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手打ちうどんの宴

(120)

「そういえば、少し前にばあや様から『ミア様は麺を作れる』とお伺いしたのですが」

 自転車の試乗と改善点の話し合いが終わって、アステリアとクロエの二人が用意してくれたお茶とお菓子を職人たちも含めた皆で楽しんでいる時に、職人の親方が思い出したように実亜に尋ねていた。

「はい、家庭で作る素朴な感じのものなら、少しは作れます」

 実亜は濃く煮出されたお茶を飲みながら親方に答える。お菓子が甘いから、お茶は少し渋めでバランスがいい。

「クロエ、麺ってどういうもの?」

 アステリアがクロエに訊いていた。

「メーリ粉を水で練って細く伸ばして茹でた料理です」

 クロエがすぐに答えている。

「? 難しい料理なのね? メーリ粉を茹でる? 粉が鍋の中で溶け出してしまわないの?」

「その辺りは私もあまり詳しくは……南のほうでは名物らしいですが」

 アステリアとクロエの二人で、ルヴィックではあまり見たことのない「麺」を想像しているようだ。

 クロエの言ったメーリ粉――実亜の居た世界では小麦粉――はルヴィックではコメと並んで、まあまあの高級食材の部類に入るので、気軽に食べられるものではない。調理法としても焼くことがメインだから、茹でて作る麺は想像しにくい食べものになるだろうなと実亜は思う。

「帝都でも最近麺を出す店が出来たそうで、そちらから麺を手軽に大量に作れる道具はないかとの依頼を受けてるのですが――お知恵をお借りしたいんです」

 作り方はある程度把握してはいるけど、麺を作る人にしかわからない感覚も大事にしたいと親方は言う。

「は、はい。私でわかることでしたら、なんでも。お力になれるかわからないですけど」

 実亜は迷わずに返事をしていた。少し自信のある返事が出来るようになったのは、皆のおかげでもある。

「ミアの麺は美味しいし――作る視点からもいい助言が出来ると思うぞ」

 ソフィアが凛々しく実亜を応援してくれる。

「ミアお姉様、私も麺というものを食べてみたいです」

 美味しいものはみんな大好き――アステリアが張り切って目を輝かせていた。

「私も後学のために作り方をお伺いしたいです」

 クロエはそんなアステリアを優しく見守りながら、二人で実亜に可愛いリクエストをして来る。

「わかりました。じゃあ――」

「今日の夕食は麺にしよう。早速手配をしなくては」

 ソフィアが必要な材料を実亜に確認しながらメモを書いて、椅子から立ち上がっていた。

「ソフィア様、手配は私にお任せください」

 そのような手配は私の仕事――クロエがソフィアの書いたメモを手に、颯爽と屋敷のほうに向かって行く。

「クロエも頼りがいが出て来たなあ」

「クレリー家で働き始めて五年くらいか。頑張ってるよねえ」

「仕事の覚えもいいし、気が利くし――」

 職人たちが口々にクロエを褒めている。

 本人の居ないところで褒めたりするのは本心から思っていないと出来ないことだとは、少し前にソフィアが言ってたけれど、本当にそうなのだなと実亜は優しい人たちを見てしみじみと思う。

「クロエは昔から頼れてなんでも頑張ってて素敵な人だもの」

 アステリアはサラッと言いながらお茶を飲んで、お菓子を食べて――その表情はとても嬉しそうだった。


「わりと大変なことに……」

 実亜はクレリー家の厨房に集まった人たちを見て、ソフィアに小さく呟いていた。

 職人たちに始まり、屋敷の料理人や屋敷で色々と働いている人たち、総勢で二十人以上が集まっている。勿論アステリアもクロエもばあやも居るし、ばあやの話ではローナと執事長も仕事が終わり次第見学に来るらしい。

 そもそもとして二十人以上が集まって大丈夫な厨房も、実亜の感覚では不思議ではあるけれど――

「賑やかでいいことだな」

 ソフィアは「助手は任せてくれ」と、張り切ってエプロンを実亜に着けている。こちらのエプロンは基本的には腰の辺りに巻くものだけど、ソフィアは今日は粉を扱うからと少し高めの位置にフィットさせてくれていた。

