番外編(アステリアとクロエ・10)
(0)
「クロエ、この取引の帳簿をローナ様の執務室にお届けしてもらえる?」
執事長がクロエを呼び止めて、次の仕事の指示を出していた。
「はい、他にも何かあればまとめてお届けします。お手紙とかはありませんか?」
クロエは帳簿を受け取って、その他にもついでの用事はないかを訊く。もう午後だし、手紙などが届いているなら、仕分けも済んでいる頃だから。
「ああ、それならソフィア様からの手紙をお願い」
クレリー家の文書を管理する書記官が封筒を手にやって来た。つい先程仕分けが済んだばかりらしい。
ソフィアはクレリー家の次女で、帝国騎士団の一員――現在はルヴィック帝国の最北端の地、リスフォールに駐在している人だ。
「はい、お手紙が一番先で大丈夫ですか? アステリア様宛てのお手紙もお預かりして届けて来ますね」
クロエは大事な手紙と帳簿との順番を確認する。忙しくても、家族からの手紙は優先――そのあとに仕事の帳簿や書類の順番だけど、優先順位が変わることも時々あるので、確認は大事だから。
「その順番でよろしくお願い。ああ、あとは休憩のお菓子も持って行って。クロエも頼りになって来たねえ」
執事長は菓子の詰まったカゴを渡して来て、嬉しそうな笑顔でクロエを送り出してくれる。
クロエがクレリー家で働き始めて一年が経ち、こういった大事な仕事も少しずつ任せられるようになっていた。
勿論、鶏小屋に卵を採りに行くのも大事な仕事だけど――任せられることが増えるのも嬉しくて。
(1)
執務室のローナは沢山の書類に囲まれていた。机の上に積まれているその書類は、つい先程全て終わらせたところらしく、ローナはクロエを大歓迎してくれる。
「ソフィア様からのお手紙と、取引の帳簿をお届けに参りました」
「ありがとう。クロエも一緒に少し休憩しましょうか」
クロエはまず手紙、次に帳簿――そして、思っていたよりも多く菓子が入っているカゴをローナに渡す。どう見ても三人分はあるから、これは執事長が二人か三人で食べられるように用意してくれて、ローナもそれを一目でわかっている感じだった。
主人と使用人の信頼関係の一端が見えて素敵だなとクロエは思う。
「お気持ちは嬉しいのですけど、アステリア様にも手紙をお届けしないといけませんので」
クロエは甘えたい気持ちを少し抑えて、ローナに答えていた。
いつか、自分も雇用主と通じ合える執事になれるように自分を律しないと、クレリー家の人たちの優しさに甘えていてはいけないから。
「そうなの? じゃあ、私の分を少しいただいて、あとはアステリアと二人で楽しんで――ソフィアも元気そうね」
ローナはカゴから三個くらい菓子を取り出して、クロエにカゴを渡してくれた。菓子を一口食べながら手紙の宛名を読んだだけで、嬉しそうに笑っている。
「はい――あの、宛名を読んだだけでわかるんですか?」
クロエは素朴な疑問で、少し失礼かもしれないことを訊いていた。
ローナは手紙の宛名だけで、ソフィアの様子までわかっているみたいで――封蝋の色で大体の内容がわかることはあるのだけど、流石に文字だけでわかるのは不思議だったから。
「ええ、ソフィアは元気な時には文字の書き終わりが少し横に跳ねるの。ほら、此処はわかりやすい」
ローナはクロエに宛名から色々なことを読み取る秘訣を教えてくれる。
「……本当ですね、少し跳ねてます」
ローナが指さしたところの文字の筆跡が少し跳ねていた。文字の手本だと一般的には右斜め下に伸びる線が、真横気味になっているのだ。
「アステリアには内緒ね。あの子、まだソフィアのこの癖には気付いてないの」
ローナは少し悪戯っ子のような笑顔で「約束よ」と言う。
「は、はい。そんな大変なことを教えていただいてもいいんですか?」
「クロエだからいいのよ」
「ありがとうございます」
ローナの言葉は、自分を執事の一人だと認めてくれたみたいで――クロエは嬉しかった。
「アステリア様――ソフィア様からのお手紙です」
