クレリー家の人たち・2
(112)
夜になって、屋敷が少し騒がしい――実亜はなんとなくザワザワしている空気を感じ取っていた。
大騒ぎと言うほどじゃなくて、でもいつもの静かな屋敷とは違う感じで、夜になっても屋敷で働いている人たちが何処か忙しないのだ。
いつもなら夕食が済んで、それぞれに眠る前の時間を楽しむような――実亜の知っている言葉だと、テレビ番組やネット配信などのゴールデンタイム――夜の七時くらいから、十時になる前くらいの時間なのだけど。
ソフィアもそれは察知しているようで、テーブルの上にあるチェスのようなボードゲームを眺めて少し駒を動かして、また眺めて――時々部屋の外を気にしている。
だけど、危険が迫ってるような騒ぎではない。だから、実亜としては不思議だった。
「あの、何かあったんですか?」
実亜は少し気になりながら入浴を済ませて、それでもまだ屋敷がなんとなく騒がしかったので、ソフィアに訊いていた。
「執事長の馬の出産が近いと聞いていたのだが――どうやら今夜か明日の朝になるか、と言ったところだろう」
ソフィアはボードゲームの駒を動かしながら、置き時計を見ている。
「えっ、何かお手伝いとかしなきゃ……って、私じゃ何もお役に立てないですね」
実亜には馬の出産の知識はない。とりあえず、仔馬は生まれてすぐに立ち上がらないといけないという話を知っているくらい――それも本当にそうなのかわからないレベルの知識だけだった。
「クレリー家には医者も居るし、皆が慣れているから安心していい。しかし――夜通し起きていなくてはならないから、もう少ししたらオムスビを差し入れようと思う」
準備は先程済ませている――ソフィアはそう言いながらボードゲームの駒を一マス動かしている。
「お手伝いします!」
実亜は張り切って答える。
直接的に手伝うことは出来ないけど、忙しくしている人のサポート――そういう手伝い方があることを、ソフィアがそれとなく導いてくれた。
立場としては多くの人の上に立つ人だけど、キッチリと周囲に目を配れるのがクレリー家の人なのだろう。
「ありがとう。オムスビ熟練者のミアが居てくれるなら、私も安心だ」
「そんな……あっ、折角ですし、おむすびの中に具材を入れてみませんか?」
「ふむ、具材か。面白い」
ソフィアは実亜の提案を柔軟に受け入れてくれていた。
ソフィアの部屋の近くにあるミニキッチンで、実亜は細かく切った肉を炒めて、醤油――こちらではサルサと呼ばれる調味料――と、砂糖で煮詰めていた。肉そぼろのような感じで、味は少し濃い目で炊いた米に合うように。
ソフィアはもう手慣れた感じで米を炊いて、今は少し蒸らしている段階だ。
ミニキッチンと言ってもコンロは二つあるし、調理台も広くて調理器具も揃っているし、食材もそれなりにストックされているし――此処だけで一般家庭の生活が出来る規模のミニキッチンだった。
「炒めた肉にサルサと砂糖――香ばしくて美味そうだ。失礼、美味しそうだ」
砂糖の少し焦げたような香りがいい――ソフィアはフライパンの中を覗き込んで、香りを確かめている。
「お米には甘くて塩っぱい味も合うんです。でも、念のために味見してください」
実亜はしっかりと炒めて煮詰めた肉そぼろを平たい皿に広げて粗熱を取る。そこから小さなスプーンで肉そぼろを少し掬って、ソフィアに食べさせていた。
「いただこう――成程、不思議とオムスビが食べたくなる味になっている」
ミアの料理は不思議だが美味しい――ソフィアが納得しつつ褒めてくれている。
「ソフィアお姉様――美味しそうな匂いがします……あ、ミアお姉様も」
炊いた米も肉そぼろもいい感じに冷めてきた頃に、寝間着姿のアステリアがフラッとミニキッチンにやって来た。
「まだ起きていたのか。子供は眠るのも仕事だぞ?」
ソフィアがアステリアに冗談半分で優しく注意している。
