ファウナも黙って笑顔で、そっと右手を差し出している。
しかし、二人とも公爵家の人だけあって、エスコートの所作がとても美しい――実亜は不思議な感動を覚えていた。
「ほう? そう来たか。アステリアも知らないうちに少し強くなったな」
止めに入ろうとしていたソフィアが感心している。
「モテモテですね……」
実亜は思わず余計なことを呟く。ファウナの作戦通りだとしても、公爵家の令嬢二人からデートに誘われるクロエ――それだけ素敵な人なのは実亜にもわかるから納得しかない。
「ふむ? また新しい言葉だが、どちらかの手を『持て』ということか?」
止めに入るのを一旦止めたソフィアが、実亜にそっと尋ねて来る。
「そこはよくわからないですけど、恋愛的な方向で人気のある人のことを『モテる』とか『モテモテ』とか言います」
「興味深い。しかし、ここからどうしたものか――」
ソフィアは「どちらに応えても角が立つ」と、心配している。
クロエも物凄く困った顔で、差し伸べられた二人の手を見ていた。
そして――アステリアの手にそっと自分の手を重ねていた。
「えー、どうしてアステリアなの?」
ファウナはそう言いながらも、かなり嬉しそうだ。多分、作戦が成功している。
「私のような立場の者に『してください』と、仰られたので」
命令ではなくお願いだったから――クロエがとても優しく笑う。
なるほど――実亜はファウナの作戦が上手に進んだことと、クロエの答えに、心から納得をしていた。