クロエは手紙とお菓子のカゴとを持って、アステリアの勉強部屋に入っていた。
「えっ? ソフィアお姉様から?」
アステリアは復習をしていた手を止めて、慌てて手紙を受け取っている。いつもなら一番に菓子に飛びつくくらいなのに、今日は手紙が一番だった。
目が輝いて、嬉しそうで――それでも、封蝋を確かめて、丁寧に封を切ってから手紙を読み始めていた。
クロエはその間に菓子と飲みものの用意をする。今日は甘さが強めの菓子なので、飲みものは少し味が濃い目のタナ茶を選んでみる。
最近はこういう仕事も任せられるようになったな――クロエはそれも嬉しく思っていた。
「クロエ、この春にソフィアお姉様が帰省なさるみたい」
アステリアは嬉しそうに手紙の内容を教えてくれる。ソフィアお姉様と会うのは数年振りだと。
「それは、アステリア様も楽しみですね」
クロエの言葉に、アステリアは満面の笑みで「そうなの」と答えてくれていた。
「この手紙が届く頃には、私も帝都の近くまで帰って来ているだろう――ですって」
ああ、楽しみ――アステリアは手紙を何度も読んで、大好きな姉のソフィアの帰りを心待ちにしているようだった。
(2)
「おかえりなさい、ソフィアお姉様! アステリアです!」
アステリアがソフィアに突進して、抱きついていた。
手紙が届いてから五日後に、ソフィアがクレリー家に帰って来て――屋敷の人たちで出迎えていた。
「ふふっ、自己紹介しなくとも大切な妹は覚えている。アステリア、大きくなったな」
ソフィアはアステリアを抱き止めて、落ち着かせるように優しく頭を撫でている。
「まだ背はクロエのほうが高いのよ?」
アステリアはソフィアに撫でられながら「でも、あと少しでクロエに追い付くの」と言って、クロエのほうを見ていた。
ソフィアも一緒にクロエを見て、優しく笑っている。
「手紙に書いてあったクロエか――アステリアが私に紹介してくれないか?」
ソフィアはクロエの存在を認識しているけれど、アステリアに雇用主としての自覚を持たせるための振る舞いをしているようだ。
基本的に使用人は、雇用主を差し置いて勝手なことは出来ない。挨拶は雇用主から紹介されるまで待つのも儀礼のひとつだった。
「はあい。こちらは執事見習いのクロエ・エルフィン――クレリー家に来て一年? くらいなの」
アステリアは立派な振る舞いで、クロエをソフィアに紹介してくれる。
「初めまして。クロエ・エルフィンと申します。クレリー家で執事見習いとして働いています。ソフィア様のお話はローナ様やアステリア様からいつもお伺いしています」
クロエはこの一年で随分慣れた挨拶をする。軽く膝を曲げて――笑顔を心がけて、丁寧に。
「初めまして、クロエ・エルフィン――私は、ソフィア・ウェル・クレリーと申します。現在は帝国騎士団にて、リスフォールに駐在し、街の守護を任せられています」
ソフィアは騎士の挨拶で、クロエの片手をとって口元近くまで軽く持ち上げる――クロエには何気に初めての挨拶だった。礼儀作法として学んで知ってはいたけど、実際に騎士と挨拶を交わすことがなかったから、新鮮な驚きだ。
「そ、そんな丁寧に……あの、失礼しました」
クロエの言葉に、ソフィアが笑顔で返してくれる。
「今の挨拶は形式的なものだから、緊張しなくてもいい。アステリアと同じように接してくれればいいだけだ」
クロエは何も失礼なことはしていない――ソフィアは優しく、クロエに答えてくれていた。
「は、はい」
「右側の鞄にリスフォールからの土産がある。屋敷の人たちに分けてもらえるか?」
まだ緊張の残るクロエに、ソフィアは大事な仕事を一つ任せてくれる。
「はい、畏まりました」
クロエは最大限の敬意を払って、土産が沢山詰まっているソフィアの鞄を預かっていた。
「ソフィアお姉様、こっちに来て? 沢山見せたいものがあるの」
アステリアはソフィアの腕を引っ張って、屋敷の奥へと向かっている。
「わかった。何処に行くんだ?」
