お姉様たちの心配
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「お姉様方こちらにいらしたのね――あっ? お二人の愛の時間を邪魔しちゃった?」
実亜とソフィアで愛馬のブラッシングを済ませて、厩舎の近くで放牧されている馬たちを眺めていたら、馬たちのおやつのカゴを抱えたファウナがやって来た。
「いえ、そんな邪魔なんて……愛の時間?」
実亜は少し照れながらファウナに笑顔で返す。
「ファウナは相変わらず騒がしいな。元気でいいことだが」
ソフィアは苦笑いでファウナからカゴを受け取っている。
「ごめんなさい……丁度いいかも! お姉様方に相談があるのよ」
ファウナは両手をパシンと打って、キラキラした表情だった。
「何をするつもりなんだ?」
ソフィアはファウナに訊きながら、寄って来た馬たちに順番におやつを食べさせている。馬たちはとても賢くて、順番を守って取り合うこともせずにおやつを食べている。
「アステリアとクロエの関係を進展させたいなって考えてるの。出来れば婚約の手前くらいまでに」
ファウナは「お姉様方の協力があれば心強い」と言う。
「そういうことは本人たちの意思があって始まるものだ。周囲が余計なことをしてはいけない」
ソフィアは少し困りながら、お姉さんらしい大人の意見でファウナに答えている。
「でも、二人ともどう見ても想い合ってるのに、長く近くに居すぎて気付いてないし言い出せないかもしれないから、誰かが一回引っかき回さないと」
ファウナの言葉にソフィアは「ふむ」と考え込んでいる。ソフィアもそれなりにアステリアとクロエの二人のことは気にかけているらしい。
「あの、ファウナさんは引っかき回すつもりでクロエさんに求婚をしたんですか?」
実亜はクロエに唐突なプロポーズをしていたファウナに尋ねる。本気ではないのは見ていてわかっていたけれど、やはりもっと深い狙いがあったようだ。
「あれは半分冗談で言ったけど、クロエが素敵な人なのは確かだし、二十歳でしょう? 近いうちに縁談が山のようにやって来ると思うのよね」
「クロエにその気がないのなら断ればいい」
ソフィアはファウナに答えている。
「そういうことじゃないのよ。私たちでは断れても、クロエの立場だと断り切れない縁談だって来ると思う」
だからその前に、こちらで婚約の手前に辿り着くだけでも――ファウナは言う。
確かに、公爵家であるソフィアたちクレリー家の人たちと、そこで働く人たちとでは立場が違うから、その心配があるかもしれないと実亜は納得していた。
大事な人だからこそ、自分から身を引く選択をすることがあるかもしれないし――
「しかし――アステリアが婚約すると、ファウナは余計にお小言の矢面に立たされるぞ?」
ソフィアは「私が言えたものでもないが」と、少し困った顔をしていた。
「可愛い妹と大事な友人がお互いを大切にする約束と幸せを分かち合えるのなら、お小言くらい喜んで受けます」
ファウナはサラッと言い切っている。
クレリー家の人たちはわりと大事なことをサラッと言う素敵さがあるなと実亜は思っていた。
「若干先走り気味だとは思うが、その気持ちは理解出来るものがあるな……」
ソフィアの言葉に実亜も頷く。流石に婚約とか結婚はまだ早いかもしれないけど、想い合っているなら、せめて「好き」だということは伝えておいたほうがいいのだろうから、お姉さんたちの心配もわかるのだ。
「そこで、ソフィアお姉様の結婚に焦ってる私が、クロエに本気で求婚してると思わせたいの。アステリアには『引いては駄目な場面がある』ってことも知ってほしい」
ファウナがそんな作戦をひっそりと実亜とソフィアに話し出していた。
「ふむ……」
ソフィアが少し困った顔で「ファウナは相変わらずだな」と、言いながら考え込んでいる。
「あの、それだとファウナさんが悪者になっちゃいますけど、それはいいんですか?」
