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新鮮な驚き

(107)

 湧水の泉から少し離れた小屋の中で、ソフィアがお茶用の湯を沸かしていた。

 泉は定期的に様子見や周囲の掃除とかをしているし、万が一の場合でも緊急で対応できるように近くに泊まれる小屋が何軒か用意されているらしい。ある程度の保存食もあるし、その気ならここで一ヶ月くらいは住める場所になっている。

 敷地の中で泊まりがけ――敷地の中で弁当が必要なことにもかなり驚きだけど、更に凄い驚きが重なっていくものだなと実亜は思っていた。

「ミア、昼食を食べようか」

 ソフィアがお茶を用意して、テーブルセッティングをしている。

「はい」

 実亜はクロエから渡された、クッキングシートみたいな紙に包まれた昼食を取り出す。袋状になっている燕麦のパンの中に、香辛料の効いたローストチキンと千切りの野菜が入っている、この世界ではデネルと呼ばれる種類の食べものだ。

「出る時にクロエと話していたが、ミアは昼食を『オベントウ』と言うのか?」

 ソフィアは「一応」と、皿も用意して並べている。

「はい、持ち運べるように小さな箱に詰めた昼食をお弁当って言います。あ、昼食じゃなくても、朝食とか夕食でも言いますよ」

 大雑把に言うと、持ち運べる食事がお弁当――実亜は説明しながら、デネルを食べる。今日のデネルは少し辛みが強めだった。今までも何度も色々なデネルを食べているけど、味付けは本当に家や店――料理を作る人ごとに細かく違っているみたいで、変化があって楽しい。

「ふむ、オムスビは携行食になると言っていたが、オムスビもオベントウの仲間なのか?」

「はい。おむすびとお茶があれば立派なお弁当です」

「成程、討伐隊にも取り入れたいものだが……流石に私の好みが過ぎる提案になってしまう」

 オムスビは腹持ちがいいのだが――ソフィアは真剣におむすびを考えている。なんでも真剣で、なんでも楽しんでいて、いつも素敵だなと実亜は思う。

 二人で誓いを交わしてからもその気持ちはどんどん増していて、この人の傍に居られることが幸せだと思えるのだ。

「あまり日持ちがしないですし、持ち運ぶ時に崩さないようにするのが難しそうですね」

 実亜はソフィアに答えながら、ソフィアの鼻先に付いたデネルのソースを指で拭っていた。

 今、自然にそういう仕草が出来たな――と、実亜が気付いた時にはソフィアが「ありがとう」と、照れている。

「そうだな――崩れたオムスビは何故か少し悲しい気がするし、食べ物にも失礼だ」

 ソフィアはおむすびにも優しい。実亜は頷きながら、そんな優しいソフィアを見つめていた。

「わかります。崩れにくくするのに海苔っていう、海藻を薄く伸ばして干したもので巻いたりするんですよ。薄焼きの卵でも巻いたりします」

 栄養もありますし、味も更に美味しく――実亜は「今度薄焼き卵のおむすびを作ります」と、約束する。ソフィアの喜ぶ顔が見たくて、ちょっと安請け合いかもしれないけど、材料なら手に入るのだし――作りたいと思ったのだ。

 自発的に何かをすることがより増えて、実亜は自分で少しの成長も感じる。

「ふむ、海藻を干したものは帝都にもあるが、オムスビに巻く……成程」

 オベントウには工夫が凝らされているのだな――ソフィアは何度も頷いて、ソフィアにとっては不思議なはずの実亜の話をしっかりと受け止めてくれていた。


「ソフィアさん、食器はここでいいんですか?」

 昼食のお弁当を食べ終えて、実亜は使った食器を洗っていた。小屋のキッチンは、食器棚がそのまま食器置き場のような設計になっている。

「ああ、その板の上に置いてくれれば大丈夫だ」

 食器棚の底板にサラサラした触り心地のいい板が敷かれていて、その板は実亜の手に少し付いていた水滴を一瞬で吸い込む。

「この板、水分が吸い込まれますけど、何で作られてるんですか?」

 不思議――実亜は食器を板の上に置いて、すぐに吸い込まれる水滴を見ていた。板の中に水分が染み込む感じで、縁とか少し窪んでいる場所に水が溜まることもなく、スッと乾くのだ。