ソフィアはアステリアに優しく返して、連れられて行った。
それからもアステリアは楽しそうにソフィアに懐いて遊んでいた。
大好きなお姉様に久しぶりに会えたのだから、気持ちはわかるのだけど――クロエは少しだけ、アステリアが遠くなったような感情を覚えてしまっていた。
だけど、ソフィアもとても素敵な人なのだけど――
(3)
「クロエ、ソフィアお姉様を見なかった?」
翌日の昼食――アステリアがデネルを食べながら、少し拗ねている。
昨夜はソフィアと一緒に話をしながら寝たみたいだけど、アステリアが朝起きたら大好きなお姉様のソフィアは居ないし、朝から家庭教師の授業はあるしで、アステリアはご機嫌斜めだそうだ。
自分から「ご機嫌斜め」だと言う辺り、まだ可愛いものだけど、こうなるとソフィアを見付けるまでそのご機嫌斜めが続くことになるだろうと、クロエは予想していた。
「お見かけしていませんが……」
クロエは食後の果物を食卓に用意して、ソフィアからの土産の練乳を添えていた。
リスフォールは乳製品も豊富で、練乳は牛乳と砂糖を煮詰めた保存食でもあり、その濃厚な甘さが果物の酸味と合うらしい。
「そう……一緒に冒険をしたいのに」
「ソフィア様をお見かけしたら、アステリア様がお探しになってたとお伝えしておきますね」
「ありがとう、お願いね」
アステリアは甘い練乳がかかった果物を食べて、ご機嫌斜めが少し軽くなったようだった。
「ソフィア様、失礼いたします」
クロエは書類を届けに向かったローナの執務室で、本を読んでいたソフィアを見付けて声をかける。母親のローナとの大事な時間を邪魔してはいけないとは思ったけれど、伝言があるから。
「ああ、クロエ。どうした?」
ソフィアは本を閉じて、クロエに「秘密の土産だ」と、白い飴が何個か入った小さな缶を渡してくれた。牛乳を使った飴――練乳と似たような作り方でタナ茶に溶かしても美味しいと言う。
ただ、数が少ないから秘密だ――と。
「アステリア様がソフィア様をお探しになっておられました」
クロエは綺麗な装飾があしらわれている小さな缶を大事に受け取って、礼と共にソフィアに伝言を伝えていた。
「そうか、ありがとう。アステリアの勉強が終わるまで邪魔をしないようにと思っていたのだけど――探しているのか」
「時々会うお姉様は、懐かれるものよ?」
ソフィアとローナが二人で苦笑いをしている。
「はい、それでは私もアステリア様の勉強が終わるまでは、ソフィア様の居場所をお伝えしないように致しますが、よろしいですか?」
クロエは全員の意見をまとめて、一つの答えを出す。
正解かどうかはわからないけれど、助言をするのも執事としての仕事だから。
「ああ、よろしく頼む」
ソフィアとローナは笑顔でクロエの助言を受け入れてくれていた。
「アステリア様が居ない? まだ授業は終わっていませんけど――」
クロエは執事長と共に侍女の報告を聞いていた。
「いえ、それが――今日は花壇の植物を見る予定で屋敷を出られたはずが、家庭教師の先生は花壇のほうでは見かけていないと」
侍女は「手分けして探したのですが」と、慌てている。
「ソフィア様を探していらっしゃるかもしれません。もう一度、屋敷の中を確認して」
執事長が屋敷の人たちに手早く指示を出していた。ここで執事まで慌ててしまっては屋敷の人たちが混乱してしまうから、どんな状況でも執事は冷静を保たなくてはならないのだ。
「どうした、何かあったのか?」
屋敷の騒がしい様子に気付いたソフィアがやって来た。
「それが――」
執事長はソフィアにアステリアが居ないようだと説明をしながら、次の行動を考えているようだ。
「ふむ、わかった。クロエ、アステリアの枕を持って来てくれ」
ソフィアは少し考えてからクロエにそんな言葉で――
「え、枕ですか?」
「リューンに嗅がせて辿ってもらう。クロエには――確かルーディーという馬が居るな? 協力してもらおう」
ソフィアは他にも厨房に「飲みものと菓子を持ち運べるようにしてくれ」と、指示を出している。