「美味しそうな匂いで起きたの……甘いお菓子?」
アステリアは調理台の上を見て、「甘い匂いなのに、お菓子じゃない」と首を傾げている。
「アステリア、オムスビだ」
ソフィアが少し勿体を付けて、凄く凛々しくアステリアに教えていた。
「えっ? 甘いオムスビ?」
アステリアがもう一度「甘いオムスビ?」と不思議がっている。
「これはオムスビの中に入れる具材だ。不思議な味だが、美味しい」
「少し食べてみてください」
ソフィアに続いて、実亜もスプーンで肉そぼろを少し掬ってアステリアに食べさせていた。
「はい――甘い……塩っぱい……でも、不思議……美味しい!」
アステリアは不思議そうな表情から可愛く驚いて、お菓子とも違う甘さがあると言う。
「どうだ。ミアは凄いだろう?」
ソフィアが得意気にアステリアに自慢している。
「はい。ミアお姉様は何でも出来るのね」
アステリアも嬉しそうに「素敵なお姉様」と、納得している。
「何でもというわけでは……むしろ出来ないほうの人間なんです……」
実亜は照れながら「でも、そう言ってもらえるのは凄く嬉しいです」と、答えていた。
「ふむ、ミアで出来ないほうとなると、ニホンの料理人は相当に腕が立つのだな?」
「多分、ソフィアお姉様みたいに強い人たちと勝負するのよ」
「え、えっと、料理の味で勝負とか、短い時間で何品作れるかとかは人気の番組……演目? ですよ」
実亜はソフィアとアステリアの疑問に答えながら、おむすび作りを進める。
「料理勝負か――しかし、勝敗がわかりにくいな? 料理は好みの面もあるだろうし」
ソフィアも手を丁寧に洗って、塩を用意して――もうおむすび作りも慣れたものだった。
「食べる専門家の人も居て、そういう人たちが審査をしてます」
美味しいお店は本で特集されたりもしますよ――実亜の言葉にソフィアが「美味しい店を本に? 贅沢な本だな」と面白そうに不思議がっている。
そういえば、この世界では「雑誌」的なジャンルの本はあまり見かけないなと実亜は思い出していた。
「食べる専門家……素敵なお仕事もあるのね? 私もお手伝いします」
アステリアも手を洗って、凄く張り切っている。
「ああ、ありがとう。ミアのオムスビ技を見るといい」
熟練者の技は見るだけで勉強になる――ソフィアも張り切りながら期待度が高い。
「えっ、えっと……じゃあ、炊きたてはまだ熱いので、一旦手頃な器に少し盛って――そぼろを真ん中に少し置いて、またご飯――炊いたお米を盛ります」
実亜は丁度ご飯茶碗みたいな大きさの器に、まだ熱いご飯を少しよそって、肉そぼろをスプーン一杯分掬って中心に置いてからまたご飯で蓋をしていた。
「ふむ、新しい作り方だ」
ソフィアも手頃な器を手に、実亜の真似をしている。
「で、器を軽く振って、形をある程度整えます」
器の中で転がすみたいに――実亜は器を軽く上下に揺する。器の中のご飯が少しずつ丸くなって、上手く丸い形になって来た。
「あっ、もうオムスビなの」
観察していたアステリアが嬉しそうだ。
「ここから、手でギュッと……何度か軽く握る感じで固めます。で、出来上がりです」
実亜は器の中である程度整ったおむすびを手にとって、軽く握っていた。
「器用なものだ。流石はミアだな」
ソフィアも実亜を見ながら同時におむすびを作っていた。器の中で形を整えるのは少しコツが必要だと分析しながら――
「いえ、これだと大きさも大体同じになりますし、沢山作る時は流れ作業みたいに出来ますから」
実亜は出来上がったおむすびを大きな皿に置く。
「じゃあ、私は器にコメを入れればいいのね?」
形を整えるのは難しいの――アステリアが器を手に、率先してお手伝いをしてくれる。
「ふむ、アステリア――いい状況判断だ。成長したな」
ソフィアが嬉しそうに妹の成長を喜びつつ、みんなでのおむすび作りだった。
みんなで仲良く楽しく。