「細かな土を練って、平らにして高温で焼いたものだな」

 食器類と作り方はほとんど変わらないけど土が少し違っていて、食器と違って焼く前に釉薬(ゆうやく)をかけない――ソフィアはそんな説明をしてくれた。

「土を焼く……あっ、これが噂に聞く……珪藻土(けいそうど)マット……?」

 言われてみれば、この食器棚の板の感触は素焼きのタイルとかレンガに似ている。ひんやりして、適度に乾いてて――珪藻土マットは確か、きめ細かい土を素焼きしたものだったはずだし。

 テレビかネットの話題でチラッと見かけてから気になっていたけど、そんな買い物をする余裕――特に時間と気力がなくて、謎のアイテムだった。まさかこの世界で発見するなんて、世の中どうなるかわからないなと実亜は思った。

「ふむ、似たようなものがあるのか?」

「その、私の国でも少し前に話題になってたんですけど……実物は見たことなくて」

 こういうものなんですね――実亜は何度も不思議な板を触って確かめていた。

 身近にありそうなものでも、言われないと魔法とか謎の新素材みたいな驚きの品物になるなんて、これも新しい発見だと実亜は思う。

「成程、帝国でもここ数年で流行したものだから、手に入れるには少し時間差があるのかもしれない。リスフォールではあまり見かけないしな」

「お高いとか、作りにくいとかですか?」

 確か、バスマットくらいの大きさのものが二千円とか三千円――こちらで言う六オーツくらいの値段だとしても、簡単な外食六日分と考えれば結構な値段になるだろう。それに、この棚に使われているのは大きな一枚板だから、作るのも大変かもしれない。

「いや――値段はそこまでしないはずだが、特別な土を使うはずだし、この棚に使うくらいの大きなものだと輸送で割れやすいから、職人たちに特別な注文をする形になる」

 土は帝都ルヴィック周辺でしか採れないと聞いたこともある――ソフィアはそんなことを教えてくれながら、何度も棚板を撫でている実亜の頭を撫でていた。

「棚一つにもそんなに大変な手数がかかるんですね……」

「そうだな。服一枚、食器一つにも作る人が居て、皆が少しずつ支え合うように生きている」

「はい。私、改めて勉強になってます」

 丁寧な暮らしが絶対に正しいわけではないだろうけれど、一分一秒を争って取り残されないように生きていた自分には、そういう丁寧さは大事にしたいとも実亜は思う。

「勤勉はいいことだ――まあ、ミアはあまり無理をしない程度にだがな」

 ソフィアは実亜の頭を存分に撫でて、最後にギュッと抱きしめてくれていた。


「ソフィアお姉様、ミアお姉様――おかえりなさい」

「おかえりなさいませ。お疲れはありませんか?」

 泉から離れて屋敷に戻り、馬たちを馬房で休ませつつおやつのポロの実を食べさせていると、アステリアとクロエがやって来た。

 時間はもう夕方で日も暮れ始めていて、アステリアは勉強後の散歩らしい。

「私は大丈夫だが、ミアは疲れていないか?」

 ソフィアは実亜の顔を覗き込んで、少し心配そうだ。

「はい、まだ元気です」

「ふむ、元気というものは完全に枯渇すると大変だ――私に掴まって」

「え? はい。わ……」

 ソフィアの言う通りにして、実亜がソフィアの肩の辺りを掴むと、一気に身体を抱き上げられて、いわゆるお姫様抱っこになっていた。

「元気があるうちに早めに休んだほうがいい。クロエ、夕食は私の部屋に頼む」

 ミアは相変わらず軽いな――ソフィアはそう言って、実亜の額にキスをしてくれる。

「承りました」

 クロエは自分の胸に手を当てて、丁寧な仕草で応えている。

「私もお姉様たちと同じお部屋がいい」

 アステリアが「たまにはお部屋での食事も楽しいもの」と、クロエにおねだりをしている。

「アステリア様、新婚のお二人の邪魔をなさってはなりませんよ」

 クロエはアステリアに笑顔で返して「アステリア様もある程度は大人なのですから」と、続けている。

「はーい」

 アステリアは素直に引き下がっている。

 そこで納得して見守ってくれるんだ――実亜はソフィアに運ばれながら、優しい家族を思っていた。

おむすびにも優しいソフィアさん。

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