「はい!」
クロエは屋敷の中を走って、アステリアの部屋に入って――枕を手にしていた。
クロエがアステリアの部屋から広間に戻って来ても、アステリアは屋敷の中には居ないようで――やはり、屋敷の外に出たとの意見で一致していた。
執事長は中庭のほうを探しに向かい、ばあやは「花壇のほうはお任せください」と言い残してアステリアを探しに行く。
残されたのはクロエと、ソフィア――
「いいか、こういう時は闇雲に探しても駄目だ。まずはアステリアの足で歩いて行ける範囲を確認する」
ソフィアは屋敷の地図を広げて「こちら側には常に門番が居るから、此処は探さなくても大丈夫だ」と、屋敷に続く道と庭の辺りを指先でなぞっている。
「はい……あ……」
クロエはその地図の中に池があることに気付いていた。
休みの日にクロエがルーディーと散歩する小径を、もう少し奥のほうに向かったところだ。
村でもクレリー家でも、池の周辺は危険だからと常々言い聞かされている場所で、言い聞かされるということは、過去に何処かで事故があったはず――クロエの頭にそんな不安が過ぎる。
「気になることがあるなら言ってくれ」
一人で抱えてはいけない――ソフィアは優しく、力強く訊いてくれていた。
「その……池が近くにあるので……悪い想像を……」
クロエの悪い想像を、ソフィアは静かに受け止めている。
「ふむ……その不安はわかる。教えてくれてありがとう――そうだな、この池は馬だとすぐに辿り着くが、徒歩のアステリアでは半日以上かかる。それに柵もあるから、まず危険はない場所だ」
ソフィアはクロエの悪い想像を丁寧に解くように、安心出来る要素を教えてくれていた。
「は、はい」
クロエは頷いて、とりあえず深呼吸をする。自分が狼狽えてはいけないから。
「心配そうな顔をするな、クロエ。そうだな、このお守りを預かってくれるか?」
ソフィアは首に下げている細い鎖を外して、クロエの首に掛けている。鎖の先には金属で作られた筒状の笛が付いていた。
「笛ですか?」
「アステリアを見付けたら思い切り吹いてくれ。この笛は昔に私が迷子になった時に、母上からいただいたお守りなんだ」
「だ、大事にお預かりします」
クロエの返事に、ソフィアは優しく笑ってくれる。
「花壇側の奥に背丈の高い木々が繁っている防風林があったな。この時期には木が花をつけて甘い香りが届くことがある。この辺りを両側から挟み撃ちにしようか」
こうして進むんだ――ソフィアは指先で地図の防風林の辺りを上から下に大きな波を書くようになぞって、進むべき道をクロエに示す。
「畏まりました」
クロエは胸元にある笛を握りしめて、ソフィアに答えていた。
(4)
よく知っている敷地のはずなのに、今日の庭はクロエには広くて得体の知れない場所だった。
まだ日は暮れていないから、怖くはないけど――心細さはある。
「だけど、もしも迷子になっているなら、アステリア様は私より――」
クロエは独り呟いて、ルーディーの手綱を強く握りしめていた。
ルーディーはアステリアを探すことを理解してくれているのか、地面の匂いを嗅ぎながら防風林の中を速歩で進んでいる。
クロエも足音や木々の擦れ合う音でアステリアの声を聞き逃さないようにしながら、地面にある小石まで数えられるくらいに持てる全ての感覚を研ぎ澄ませていた。
「ルーディー、少し休憩しようか」
大体今で防風林の三分の一くらい――クロエはルーディーの鞍から降りて、鞄に詰め込んでいたポロの実をルーディーに食べさせる。
鞄の中には他にも水筒と菓子――アステリアがすぐに食べられるように、クロエも時々食べるようにと、ソフィアが手配してくれたものだった。
クロエは菓子を一つだけ食べながら、防風林の木に此処まで探したという印の紐を括り付ける。人を探すのは意外と神経を使って疲れるもので、菓子の甘さが染みるようにクロエの身体に広がる。
「アステリア様ー! 聞こえていたら返事をしてくださーい!」
