小さな宴
(116)
少し遅い昼食を終えて、馬たちの世話をしてから、実亜とソフィアは庭を散策していた。
日暮れにはまだ少し早い時間の空は、何処までも澄んだ空気が流れているようで、時々吹く風が心地よい。
草木の匂いや屋敷から漂ってくるご馳走の匂いもその風に乗って運ばれて来て、些細なことだけど実亜には「此処で生きている」という実感になっていた。
「お姉様、こちらにいらしたの?」
アステリアがクロエと一緒に庭にやって来る。アステリアは分厚いノートを手にして、クロエは大きめのボディバッグみたいな鞄を身に着けている。
「ああ、アステリアとクロエか。今日の授業は終わったのか? クロエもお守りをありがとう」
ソフィアの言葉にクロエは「勿体ないお言葉です」と、笑顔で答えて、アステリアは「もうお守りじゃないのに」と苦笑いをしている。
「あとは試験栽培をしてる植物の観察日記だけです」
アステリアは革製で作られているカバーのノートをパラパラと捲って、ソフィアに見せている。
「今は何を育てているんだ?」
ソフィアはアステリアと一緒にノートを読んで、凄く優しいお姉さんの表情をしている。
「ダイズマメをお母様と一緒に育ててるの」
「ふむ、ダイズマメか。あれはミスフェアの名産品で育てやすい。ミアは知っているか?」
何度か食べたこともあるはずだとソフィアが教えてくれる。
「えっ、ダイズマメ……大豆っていう豆なら知ってます」
大豆みたいな豆を食べた時に甘い豆の話とかをしたはずだと、実亜は記憶を引っ張り出していた。
「ミアお姉様、正解よ。豆の一種なの」
こっちの畑よ――アステリアは実亜の手をとって、張り切って畑に案内してくれていた。
「成程。ミアの国にもある――つまり、甘くして食べることもあるのか?」
ソフィアもそのあとに続いて歩きながら、素朴な疑問を投げかけていた。
「大豆を甘くは……煮豆がありますけど、どちらかと言うと甘くない料理のほうが多いですよ」
言われてみれば大豆を「あん」にしたものを見たことがないなと実亜は思った。白あんも大豆ではないし、甘い豆の料理も沢山あるのに大豆を甘くするのは聞いたことがない。煮豆だと砂糖と醤油を使うから、甘塩っぱいものだし――
「ふむ――面白いものだ。甘いものが好まれるのかと思いきや、そうではない」
ソフィアが面白そうに実亜の話に頷いてくれている。
「あ、でも、枝豆の時だと『ずんだあん』ってあんこの仲間になります」
実亜は引っ張り出せた記憶の中から、ソフィアの疑問に答えていた。
「エダマメ……? ダイズマメが変化するんですか?」
クロエがメモを取りながら、また疑問が重なって来る。
「えっと、青い状態――まだ熟してない? 状態の大豆を枝豆って言って、茹でてそのまま食べたり、少し潰して砂糖と混ぜてずんだあんにします」
実亜はクロエに答えながら、畑を見ていた。腰くらいの高さに繁っている植物をよく見ると、確かに見覚えのある枝豆だ。
「ほう……奥深いな。大きさで名前の変わる出世魚というものは聞いたことがあるが、豆でもあるのか」
「じゃあ、このダイズマメはもう食べられるの?」
ソフィアとアステリアで豆の莢を確認して「これがもう食べられる?」と、二人揃って不思議そうにしている。
「実が詰まっていたら食べられるとは……」
実亜はソフィアたちと一緒に実っている莢に少し触れて、覚えているはずの感覚に頼っていた。アルバイト先の居酒屋で提供していた茹で枝豆を思い出しつつ、莢を軽く押して――こんなところで役に立つ知識だとは思わなかったけれど。
「ふむ、この様子だと実は詰まっているな。クロエ、いつもの準備はしているか?」
「はい。水と鍋とコンロと――」
ソフィアの言葉で、クロエがボディバッグから小さな鍋と折りたためる小さなコンロを取り出している。コンロは燃料用の蝋燭をセットするもので、他にもその辺の木や枯れ葉を燃やして使えたりするものらしい。