「はい、楽しくて。でも、責任重大です……」

 実亜はしっかりと手を洗う。最終的には茹でるけれど、こういった料理では常に手を綺麗にしておくことは大事だから。

「ミアなら大丈夫だ。美味しい麺が出来る」

 ソフィアはとびっきりの笑顔で、実亜に厚い信頼を寄せている。

「はい、頑張ります」

 実亜も笑顔で答えて、多くの人に見守られる麺作りの始まりだった。


「まず塩水を作ります。お水の一割くらいの塩を先に水に溶かしてしまいます」

 実亜はまず、計量した水の中に、一割分で計量した塩を溶かし込む。ルヴィックで使われる塩は基本的には岩塩なのだけど、うどんのような麺を作るには海水から作った塩のほうが扱いやすいので、そちらを使う。ちなみに、海水から作る塩もこちらでは少しお高めだ。

「メーリ粉の重さの半分より気持ち少ないくらいの塩水を少しずつ注ぎながら、手をこう――グワッと開いて混ぜます」

 大きなボウルに入っているメーリ粉の中央に(くぼ)みを作って、その中に塩水を注ぐ。

 周囲の粉を少しずつ崩して混ぜて、水は少なめで様子を見つつ――見学の人たちは丁寧に混ぜていく様子を見て「大胆で繊細とはこのことか?」とか謎の感心をしていた。

「グワッと……また新しい言葉だな。手の指を広げるための言葉ということか」

 ソフィアは言いながら材料を入れていた器を軽く片付けて、粉を練る大きなボウルが動かないように支えてくれる。

「そぼろ――小さな塊? みたいなのが沢山出来ると思いますけど、これをひとまとめにして少し()ねます」

 ここまでは出来るだけ作業を止めないで、とにかくひとまとめに――実亜はまだ少しポロポロしている生地を一気にまとめる。

 最初は水が少し足りないと思っても捏ねていると丁度いい感じになるけれど、もし追加するなら一滴ずつでもいいくらい――と説明しながら。

「あっ、粘土みたいになったの」

 アステリアが「でも、食べものを粘土で例えちゃ駄目よね」と、可愛く困っている。だけど、実際に粘土のような感じになっているからそんなにおかしな例えでもなかった。

「ほほう、陶芸で使う土練(つちね)り器の仕組みが活かせそうだ」

 職人の親方がメモを取りながら、アステリアの言葉からヒントを得ているようだ。

「お邪魔するわね――もう佳境かしら?」

 仕事を終えたローナが厨房にやって来て「続けて?」と、楽しそうだ。

「生地がまとまった段階です」

 クロエもずっとメモをしながら実亜の作業を楽しそうに見ている。

「力を入れて捏ねていると生地に弾力が出て来るので、軽く形を整えてから乾燥しないように蓋をして一時間くらい寝かせます」

 ここまでは一気に作業をします――実亜は言いながら一段落していた。

「ふむ、鮮やかな手際だ」

 ソフィアが次の粉を計量している。今度はソフィアも一緒に作るつもりらしく、二人で作れる分量だ。

「食べものも眠るの?」

「アステリア様、おそらくですが熟成させるんですよ」

 クロエがアステリアの疑問に答えている。

「熟成させるなら一晩くらいは置きたい気がしますね」

 料理長は料理のプロの視点から、食材が一番いい方向になる提案を口にしている。

「はい、一晩寝かせることもありますよ」

 実亜は料理長に答えて、次の生地作りに取りかかっていた。

「ミアが時々『寝かせる』や『休ませる』と言っていたが、本当に寝ているのか……奥深い謎だな」

 ソフィアが「食べものもぐっすりするんだな」と、可愛い納得をしている。

「ミア様、『グワッと』をもう一度見たいです」

 細かく水を混ぜる辺りをもう少し知りたいと、職人たちから声が飛ぶ。

「はい、今日は沢山作りますので、見ていてください」

 実亜はとりあえず集まった人数分を作るつもりで、張り切って答えていた。


「寝かせた生地を足で踏む工程が入る作り方もあるんですけど、食べものを踏むのは抵抗があると思うので、手で生地を押して伸ばすほうにしますね。少し伸ばして、折りたたんでを繰り返します」

