表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/142

名付け会議

(118)

「クレリー家にもたらされた吉兆の白い馬――私が名付けるには幾分荷が重く……私が決められるものではありません」

 宴は賑やかに進んで、今夜の主題である生まれた仔馬の名付けの話になって、執事長が恐縮しつつそんな言葉を続けていた。

 愛馬が無事に仔馬を生んでとても嬉しいことなのだけど、それくらい大変なことでもあって、それなら慎重になるのも納得できるなと実亜は思う。

「ですが、仔馬が生まれることを楽しみにして、前もって名前を沢山考えていたではないですか」

 ローナが執事長に優しく励ますような言葉を投げかけている。ついでに「とりあえずお食べなさい」と、赤飯の一口おむすびを勧めている。何かを決断するには、色々と力が必要らしいから腹拵(はらごしら)えが必要だから、と。

「しかし……」

 執事長は困った顔で赤飯のおむすびを食べてお茶を飲んでいた。珍しいけどあとを引く味だと、もう一つ手にしながら。

「名前の候補が沢山あるのなら、発表して皆に意見を求めるのはどうだ? 荷が重いのなら、皆で持てばいい」

 クレリー家の一員としての提案だ――ソフィアが執事長のコップにお茶を注いでそう続けている。

「私もその方法がいいと思います」

 クロエも執事長の皿に料理を取り分けて「楽しみにしていらっしゃいましたし」と言う。

「近くに居るクロエが言うならその方法がいいと思うのよ?」

 アステリアもクロエの言葉に頷いて、執事長を励ますように力付けている。

 ばあやも他の屋敷の人たちも、その方向で納得のようだ。勿論、実亜もみんなのそういう優しさを大事にしたくて、同意していた。

「皆様……有り難き幸せでございます」

 執事長は感極まったようで、目に涙を浮かべながら赤飯のおむすびを食べていた。


「ふむ、ジェードにリヴァードにリイファーに――どれも素敵な名前だ」

 ソフィアが壁に貼った大きな紙に仔馬の名前の候補を書きながら「母馬はリーヴァーで父馬はフリードだったな」と、書き足している。

「親馬の名前にあやかるなら、リヴァードがいいと思うのだけど、どの名前も素敵ね」

 遠慮しなくても素敵な名前を沢山考えていたじゃないの――ローナはブドウ酒を片手に、執事長に笑いかけていた。

「クロエ、名前って親馬の名前から考えたりするの?」

 アステリアが不思議そうにクロエに訊いている。

「私の故郷の村ではそちらの名付け方が多いですよ」

 クロエはアステリアに答えながら小皿を片付けて、今度はローストビーフを切り分けていた。

「そうなのね。ミアお姉様の故郷(ふるさと)にはそういう決まりがあるの?」

 アステリアはキラキラした目で実亜を見て、答えを待っている。

「はい、私の故郷でもそういう名前の付け方はあります。でも、少し昔の風習かもしれないですね」

 実亜はアステリアに答えていた。名前の付け方にも流行があって、有名な人の名前を付ける人も居るし、名前の画数(かくすう)で決める人も居るから――と。

「名前の画数……? どういうこと?」

 アステリアが「名前に数があるの?」と、更に不思議そうにしていた。

「あ、えっと……私の名前はこういう文字を書くんですけど、こうして一画、二画って書く順番を数えるんです。それで、全部で何画あるかで――占いみたいなことをするんです」

 実亜はテーブルに指先で何度か自分の名前を書く。

 結城実亜――この世界に来てからは滅多に書かない自分の名前の文字に、実亜は少し懐かしい感覚になる。

「面白ーい。ミアお姉様の国でも占いは人気なのね。じゃあ、本占いは知ってる? 目を閉じて本を開いて、開いたところにある文章を一日の過ごし方の参考にするのよ」

 アステリアは「星占いもあるけど、私は本占いが好き」と、可愛く笑っている。だけど、占いを本気にはしないらしい。一日を楽しく過ごすための遊びのような感じらしい。

「そんな面白い占いがあるんですね。知らなかったです」

「占い用に書かれた持ち運べる本もあるの。今度ミアお姉様も一緒に遊びましょう?」

「はい、遊びましょうね」

 実亜とアステリアとで、そんな小さな約束をしていた。


「ミアの意見はどうだ? 例えば、ミアの国の言葉ではあまりいい意味ではないこともあるだろう――広く意見を聞きたい」

 名付けの会議は進んで、最終的な名前の候補が二つに絞られていた。

 ソフィアが「一つに決める前に」と、実亜に尋ねている。

「え、えっと……候補の中では特に気になることはないです。どれも素敵な名前だなって思います」

 実亜は最終候補に残った「リヴァード」と「ジェード」という名前を確認して答えていた。

 リヴァードだとリヴァー――英語だと河川のことをリバーと言うけれど悪い言葉ではないし、ジェードは天然石の名前だったりするから、特に悪いものでもないだろう。

「それなら安心ね。これは熱い決定戦になるわね……」

 ローナが楽しそうに二つの名前を見ている。

「決定戦……お母様、武闘大会でもなさるの?」

 アステリアが「応援します」と、可愛い。

「それもいいわね? 誰か私の相手になっていただける?」

 ローナは威厳のある凛々しさと少しの冗談を混ぜた表情だった。

「……母上に勝てる者がクレリー家に居るとは思えない」

 ソフィアが小さく呟いて苦笑いをしている。

「ソフィアさんでもですか?」

 実亜は小さな声でソフィアに訊いていた。元自警団で戦乙女(いくさおとめ)の名で呼ばれていたとは言え、現役の騎士のソフィアだって強いはずなのだけど。

「勿論だ」

 ソフィアが自信たっぷりに、ローナの強さに降参していた。

「それでは、リヴァードに決定いたしましょうか」

 ばあやが全員の意見を取りまとめつつ、仔馬の名前を決める方向に話を進めている。

「でも、折角の珍しい白い仔馬だから、欲張って二つを足して、リヴァージェードはどう?」

 仔馬の名前が決まりかけたところで、アステリアがのんびりとそんなことを言う。

「ああ、豪華ですね」

 クロエが「アステリア様らしい」と、納得していた。

「執事長は如何かしら?」

 私はそれもいいと思うのよ――ローナも納得の表情で執事長に訊いている。

 執事長も「皆様でこんなに大事に考えてくださって」と、その名前を名付ける決心をしていた。

 そして、無事に名前が決まった仔馬の成長を願って、また皆で乾杯をするのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