戻って来た温度
(13)
ソフィアは帰宅してすぐに風呂に入っていた。
実亜はその間にクリームシチューを温める。アルナは褒めてくれたけど、ソフィアは――
優しい人だから口に合わなくても美味しいと言うかもしれない。
少しの心配と共に、もうすぐで夕食の時間だった。
「美味しそうだ。ミアは凄いな」
風呂上がりのソフィアが、クリームシチューを前に、実亜を褒めてくれていた。
討伐の間は干し肉と水をだけで過ごしていたらしく、やっと温かい煮込みを食べられると、期待も高く。
食べる前からそんなに褒められても、実亜としてはちょっと恥ずかしい。
ソフィアは待ち切れないみたいに匙を持って一口――
「美味い! あ、失礼した……凄く美味しい。初めて食べるが、凄く良い味だ」
ソフィアはこんな時でも騎士としての振る舞いをしている。さっきは少し可愛かったけど。
不意に溢れた「美味い!」が多分本音――だったら実亜としても嬉しいけれど。
「良かったです。アルナさんに訊いたら此処では聞いたことがないって」
実亜も安心してクリームシチューを食べる。
味見は何度もしたけど、なかなかの出来だった。
「ふむ、牛乳の煮込みはあるが、こんなに濃くはないな。それにしても、メーリ粉を焼いて使うとは、ミアの料理は思い切りが良い」
わりと高いものだからそんな使い方を見たことがない――ソフィアは面白そうにしている。
メーリ粉は小麦粉のことだ。材料を揃える時にアルナに訊いて教えてもらった。
実亜はまず小麦粉の説明にのためにパンを説明したのだが、パンという名前の食べ物はここでは果物らしく、そこから実亜の知るパンを――
粉を捏ねて、発酵させて、焼く――と説明して、ようやく小麦粉のことが通じたのだ。
異文化のコミュニケーションだけど、慣れると違いを知るのがちょっと面白い。
「あまりこういう濃いめの煮込みはないんですか?」
寒い地域なのだからこういうとろみのあるシチューがあっても良いと思うのは、実亜の偏見だろうか。でも、とろみを付ける粉が高級品だから、料理として存在しないのかもしれない。
「牛肉の燕麦酒煮込みなら少し香ばしくて甘みがあって濃いが……今度食べに行こうか」
街に良い店があるとソフィアは誘う。
「え、良いんですか?」
「遠慮するな。しかし、これは本当に美味しい。身体も良く温まる――ありがとう、ミア」
実亜がお礼を言わなくてはならないのに、先にソフィアにお礼を言われた。
「そんな、私のほうこそソフィアさんにはお世話になってて、ありがとうございます」
足りない――実亜はもっとありがとうが言いたいのに。
助けてくれてありがとう、優しくしてくれてありがとう――もっと沢山ある。
「気にするな。ミアと私の仲ではないか」
ソフィアは優しく笑って、クリームシチューをおかわりしていた。
「仲って……言っても……」
「私はミアに忠誠を誓ったからな」
眠る前にサラッと言ってくれた「貴女を守る騎士に」という言葉は、いつも少し心が弾む。
「忠誠……」
形だけのもの――ではなくて、ソフィアは忠実に守ろうとしてくれている。
「ああ、ミアが嫌ならいつでも破棄してくれて構わない。自由を奪うものではないから――」
「嫌じゃないです。私、出来ればソフィアさんの傍に居たくて」
駄目だけど、頼っている――実亜はそう答えていた。
「……ふむ、そういえば、ミアは仕事をしたいと言っていたな」
ソフィアの話だと、実亜は時々寝言でもそんなことを言っているらしく、何処までブラック企業に染まっていたのかを考えると少し怖くなる。
だけど、仕事――どんなものでも――をしていないと不安になるのだ。
「え、はい」
「私の手伝いをしてもらえないか? 体調を見ながら無理のない範囲で働いてくれれば良い」
給金も出す――ソフィアは「どうだ?」と訊く。
「ソフィアさん……」
どうしてそこまで良くしてくれるのだろう――ただの行き倒れなのに。
「答えは急がなくても良い、考えておいてくれ」
「はい」
温かいクリームシチューは、そのまま、ソフィアの温かさに似ていた。
「今日はやっと柔らかい寝床で眠れる。今夜から冷えるらしいから丁度良いな」
夜も更けて眠る時間――ソフィアは嬉しそうにベッドに入っていた。
一緒に寝る寝ないの問題は、この何日かですっかり解消されている。
ソフィアは実亜に忠誠を誓ったから、大人同士一緒に寝ても問題が無いということらしい。
騎士という職業も色々と大変だと実亜は思っていた。
「あの、お疲れ様でした。私、魔物討伐とかあまり良くわからないんですけど、それでも危険なのはわかるから、その……怪我とかしなくて良かったです」
同じベッド――温かくてふわふわで。今日はソフィアの体温が戻って来た。
実亜はその体温を感じながら、ソフィアの無事を心から確認する。
「そうか。心配をかけた、ありがとう。最近は心配ばかりだったが、心配されるのも悪くない」
ソフィアはまた手で実亜を撫でようとして途中で止まっていた。
「どうして止まるんですか」
誰も居ないのだし、その度に無理をしているならいっそ撫でてくれても――
実亜は「不思議」と少し笑う。
「いや、何故撫でたくなるかのほうを解明しなくては……淑女にするものではないのだが」
ソフィアも不思議そうに自分の手を見て、実亜を見る。
「……そんなに子供っぽいですか?」
でも、思われても仕方ないかもしれない。
実亜はこの街の人と比べると背も低いし、体型も少し貧弱なほう――つまり、子供っぽい。
「そうではない。ミアは何故か……守りたくなる」
ソフィアは自分の手をギュッと握りしめて、目を閉じていた。
「――守りたくなる、ですか?」
そう思われていたのか――子供っぽくてだろうか。
「ああ、いや、そういう……その、可愛い人を守るのは騎士の務めだ――忘れてくれ」
ソフィアは目を見開くと、慌ててブランケットに潜って顔を隠していた。
何気に「可愛い人」とか言っていた、魔物討伐で疲れているのだろうか。
此処は、まだ不思議が多いところだと実亜は思った。




