徹夜明けの二人
(115)
明け方に眠って、次に実亜が起きた時は昼頃だった。窓から射し込む太陽の光の加減から考えると、正午よりはまだ少し前の時間だろう。
「当たり」
実亜はベッドから少し起き上がって枕元にある置き時計を見て、身に付いた時間の感覚を確認して小さく喜んでいた。
「ミア……ぐっすりしたのか?」
隣で眠っていたソフィアも目を覚まして、珍しく少し寝惚けた感じで実亜の身体に触れて確認している。
「はい、ソフィアさんはもう少しぐっすり寝ててください」
「ふむ……よく眠って更に寝る……贅沢だ……」
ソフィアは軽く寝返りを打って「いつも寝覚めはよいほうだ」と、ベッドの上で小さく笑っている。
「でも、昨夜は驚いたりしてお疲れでしょうし」
「確かに、ミアは相当落ち着いていた」
ソフィアはベッドの上で上体を起こして、伸びをしていた。
「あとからジワジワと驚いてますよ」
実亜はソフィアにガウンを渡す。気温はそれほど低くはないけど湿気が少ないし、室内だから少しひんやりするのだ。
「ジワジワ……少しずつということか。驚きとは得てしてそういうものだな」
ありがとう――ソフィアはガウンを軽く羽織って、礼を言ってくれる。些細なことだけど、そういうのも嬉しい。
「はい、当たりです。水が染み込むみたいな言葉です」
「ふふっ、ミアの言葉がよくわかるようになってきた」
ソフィアは楽しそうに実亜の頭を撫でて、ベッドから降りていた。
「ソフィア様、ミア様、お身体は休まりましたか?」
身仕度を整えてから二人で廊下を歩いて食堂に向かっていると、ばあやが忙しくあちこちに指示を出していた。
だけど、ばあやは実亜とソフィアを見て、気遣ってくれる。
「ああ、大事ない。ありがとうばあや」
ソフィアが「ばあやもあまり無理をしないように」と、笑顔で返して、実亜も続いて「よく寝ました」と答えていた。
「今宵は宴でございますが――ミア様の故郷では慶びごとが会った時の料理や風習などはございますか?」
ばあやは「新しい祝いの方法を学びたい」と、物凄く意欲がある。
「慶びごと……お寿司とか、お赤飯とか……を食べたり、お酒を飲んだり? 風習だと……紅白饅頭というお菓子を配ったりします」
実亜は持っている記憶をフル回転させて、慶びごと――おめでたい時の風習を思い出していた。
おめでたいと言っても、お正月のおせちとかの食べものだとちょっと違うから、一般的なお祝いの料理という点で考えると、実亜の挙げた料理になると思う。
「ミアの言葉から考えると、スシとセキハンというものだな? いや、しかしオムスビはムスビではないな……」
コウハクマンジュウも謎だ――ソフィアは不思議そうな表情で、まだ見ぬ料理を想像している。
「おむすびを塩むすびって言う人も居ますよ。あ、お寿司は前に言ってた、小さなおむすびの上に生魚の切り身を乗せる料理です」
実亜は不思議そうにしているソフィアに答えていた。
「ふむ、謎が解決したが、また謎が増えた。興味深い」
ソフィアは頷きながら楽しそうだった。
「スシはオムスビの仲間でございますね。セキハンとは如何様な食べものでございましょう?」
ばあやはメモを取り出して、目を輝かせている。
「もち米に小豆――赤い小さな豆を混ぜて炊くんです。お赤飯だけじゃなくて、おめでたい時は紅白の色の食べ物とかでお祝いすることが多いです」
もち米は米でも大丈夫――実亜はばあやに赤飯の大雑把な作り方を伝えていた。
米に対して豆はそんなに多く入れなくても大丈夫で、先に豆だけを茹でておいて、その煮汁で米に色を付けるような感じ――みたいに。
「なるほど、畏まりました。同じものは作れないかもしれませんが、ばあやにお任せあれ」
ばあやはしっかりとメモを書いて、足取りも軽く屋敷のあちらこちらに指示を出しながら去って行った。
「張り切っている」
ばあやを見送ったソフィアが食堂に向かいながら嬉しそうに笑っている。
「なんか、お祝い続きですね」
実亜もソフィアの隣で、一緒に嬉しくなっていた。
忙しいけれど、皆でお祝いが出来ることが多いのは、何よりも幸せというものかもしれないから。
「楽しいことは沢山あるほうがいい。準備は大変だが――合わせて周辺の商いも巡って行くものだからな」
「商い……えっと、お祝いの宴をすると、食材とかを作る人たちの利益になって、食材を作る人が他の何かを買ったり出来て、今度は他のお店も利益が出る?」
「そういうことだ。商いは一人では出来ない。作る人、売る人、買う人――不正がないかを取り締まる人なども居て、商い――経済になる」
二人が食堂に入ると、屋敷の人たちが食事を用意してくれる。
「勉強になります」
実亜はソフィアと話しながら、燕麦のミルク粥を見ていた。最初はミルク味の甘い粥に少し慣れなかったけど、今ではこの穏やかな味が好きになっていた。
「先程の話だと、ミアの国では祝いに菓子を配るのだから、菓子を作る職人も仕事が増える。材料も売れるし商いが回っているだろう?」
ソフィアはミルク粥にスパイスをかけている。唐辛子の入っているシチミではなくて、シナモン的な香りがふわっと漂って来た。
「それで、コウハクマンジュウというものは、どんな菓子なんだ?」
ソフィアもばあやに負けず劣らず興味津々で実亜に訊いている。
「甘く煮てすり潰した豆を、メーリ粉を捏ねた皮で包んで蒸す? 豆はお赤飯と同じ豆を使います」
実亜は饅頭の作り方を頭の中で思い出しながら、わかりやすさを心がけてソフィアに説明していた。
「成程、豆を甘く煮込む菓子があると言っていたな。成程、コウハクマンジュウと言う菓子なのか」
どんな味なのだろう――ソフィアがぼんやりと空想に浸っている。
「あの……混乱させちゃいますけど、甘く煮た豆だけだと『あんこ』とか言います」
「ふむ? アンコ?」
「あんこを皮で包むと饅頭ですし、おむすびをあんこで包むと『おはぎ』とか『ぼたもち』になります」
どちらも大事な時に食べることが多いんです――実亜はミルク粥を食べながら、ソフィアに説明をしていた。説明をしているけど、自分でも不思議な食べものを思いながら。
「ふむ……アンコはかなり奥が深い菓子のようだが……他の料理法はあるのか?」
ソフィアが恐る恐る――だけど、楽しそうに訊いている。ミアの食べものは面白いから――と。
「あんこを汁物にしてお餅とかお団子――お米を加工したものを入れると『ぜんざい』っていう料理になります」
実亜の説明に、ソフィアは「ほう」と深く感心していたのだった。
新年のご挨拶を申し上げます。
今年もボチボチ書いていきますので、よろしければお付き合いいただけると幸いです。




