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新しい食事と新しい言葉

(111)

「自画自賛だが、かなり素敵ではないか?」

 二人で考えた封蝋用のデザインを見て、ソフィアが頷いている。

 おむすびの絵から実亜の名前の文字を経て、結城の「結」という文字を少し崩してから、クレリー家の紋に取り入れて――わりと複雑な紋になっていた。

 実亜の国ではこの「結」という文字は、色んなものを――見えないものも見えるものも――結びつける意味を持っていて、おめでたい文字でもあるのだと説明すると、ソフィアは深く納得してくれていた。

「はい。なんか、格好いいです」

 実亜は見慣れない紋になった自分の名前を眺める。見慣れた文字でも、崩したり紋様にすると面白くなるもので、また新しい自分になれた気がする。

「あとは職人たちに任せよう。うちの職人たちは腕がいい。あとは、基本の蝋の色だが……確かこの引き出しに見本が……」

 ソフィアは机の引き出しから仕切りの付いた箱を取り出して、色ごとに細かく分けられた蝋の粒を実亜に見せてくれた。

 白色から薄い水色、濃い青色に――ピーコックグリーンみたいな青緑色から深い草木のような緑色、黄色、オレンジ色、赤色と、五ミリくらいの蝋の粒たちがグラデーションで三十色くらい並んでいる。

「わあ――カラフルなんですね」

 これだけでも楽しい――実亜はソフィアに許可を得て、手の平にいくつか蝋の粒を乗せて確認していた。

「からふる……種類が多いということか?」

 ソフィアは訊きながら「緊急時の赤色はこっちだ」と、教えてくれる。普段の手紙に使うのは自分が決めた色をメインにして、時々色を混ぜたりして使うものらしく、親しい人だと封蝋の色で大体誰かわかるそうだ。

「あっ、えっと……色の種類が多いことを『カラフル』って言います。『カラー』で『色』っていう意味です」

 実亜はソフィアに答えながら手にした青緑色の蝋を眺める。よく見ると少しメタリックっぽい輝きにも見えて、キラキラして面白い。

「ふむ? そうなると、『ふる』は『多い』という意味になるのか。雪が降るとも言うし、面白いな」

「あっ、でも『ふる』にも沢山意味があって、繰り返して『ふるふる』だと、前に言った『ぷるぷる』の仲間です」

「ミアは卵蒸しを『ぷるぷる』と言っていたが……仲間が居るわけだな?」

 あれは不意打ちで聞くと面白い――ソフィアがまた笑いを堪えている。

「はい。えっと、水分が多くて柔らかいけど固まってるもの? を『ぷるぷる』って言って、もう少し柔らかいものを『ふるふる』って言います」

 でも、厳密には決まってない――実亜は説明しながら、ソフィアの頬を指先でぷにぷにして「これはぷにぷにです」と、説明していた。

「ううむ……難しいものだ。しかし、言葉にすると楽しいな」

 ぷるぷる、ふるふる、ぷにぷに――ソフィアは何度も繰り返して、相当気に入っているみたいだった。


「今日は珍しい料理が――卵蒸しにしては甘くなさそうだが」

 封蝋の色を考えているうちに、夕食の時間――食卓に着いたソフィアがテーブルの上のマグカップを見て、不思議そうな表情になっている。

 つられて実亜も今日のメニューを見て確かめて、マグカップの中のプリンのような料理に気付いた。

 プリンはこちらでは卵蒸し――甘くないということは、今日のメニューは茶碗蒸しなのだろう。他のメニューは燕麦のパンと、ローストポーク的なものとサラダだった。

「ばあやが書庫の本の中から見付けた料理みたいですよ。私も初めて見ました」

 食事の挨拶を終えたローナが、スプーンで茶碗蒸しを掬って一口食べると、味に納得している。

「調べものも意外な成果が出てくる――ああ、鶏肉の味が出ていて、美味しい。滋養にいい」

 ソフィアも一口食べて「食欲がない時にもいいな」と笑う。実亜も続いて食べると、確実に茶碗蒸し――鶏の出汁がしっかりと利いていて、口溶けも良くて――実亜はなんとなく懐かしい気分になっていた。

「あっ、ソフィアさん、これです。『ぷるぷる』より柔らかいこの感じを『ふるふる』してるって言いますよ」

 実亜は口溶けの良い茶碗蒸しをスプーンで掬って「油断したら崩れそうな感じです」と、ソフィアに説明をする。

「ふむ、興味深い」

 言われて食べるとそんな気がする――ソフィアが茶碗蒸しを食べて、じっくりと味わっている。

「ソフィアお姉様もミアお姉様も、何を仰っているの?」

 アステリアが少し恐る恐るで茶碗蒸しを掬って食べていた。だけど、一口で気に入ったらしく、不思議そうにしながらも可愛い笑顔で楽しそうだった。

「アステリア、ミアの楽しい言葉だ。口にすると少し心が弾む『ふるふる』だ」

 ソフィアはアステリアに「異国の言葉も楽しいものだぞ」と、優しいお姉さんになっている。

「ふるふる――ふふふっ、可愛いわね。口溶けがいいものを言うのかしら?」

 ローナがパンの良く焼けた部分を茶碗蒸しに少し浸して、クルトン代わりみたいにして食べていた。これはこれで美味しいらしい。

「はい。形はあるんですけど、食べると崩れるように溶けるみたいな感じです」

 実亜も茶碗蒸しを食べながら答えていた。懐かしい味のようで、でも新しくて――優しい。

「食べると崩れる……つまり、焼菓子もふるふるしてるのね」

 アステリアがスプーンに掬った茶碗蒸しを眺めて「でも、食感が全然違うの」と不思議そうだ。

「アステリア、焼菓子は水分が少なくて固いだろう? ふるふるは柔らかくて水分の多いものに使われる」

「じゃあ、焼菓子は? ほろほろ?」

 ソフィアとアステリアの可愛い姉妹のやり取りの中で、何気に正解の中の一つが出て来た。

「アステリアさん、大体合ってます」

 実亜も参加してアステリアに答えていた。

「ふむ……アステリア、腕が立つな」

 ソフィアが少し悔しそうに、だけどアステリアの成長を喜ぶ優しい人だった。

ふるふるしてる。


過去投稿分への誤字脱字方向ありがとうございます。

反映させております。

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