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女神と星

(109)

「じゃあ、その彗星(すいせい)がもうすぐやって来るんですか?」

 実亜はクレリー家のリビングでお茶を飲みながら、ばあやの話を聞いていた。

 昨夜、ソフィアが言っていたばあやの発見は、「彗星と共に女神が現れているかもしれない」というものだった。

「はい、女神様の出現に関わりがありそうなものを片っ端から読み(ほど)いていましたら、似た周期で観測される彗星の存在に行き着きました」

 前回の彗星は百五十年ほど前で、その前は三百年ほど前――ばあやは大きな紙を広げている。書庫で古い文献を調べながら色々と書いてまとめたらしく、試行錯誤の跡が沢山残っていた。

 話を聞いていて、実亜の中ではなんとなく納得感があるというか――自分は女神ではないけど、これまでの女神に関わる話を聞いていたら百五十年間隔くらいで現れた記録が残っているみたいだし、その女神たちは元は実亜の居た国の人みたいだから。

「ふむ、しかし、古来の天文学と違って、現代の天文学はそのような伝承や占いとは切り離されているはずだが」

 ソフィアはばあやがまとめたメモを読みながら「天文学は奥深いし、これから更に発展する学問なんだ」と、実亜に教えてくれる。

 占いとして星の位置や動きを読むことは古くから伝わっていて、占いではなく独立した学問として成り立ってから二百年くらい経っているけれど、生まれた時に巡っている星を守り神みたいな感じで大事にする文化も残っているし、完全に切り離されているわけでもないらしい。

 星を読んで、星を守り神にする――つまり、星占い的な感覚だろうから、それも実亜には納得感と共に理解が出来ていた。

「ええ、この百年で天文学は更に大きな発展を遂げておりますが、数十年や数百年に一度しか観測できない現象も多く――彗星もそのうちの一つです」

 ばあやの話では、古い文献だと天文学の記録ではなく占いの記録になるので正確性が欠けるものも多いけど、彗星などの大きな星の動きだとあらゆるところにかなり詳細に記録されているらしい。

「流れ星って、毎年春になる前に見られるって、リスフォールで聞いた覚えがあるんですけど」

 ソフィアに教えてもらった白い花と共に、流れ星も春を告げる兆しになるもので、リスフォールの人たちが心待ちにするものの一つで――実亜もいつしかそういう風に自然と共に過ごすことに馴染んでいた。

「ミア、彗星と流れ星は違うものだ」

 ソフィアが「ここは天文学を学ぶ最初の頃に間違えやすいものだな」と、優しく笑っている。

「ええっ? どっちも流れて……ますよね?」

 流れる時に尻尾が出来るから、こう――実亜は手で空中に線を描いて、流れ星が流れる様を表してみた。

「流れ星は観測が出来ないくらい小さな星が一瞬で流れて消えることも多いのだが、彗星は流れ星よりも大きな星が遙か遠くで大きな()を描くように進んで行くらしいというのが、最近の天文学での有力な説になっている」

 ソフィアは丁寧に流れ星と彗星の違いを説明してくれて、その違いが実亜の居た世界と同じものなのかどうかはわからないけど、とりあえずこの世界での流れ星と彗星の違いを実亜は覚えていた。

「……勉強になります」

 実亜はソフィアの話を聞きながら、ばあやが補足で書いてくれた図を見ていた。理科とか自然科学の教科書で見たことのある、惑星の公転とかを描いた図とよく似た感じになっている。

「興味があるなら、あとで私が読んでいた入門書を貸そう」

 ソフィアは優しくそんな約束をしてくれた。知らないことがまだまだあって、面白くて楽しい。

「ミア様は過去に現れた女神様ともかなりの数の共通点がございます。そして、女神様が現れる時期と前後してやって来る彗星――単に偶然かもしれませんが、学問や研究は仮説から始まるものですので」

 ばあやは「天文学は長命族の中でも人気の学問なので、詳しく辿ることも出来る」と、凛々しい研究者の表情になっている。

「ふむ、興味深い話だった。伝承や占いと天文学は関連が否定されつつあるが、ここに来てまた新しい可能性が現れるとは」

 ソフィアが「面白いものだ」と何度も頷きながら、何処かから取り出した缶から一口大のシリアルバーみたいなお菓子を取り出して、実亜とばあやに分けてくれていた。

「私も、まさかそんな大きな規模になるとは思いませんでした」

 実亜はサクサク食感のお菓子を食べて、味を確かめる。

 主食にもなる燕麦(えんばく)が甘いお菓子になるなんて不思議だなと思ったところで、自分の居た国でも米を甘いお菓子にしているし、昨日はソフィアとそのことで沢山話して盛り上がっていたなと、改めてお菓子を味わう。

「確かに大規模だな。しかし、ミアの国にも星はあるし、占いもあるだろう?」

 ソフィアは実亜のほうをじっと見つめて「ミアは火の星のようで、実際は地の星だと思う」と、笑っている。この世界では十二星座とはまた違った星占いがあるらしく、実亜は少しワクワクしていた。占いを本気で信じているわけではないけど、不思議な面白さはあるから。

「はい、星占いは根強い人気ですよ。雑誌――月に一度とかで売られてる本に占いが載ってたりします」

 人気の占い師さんだと毎年沢山の本を出している――実亜は答えながら、ソフィアの差し出すお菓子を食べさせてもらっていた。

「そうだろう――帝国でも古くから占いは人気だし、太古の占いは国を左右するくらい重要視されていた。そこから興味を持って学問の道に進む人も多い。些細な謎や疑問は得てして大きくなるものだ」

 ソフィアは納得しながら、実亜の頭を軽く撫でている。

「おやまあ、お二人はいつも仲睦まじく――はっ! これがリスフォールで風の噂になっていた『イチャイチャ』と言うものでございますか?」

 女神様の噂の中で何度か聞いた――ばあやはまた何か少し不思議な新発見をしていた。

 そういえば、リスフォールでアルナと恋話のような感じでそんな会話をしていた覚えがある。実亜は自分の言動を思い出して、人の噂の広がりやすさを思い知る。

「ミア、そうなのか? また新しい言葉だな」

 ソフィアが楽しそうに「こういうところから学問は広がる」と張り切っている。

「え、えっと……恋人同士でこう……なんかナデナデすることとかをまとめて『イチャイチャ』って言うこともあります」

 改めて説明すると恥ずかしいけれど間違ったことを伝えては駄目だから、実亜はちゃんと説明をする。あまり張り切って使わない言葉でもあるとかの注意も少し足して。

「成程。『イチャイチャ』覚えておこう」

 ソフィアは楽しそうにお茶を飲んで、何度も小さく「イチャイチャか……成程な」と繰り返すのだった。

張り切るばあや。


ちょっとお話が動きました。

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