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故郷

(126)

「じゃあ、ミアお姉様の故郷から来た女神様たちということになるの?」

 アステリアが大広間のテーブルで勉強をしながら、そんなことを言う。

「多分ですけど、服装とかの絵を見るとそうだと思います」

 朝食が済んでから、大広間で皆それぞれに仕事や勉強をしながらの談話というか――ファウナが任務で訪れたミスフェアでの話を詳しく聞いていたのだ。

「ということは、ミアの国はミスフェアの近く――その女神たちはその後、故郷に帰ったのか?」

 ソフィアがローナを手伝って書類を書きながら、ファウナに訊いている。

「それがね、少し説明が難しいんだけど、ミスフェアの王族と一部の近衛(このえ)たちが魔法を使える噂――」

「あれは噂じゃないの?」

 ファウナの話に、アステリアが不思議そうにしていた。

 実亜も話を聞きながら、そういえば、この世界には魔法がないなと思っていた。

 帝国があって、騎士が居て、魔物が居て――それなら魔法があっても不思議ではないのだから。

「アステリア、それが、あるのよ。魔法」

 ファウナが得意気に「まだ実際には見てないけど、あるのは確か」と、続けている。

「女神様の伝承も本当にあるわけだし、それほど不思議ではないですね」

 ローナは言いながら書類のチェックをして、サインをしたものをどんどん積み上げている。

 物凄く仕事が早いなと実亜は感心していた。

「それで、私が向こうで調べた話だと、近衛騎士が使った場所移動の魔法が何かの拍子で女神様の国と繋がった――」

 ファウナはマイペースにお茶を飲んで、身振り手振りで解説をしてくれている。

 場所移動の魔法は、何処にでも一瞬で繋がる隧道(ずいどう)を一時的に作るというもの――と。

 実亜は最初「隧道」の意味がわからなかったけれど、ファウナの解説を聞いていると「トンネル」みたいなものだと理解出来た。

「ふむ? 便利なものだな?」

 ソフィアが「もし使えるものなら、使ってみたい」と好奇心旺盛に言う。

 でも、場所移動よりは怪我を早く治す魔法があれば嬉しいらしい。

「だから、現れたと言うよりは、連れて来た――そして、女神様たちはミスフェアを守って帰って行った」

 ファウナは解説しながら、ソフィアにも「怪我を治す魔法もあるのよ」と、答えている。

「つまり、魔法を使えばミアの故郷と行き来が出来る――」

 ソフィアは何度も頷いて納得していた。

「故郷に……」

 帰れたとしても帰るつもりはないけれど、実亜の心の中に小さくざわめくものがあった。

 ほとんど辛い記憶しかなかったのに、まだ故郷への想いを忘れられていないのだろうか。それとも――この世界に来て、その記憶も悪くないと考えられるようになれたからだろうか。

 どちらにしても、割り切れない気持ちが実亜の中に芽生えたのは確かだった。

「でも、結局女神様の国が何処にあるのかはわからないのよね」

 ファウナは一通り話し終えると大きな深呼吸をして、またお茶を飲んでいる。

「わからなくても、何処かにあるというだけで充分な成果ですよ。ファウナ、一年の長い任務をよく頑張りました」

 何よりも無事に帰って来てくれて、嬉しい――ローナは優しく包み込むような笑顔だった。

「お母様……」

 ファウナが少し泣きそうな表情になっている。

「あらまあ、いらっしゃい。強がっていても、まだ甘えん坊なのね」

 ローナは手を広げて、ファウナをあやすように抱きしめていた。

「……結婚したらその人に甘えるから」

 ファウナが「早く伴侶を見つけないと」と、苦笑いをしている。

「甘えられる人と結婚するのではないの?」

 アステリアは笑顔だけど、なかなか辛辣――

「ふむ、アステリアの言う通りかもしれない」

 ソフィアもそんな言葉で小さく笑っていた。


「ミア、疲れて――いや、一人で先程の話を抱え込んでいるんじゃないか?」

 ファウナの話が終わって、馬たちの世話のために厩舎に向かう途中で、ソフィアが実亜の顔を覗き込むように伺っていた。

 ソフィアの綺麗な目はいつも優しく実亜のことを見つめてくれている。

「はい、少し……さっきのお話で、少し混乱してるかもしれないです。辛い場所だったので帰りたいとかじゃないんですけど、心の中が割り切れない感じ? です」

 実亜は考えていたことを素直にソフィアに話していた。自分の中にある葛藤のようなものだけど、小さく引っかかっていることも付け加えて。

「無理もない。故郷の話というものは、どんなものであっても心が動くものだ」

 ソフィアは実亜の小さな引っかかりを、そのまま受け入れてくれていた。

「ソフィアさんでも?」

「勿論だ。ましてミアは故郷に辛い記憶もあるだろうし、複雑な胸中になって当然だと思う」

 そう言うソフィアの手は優しく実亜の頭を撫でていた。

「……はい」

 実亜は優しい手に甘えて、目を閉じる。

「心の傷が疼く時は、今の自分を大事にするといい――そうすれば、過去の傷も少しずつ癒えるものだと言われている」

 ソフィアは穏やかな口調で、実亜に生き方の小さなヒントをくれた。

「皆さんのおかげで、自分を大事にすることは出来てると思います」

「そうか、それならいい」

 ソフィアの手が実亜の頬にそっと降りてきて、柔らかく頬を撫でている。

 柔らかくて温かい感覚は、実亜がこの世界で何度も感じた風のように優しくて、実亜の心を軽くしてくれていた。

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