「よし、早速食べてみよう。アステリア、何株かいただこう」
「はい。私も気になるので、いただきます」
ソフィアは「経験も勉強のうちだな」と、アステリアに許可を得て何株か引き抜いて収穫している。
「ええっ? いつもそんなに準備なさってるんですか?」
ソフィアの決断も早いけど、アステリアも動じていないし、サポートするクロエの準備も凄いし――実亜は色々と目まぐるしい人たちを見ていた。
「アステリア様が庭で迷子になって以来、一日くらいは野営ができるように準備しています」
クロエは畑の少し横でコンロを組み立てて小さな鍋に水を入れて、柔らかい火口用の布に火打ち石を何度か打って、鮮やかに火種を作って蝋燭に火を灯している。
「お庭で迷子……広いですもんね」
実亜は鮮やかな職人技を眺めながら、ソフィアの収穫した枝豆を茎から大まかに外していた。
採れたての枝豆は莢の表面の産毛がしっかりとしていて、瑞々しくて植物の香りがする。
「はい。食材は庭に沢山あるので、求められるのは調理器具だなということになりまして」
「もう迷子にならないとは思うんだけど、クロエが心配するの……」
クロエもアステリアも「こうするのね?」と実亜を手伝ってくれる。
「莢からは取り出さないのか?」
ソフィアは小型のナイフを使って、大まかに外された残りの枝を十センチくらいにカットして、畑のダイズマメの根元に薄く敷いている。
根元の保温や保湿みたいな効果があるらしく、収穫のあとに土に混ぜても肥料になるそうだ。
「はい、莢のまま多めの塩で揉んで茹でると丁度いい塩味になるんです」
「ふむ――」
「塩も用意がございます」
「クロエは心配しすぎだけど、優しいから好きよ」
実亜の説明に、皆がそれぞれで楽しそうに作業をしながら答えてくれていた。
「美味しい……あんなに塩を揉み込んでたのに、エダマメには少し甘みがあるのね」
茹で上がって少し冷ました枝豆を食べて、アステリアが「不思議」と枝豆を観察していた。観察日記に書くことが増えたけど、楽しい――と、目をキラキラさせている。
「ふむ……美味い。新鮮な味がするとは、このことだな」
ソフィアも枝豆を食べながら、楽しそうに食べ方の研究をしている。
指で莢から実を押し出して食べる食べ方は、どちらかと言えば果物の食べ方に近いらしい。
「枝豆は採れたてが一番美味しいって聞いたことがあります」
実亜も枝豆を食べて、なんとなく懐かしい味だなと思っていた。
「畑の真横で食べているんですから、採れたてそのものですね。ミア様は美味しいものを沢山ご存知で素敵です」
クロエはお茶を用意してくれる。アステリアが庭で迷子になった時に飲めるように、お茶入りの水筒も持っていて、凄く準備がいい。
「いえ、食いしん坊なだけでして……」
実亜は少しの恥ずかしさを感じながら、枝豆を食べていた。
「健啖家と言うことだな。よく食べ、よく眠る――人間の基本ではないか」
ソフィアがお茶を少し飲んで「エダマメは酒とも合いそうな気がする」と、呟いている。
「そうよ。クロエに『ぐっすり』を教わったけど、沢山食べてぐっすり? するのは素敵なことなのよ」
アステリアは莢から出した枝豆の絵をノートに描きつつ、食べている。
「はい。安心して眠れることは大事ですし、明日への活力のために美味しい食事ができるのも大事です」
クロエのそんな言葉に、ソフィアもアステリアも頷いていた。
「そんな、食いしん坊を褒められるとは思いませんでした」
実亜は優しい人たちと、優しい小さな宴を楽しむのだった。
クロエさんが持っているのはキャンプグッズとかにあるエスビットのポケットストーブ的な感じかなと思います。
「コンロ」は外来語かと思いきや「焜炉」だったという学びを得ました。
あと、実亜さんとソフィアさんの新婚初夜を書いたものも投稿してますので、もしよろしければそちらもよろしくお願いします。