実亜はとりあえずソフィアのアイデアが浮かぶまで、ファウナの作戦にある気になるところを訊いていた。
先程の求婚自体が半分冗談――だけど半分本気だから、アステリアやクロエを騙すことにはならないのかもしれないけど、最終的にはファウナが悪者になってしまう作戦だと実亜は思っている。
「大丈夫、私は悪者になるのは慣れてるわ」
ファウナは優しい笑顔で軽く言う。
「そんな……そんなの、辛いですよ」
実亜はファウナに答えていた。
クレリー家の人たちはこういうところで覚悟を持っているのが素敵なのだけど――だけど、誰かが辛くなりそうなことを放っておくのも、まだそんな覚悟のない実亜には難しいものだった。
「ミアお姉様……優しいのね」
ファウナが「これはソフィアお姉様じゃなくても好きになる」と、優しく笑っている。
「だ、だって、もし誤解が解けなかったら大変なことになります」
「そうだな。姉妹だから通じ合えることもあるだろうが、一度拗れると取り返しがつかない」
実亜の言葉をソフィアが補足しながら「困ったものだな」と、まだ考え込んでいた。
「ミアの国では、まだ恋人同士ではない人たちはどうやって親交を深めるんだ?」
ソフィアはなかなか困っているようで、しばらく考え込んでから実亜に訊いて来た。
「その辺りはあまり詳しくは……最初はお食事とかデートに誘ったりするとかだとは……」
実亜は記憶をフル回転させて、ソフィアに答えていた。
最初に告白してデートを申し込むような流れもあるし、何度か一緒に遊びに行って――実亜にはその遊び方がよくわからない面も多いのだけど――告白して「好き」を確かめ合うこともあるから正解はないのだけど。
「食事は普段から共にしているから親交という感じではないな。デートは以前聞いた、二人で出かけるものだな?」
ソフィアは頷きながら、ファウナにも「デート」という言葉を説明している。
「はい。一般的にはテーマパーク――遊園地とか、映画とかに行ったりします」
実亜も説明しながら、このあとの遊園地や映画の解説を考えていた。
「テーマパーク? ユウエンチ……? エイガ……?」
聞いたことのない場所ね――思った通り、ファウナが言う。
それでも、デートというものをするのだから、きっと楽しいところよね――と。
「えっと、テーマパークや遊園地は乗って遊べる遊具があったり、映画は――お芝居を観るような感じです」
実亜はそういう場所の解説をする。自分では満足出来る解説ではないけれど、わかりやすさを考えた結果だ。
「ふむ、観劇か。それなら帝都では毎日何処かしらで上演されているな。人気の劇場を貸切にして、二人を招待すればいいのか」
「ソフィアお姉様、うちに劇団を呼ぶのはどう?」
ソフィアとファウナの二人で「成程」と、そっくりな反応をしながら――だけど、提案がかなりクレリー家の豪快さだった。
「ええっ? それだとデートじゃなくて、一大フェスみたいになっちゃいます」
実亜は慌てて豪快な二人を止める。
これくらい豪快なのもクレリー家の人たちの素敵なところではあるけれど、最初のデートみたいな場面では多分、それは大袈裟すぎるから。
「フェス……? 大仰すぎるということか?」
難しいものだ――ソフィアがここでかなり天然に苦笑いをしている。
「デートはこう……色んな人が居る普段の街の中で色んなものを見たりして、二人で沢山お話とかするようなものなんです」
でも、絶対に正解かと問われたらちょっと自信はないです――実亜はとりあえず、軽いデートの方向に話を持って行った。
「皇帝陛下のようにお忍びで街中に紛れるのね?」
日常に紛れたいのはわかる――ファウナが閃いている。
「あ、そうです! デートって、ちょっとお忍びみたいに二人以外には目立たないんです」
実亜は閃いているファウナの言葉に頷いていた。
「ふむ、成程。普段の生活の中で二人の大事な時間を過ごすのだな?」
ソフィアも理解してくれたようで「それなら私はミアと毎日デートだな」と、謎の惚気まで飛び出していた。