クロエは何度目かの大声を上げて、アステリアに届くように願いを込めていた。
だけど、自分の声は木々のざわめきにかき消されるようなくらい頼りなくて――
「……ロエ、――クロエ」
不意に、小さな声がクロエの耳に聞こえた。ルーディーも耳を動かして、鼻を小さく鳴らして防風林の奥を見ている。
確かに、聞こえた――
「アステリア様? アステリア様! どちらですか!」
クロエはルーディーに飛び乗って、速歩で防風林の奥に進む。防風林の中――木陰にアステリアが座りこんでいた。
「アステリア様!」
クロエはルーディーから飛び降りて、アステリアの傍に駆け寄る。
「お怪我はありませんか? 何処か痛くないですか?」
クロエはアステリアを抱きしめて、無事を確かめていた。
「何処も痛くないの……クロエ……ごめんなさい」
冒険をしてたら、帰り道がわからなくなった――アステリアはそう言うと、泣きそうな顔でクロエの服を握りしめている。
「――謝らないでください。でも、よかった」
クロエは大きく息を吐いて、またアステリアを抱きしめていた。
「怒らないの?」
「私が怒るより、ローナ様とソフィア様に怒っていただきます」
「はい……ごめんなさい」
「これからは私たちに行き先を言ってから冒険してくださいね」
「はあい……」
クロエはいつもより少し大人しいアステリアに返事をして、ソフィアから預かった笛を思い切り吹いていた。
あれから、ソフィアがすぐに駆けつけて、三人で屋敷に戻って来た。
アステリアはソフィアの顔を見るなり、張り詰めていた気持ちが解れたのか沢山泣いて、屋敷に戻った頃には泣き疲れて眠ってしまい、もう自分の部屋で寝ている。
「本当に、肝を冷やすとはこのことだが――無事でよかった」
ソフィアが茶を飲みながら、クロエにも茶と菓子を勧めてくれていた。
「はい、ありがとうございました」
クロエは恐縮しながら茶を飲んで、菓子を食べる。
「礼を言うのはこちらだ。クロエ、アステリアを見付けてくれてありがとう」
「そんな……勿体ないお言葉です」
ソフィアの言葉はとても優しくて――だけど、凛とした厳しさもあって、クレリー家の人らしく気高いものだった。
「それにしても、アステリアはクロエに頼り切りのようだ」
ソフィアはクロエの器に茶のおかわりを注いで笑っている。
「身に余る光栄ですが、アステリア様はお一人でも立派になさっておられます」
クロエは少し苦笑いで、ソフィアに答えていた。
「そうか? 昨夜は一晩中クロエの話をしていたし――『クロエとソフィアお姉様の家まで旅をする』と言っていたぞ? もしかして――今日は少し早い旅の予行演習だったのかもしれないな」
ソフィアはそんなことを言ってから、改めてクロエに「心配をかけて申し訳ない」と、礼をしてくれている。
「もう少し大人になってからにしていただきませんと、私の心配のほうが勝ってしまいます」
私も、まだ未熟ですが――クロエは失礼を承知でソフィアに答えていた。
「ふっ、違いない。アステリアには私から強く言い聞かせておこう。クロエ、我儘な妹だが、その調子で付き合ってやってくれ」
ソフィアは失礼なクロエの言葉でも、柔く受け止めていた。
「はい、出来る限りお力に――あ、笛をお返ししなくてはなりません」
クロエは自分の首に下げている笛を思い出して、身体から外す。
「それはお守りとしてクロエが預かっておいてくれ。アステリアには私から新しいものを贈るから――それなら、迷子になっても互いに居場所がわかるだろう?」
笛を差し出したクロエの手を、ソフィアがそっと押し留めてその手で優しく包み込む。
「――はい、大切にお預かりいたします」
クロエはソフィアから託された大切な笛をまた首から下げていた。
この笛は互いの場所を確かめ合えるお守りで――アステリアと通じ合える大切な宝物だった。
アステリアさんが迷子になった時のお話。
クロエさんは苦労性かもしれないですけど、ちゃんと言えることは言えてます。




