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優しい人たち(3)

(123)

「クロエ、私と結婚しない?」

 朝食の用意が着々と進められている食堂で、ファウナがお茶を注いでいるクロエにいきなりプロポーズをしていた。

「は?」

 クロエは短く驚きの声をあげてから、一瞬の間を置いて「お(たわむ)れを」と言いながら、次はアステリアのカップにお茶を注いでいる。

「ファウナお姉様、何を言っているの!?」

 アステリアが一瞬椅子から立ち上がって、座って――また立ち上がりながらファウナに異議申し立てのような感じだった。

「まあ、聞きなさいアステリア。ソフィアお姉様が結婚なさった――今度は私が『早く身を固めろ』というお小言(こごと)の矢面に立ってしまう」

 ファウナがゆったりとお茶を飲んで、少し意地悪に笑っている。

「それなら、素敵なお相手を探せばいいじゃないですか」

 アステリアはそう言いながらクロエに促されて、椅子に座り直していた。

「素敵なお相手が目の前に居るじゃない? クロエは何歳になったっけ?」

「二十歳です」

 クロエはファウナに答えながら、テキパキとテーブルセッティングをしている。一人二人急に増えても対応出来るのが凄いなと実亜は思う。

「私は二十二歳。丁度良い」

 そう言うファウナは何処か(たくら)み感があるけど、絵に描いたようなドヤ顔だった。ファウナの表情を見る限りではあまり本気の発言でもなさそうだし、姉妹のじゃれ合いのような空気感もあるから、実亜は姉妹の会話がどうなるのかを少しだけ心配しつつ見守っていた。

「全然良くないです」

 アステリアは小さな抗議をしながら、それでもファウナにクッキーのような焼き菓子の入った缶を渡している。

「そう? 悪い話じゃないと思うんだけどなあ」

 ファウナは焼き菓子を一枚手に取って食べていた。

 この小さなやり取りを見ているだけでも、仲が悪いわけじゃなくて、仲の良い姉妹――多分。

「言われてみれば、特に悪い話ではありませんね」

 クロエの言葉に、アステリアが「ええっ」と声を上げている。

「でしょう?」

 ファウナがニヤッと企み感を強く笑っていた。

 これは確実に本気じゃなくて、ちょっと大人の恋話のような感じ――実亜は確信する。

 駆け引きというか、世の中にはそういう打算を持って、アステリアの身近な誰かを奪う人が居るかもしれないようなことを教えている感じなのだろう。

「……」

 アステリアは拗ねて黙り込んでしまっている。

 実亜は間を取り持ちたいけど、ついこの前にやって来た自分がこの姉妹のやり取りに口を挟むのはどうなのだろうと躊躇っていた。

 少ないけれど、無自覚で少し悪い人たちや、本当に悪い人を見て来た経験もあるし、少しならアステリアにファウナの発言の意図を解説する助言も出来るとは――今のファウナはわざとやっているのだろうけど。

「ですが、悪い話ではない――いい話には裏があると教えられていますし、私は素敵なお相手ではありません」

 クロエの返答にアステリアが少しホッとした顔をしていた。

「そう? 素敵だと思うけどな」

「それはわかってるのよ?」

 ファウナとアステリアがそんなやり取りをしながら、もう一枚ずつ焼き菓子を食べていた。

 そして「朝食前なのでそのくらいに」と、クロエに焼き菓子の入った缶を取り上げられて、二人揃って「ええー」と、そっくりに残念がっていた。


「騒がしいと思ったら、ファウナが帰って来ていたのか」

 食堂にソフィアがやって来てファウナに笑いかけていた。鍛錬の後に風呂で汗を洗い流したらしく、長い髪がまだ少ししっとりとして、石鹸の香りがする。

「あ、ソフィアお姉様。この度はご結婚おめでとうございます」

 ファウナは椅子から立ち上がって、恭しく礼をして――実亜とソフィアのほうに「改めて祝福を」と、笑顔を向けてくれる。

「ソフィアお姉様、ファウナお姉様がクロエと結婚したいって言うの……」

 クロエは断ったけど――アステリアがソフィアに先程のやり取りを話していた。

「ふむ、クロエは素敵な人だから、求婚されてもおかしくはない」

 ソフィアは自分の席に着いて、静かにアステリアに語りかけている。

「でしょう」

 私の見る目は確か――ファウナはそう言って得意気に笑っていた。

「しかし、私が結婚したことによって、次にお小言を言われるのを避けたいだけだろうから、ファウナの本心ではあるまい」

 ソフィアさんが直球で姉妹の間の小さなトゲを取ったなと実亜は思った。厳密にはトゲではないのだけど、ほんの小さなトゲみたいなものでも痛いし、そこから大変なことになるから早いうちに取り除くのは大事だから。

「ファウナお姉様……そうなの? 本気じゃないの?」

 アステリアはまだ少し納得出来ていないような表情だけど、ソフィアの話をしっかりと聞いてからファウナを見ている。

「九割くらい冗談。いずれは素敵な伴侶と人生を共に生きたいとは思ってるけどね」

 とりあえずどうかなって訊いただけ――ファウナはアステリアに笑顔でそう答えていた。

「だからと言って相手の気持ちも考えずに求婚の言葉を投げかけるのはあまりいいことではないな」

 ソフィアがお姉さんらしく、ファウナにやんわりと忠告をして、グラスの水を飲んでいる。

「はい。でも、クロエが素敵な人なのは本当だからね?」

「それはわかってるもの」

 ファウナの言葉にアステリアはまだ少し困った顔で答えている。

「で、ソフィアお姉様はミアお姉様にどのような求婚をしたの?」

 ファウナが楽しそうに「お二人の馴れ初めが知りたい」と、迫って来た。

「……自然に?」

 ソフィアは少し考えて短く答えてから、優しい目で実亜のほうを見つめて――そっと流れるように自然に実亜の頬を撫でて笑っている。

「参考にならないけど、お二人が仲睦まじいのはわかりました」

 ファウナはそう言いながら、お茶を飲んでいた。

実亜さん姉妹の会話を見守りすぎて一言も喋ってないですね。

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