賑やかな食卓
(124)
「久しぶりの家の食事って美味しい」
朝食を食べながら、ファウナかそんな言葉で笑っていた。
今日は朝から色々と賑やかだったから、実亜にも朝食の美味しさとありがたさが染みていた。それと同時に、まだ朝食だということに少し驚きもある。
こちらの世界に来てからは基本的にのんびりと過ごしているけれど、今朝は密度が濃い朝だったような――剣を突き付けられるという初めての経験もしたし。
「ファウナ、少し痩せたのではない? 大変な任務だったでしょう?」
ローナがファウナの顔を見つめて、母親らしい心配をしている。
ファウナの顔立ちや髪色がローナによく似ているからか、より親子の会話らしくて、何処か温かい雰囲気も流れていた。ソフィアもアステリアも母親のローナに似ているのだけど、姉妹が揃うとファウナが一番似ているように見えるのだ。
「お母様、心配なさらないで。単に帝都に着いてから食事する暇もなく報告に行ってただけだから」
ファウナは一旦落ち着いて、ローナに答えながらお茶を飲んでいる。
「ふむ、つまり、三日ほど食事をしていない――」
皇帝陛下の城までは早馬でも丸一日かかる――ソフィアが帝都の広さを呟いている。
帝都に入ってからクレリー家の敷地に辿り着くまでも帝都内で一泊したし、なるほど――実亜は納得していた。
「えっ、何か食べないと大変です……」
納得と同時に三日ほど何も食べていないファウナが心配で、実亜は燕麦のパンが入ったカゴをファウナのほうに差し出す。差し出してから今は朝食だったと気付いたので、とんでもない間抜けな行動だったけれど。
「今食べてるから大丈夫。ミアお姉様は優しい方ね――ソフィアお姉様のご伴侶じゃなければ求婚してたかも」
ファウナは「遠慮なく」と、小さめのパンを一つ手にしていた。
「『誰彼構わず求婚するものではない』って、ソフィアお姉様に怒られたばかりなのに」
アステリアは怒って――と言うほど怒ってるわけでもないみたいで、自分のフルーツを一つファウナに分けている。
「ファウナは私にお小言を言われたくないだけなのよね。相変わらず元気そうで安心しました」
ローナは優しい微笑みだけど、ファウナの思惑を一瞬で見抜いている。ファウナも「お母様も流石」と言いながら、苦笑いをしている。
親子や姉妹はこういう風に通じあえるものなのだなと実亜は感心していた。自分には通じあえる家族が居なかったから、その感じが羨ましいなという気持ちが心の何処かに芽生えるくらいに。
「ミア、腕の調子はどうだ?」
ソフィアがカゴからパンを一つ手にして、半分に割って実亜に差し出しながら訊く。
「はい。少し筋肉痛ですけど、大丈夫です」
実亜はパンを受け取って答えていた。
「鍛錬をご一緒してたの? ソフィアお姉様は容赦がないから大変よね」
ファウナが肩をすくめて笑っている。
「ミアさんが昨日、皆の夕食に麺を作ってくれたのよ。手で捏ねるから、疲れるでしょう?」
あれは見事な手さばきでした――ローナがしみじみと褒めてくれる。
「ミアお姉様、麺を作れるのね?」
ファウナが目をキラキラさせている。ミスフェアで何度も食べたことがあるけど、美味しかったと言う。
「え、はい。素人の料理なんですけど、一応作れます」
「ルヴィックでメーリ粉と水を大量に使う麺を作れるということは、ミアお姉様はどちらかの貴族……」
キラキラしているファウナが、ふと何かに気付いていた。
こちらでは小麦粉は高いし、水も困らない程度に豊富ではあるけど、それでも大量に消費するにはなかなか勇気が必要なものだから、その驚きも実亜にはわかる。
「いえ、そんな。全く違います。普通の……」
勘違いされるのにも少し慣れたなと思いながら、実亜はファウナに答えていた。
「ああ、ミアは――伝承の女神だ」
しかし、ソフィアがもっと勘違いされそうなことを言い出した。
「なるほどね」
ファウナも謎の納得を――
「納得しないでください。違いますよ?」
実亜はさらなる勘違いを訂正する。
「ソフィアお姉様には女神様ってことよね」
ファウナが「照れなくても大丈夫」と、笑顔で実亜に返していた。
「ミアはそのくらい不思議で、魅力的な人ということだ」
「ソフィアさん……ありがとうございます」
笑顔でそんな惚気をするソフィアに、実亜は照れて礼を言う。今日は朝から本当に盛り沢山の出来事ばかり――ソフィアが優しいのはいつものことだけど。
「私も早く素敵な人を見つけないと……やっぱりクロエを候補に入れておこうかな」
伴侶っていいものね――ファウナが遠い目をして、考えている。
「焦らなくても大丈夫だけど、クロエも素敵な人よね」
でも、クロエの気持ちはどうかしらね――ローナはやんわりとファウナに釘を刺している。
「お母様まで……」
アステリアは「ファウナお姉様はいつも意地悪」と、拗ねていた。
クロエがアステリアを大事に想っているのは、見ているだけでわかるのだけど――実亜はぼんやりと考えながら、賑やかな朝食を食べていた。