 集まった人数分の生地の仕込みを終える頃には、最初に作った生地がいい感じに落ち着いたので、実亜は休まずにまた生地を捏ねる。

「この工程はあれだ、筒を二つ合わせて真ん中に挟み込むように回転させると効率よく伸ばせるんじゃないか?」

「ああ、あの器具か。それなら――」

 職人たちがメモを取りながら、ジェスチャーで「こうだな」「それなら土練り器の部品と共通の大きさに出来る」と話し合っている。

 もう大体のスケッチをしている人も居て、仕事が早くて丁寧なのはこういう風に話し合える環境からということがよくわかる感じだった。

「またしばらく寝かせて――今度は生地同士が引っ付かないように打ち粉をしてから麺棒で薄く伸ばします」

 実亜は厨房の大きな調理台に薄く打ち粉をして、生地を伸ばす。大量に作ると休まずに作業が出来て、なかなか楽しかった。

「まあ……見事よミアさん」

「細く伸ばすのって、そういうことなのね?」

 最前列で見学しているローナとアステリアが二人で伸ばされる生地を見ている。

「はい、薄く伸ばしてから切るんです。今日のメーリ粉は少し弾力があるので、細めに切るといいと思いますよ」

 弾力が強いと食べる時に固めになるから――実亜は薄く伸ばした生地を折りたたんで、大きめの包丁で三ミリくらいに切っていた。

「その日の食材に合わせて加減を……ミア様、これこそ職人の技でございますね」

 ばあやの言葉に、見学をしている人たちから「確かに、日によって食材の調子も違うなあ」との納得の声が上がっている。

「ミア、湯も沸いている。準備万端だ」

 ソフィアが大鍋の蓋を開けてくれる。

「ありがとうございます。切った麺を軽く解してから、沸騰してるお湯の中に入れて、茹でます」

 パラパラと――と言う実亜の言葉に、見学している人たちから「パラパラとは何ですか?」と訊かれたので実亜は「少し解しながらみたいな感じです」と答えていた。

「茹でる時間はどのくらいですか?」

 クロエが鍋を覗き込んで「粉が溶け出してないです」と感心している。

「えっと、麺の太さや細さで少し変わるんですけど、十数分くらいです」

 最初はあまり混ぜずに、少し時間を置いてから軽く混ぜて――実亜は大鍋をソフィアに任せて、また次の生地を伸ばしていた。

「茹で上がったら、ザルにとって、水洗いします」

 茹で上がりを確認して、トングのようなもので麺をザルに引き上げて――水で一気に冷やしながら軽く洗う。

「水まで贅沢に使うのね」

 ここまで大量の水を使う料理はあまりないらしく、アステリアが不思議そうにしている。

「これで麺――私の国では『うどん』って言うんですけど――は出来上がりです。冷たいままでも醤油――サルサを少しかけたり、温かくする時は、肉や魚と野菜の出汁の中で少し煮込んだりします」

 出来上がったうどんの水をしっかりと切って、皿に盛り付けて――実亜は思っていたより上手く出来た達成感を覚えていた。

「これは面白い。旨味もあるし、喉越しもいい。出汁と煮込むと更に美味しくなることがわかります」

 料理長がうどんを一本食べて、頷いている。食べ方はやはり、フォークに巻いて食べることが基本のようだ。

「ミアさん、あのスタチバナの果汁と混ぜたサルサをかけてみてもいいかしら?」

 ローナが厨房の棚から、実亜とソフィアが作ったポン酢醤油を取り出している。

「はい。その食べ方もあります」

 でもあまり沢山かけると塩っぱくなるので少し――実亜のアドバイスにローナが「このくらいかしら」と、うどん数本分に小さじ一杯くらいのポン酢醤油をかけている。

「ふむ――母上、これはいい味ですね」

 ソフィアはポン酢醤油をかけたうどんを食べて「これは初めて食べる味だが新鮮だ」と、頷いていた。

「なんとなく、合うと思ったのよね」

 ローナも食べて納得している。

「美味しい! ミアお姉様は本当に凄いのね。ソフィアお姉様が好きになるはずよ」

 アステリアがキラキラとした純粋な目で、そんな風に実亜とソフィアの二人を見ていた。

「えっ、いえ、そんな……その、ソフィアさんが居てくださるから、私はその……今までのことを少し誇れるようになれたので、凄いのはソフィアさんです」

 実亜はキラキラした目のアステリアに答えて、ソフィアに視線を投げる。

「ふふっ――嬉しいことを言ってくれる。ミアの今までの経験がここで活きているなら何よりだ」

 ソフィアが優しく笑って実亜に答えると、見学している人たちからは「フゥー」と謎の盛り上げるような歓声が上がっている。

 カップルを冷やかす時は、どの世界でも似たようなものになるみたいで、面白かった。

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