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番外編(アステリアとクロエ・7)

(1)

 クロエがクレリー家に勤めて半年――仕事にもある程度慣れて、勉強も少しずつ難しくなってきて、だけどそのどちらもクロエには面白くて凄く充実した毎日を過ごしていた。

 時々故郷の村を思い出して寂しくなるけど、アステリアの我儘が寂しさを紛らわせてくれたりするし、そんなに悪い日々じゃない。

 クレリー家の人たちも、屋敷で働く人たちも皆優しくて、わからないことは丁寧に教えてくれるし、相談にも乗ってくれて、クロエが(つたな)い提案をしてもその意見を尊重してくれたりもする。

 とても、恵まれた環境――だからこそ、一人前になって恩を返したいとも思うのだ。


「クロエ、来月にはお誕生日だけど、何か欲しいものはある? 舞踏会用の服はどうかしら」

 可愛いから職人たちも仕立て甲斐があると思うわよ――ローナがそう言って、朝食の卵を「美味しいわね」と、食べている。

 毎朝の卵を採りに中庭の鶏小屋に行くのは、クロエが初めて一人で任されるようになった仕事だけど、クレリー家の人たちはいつもお礼と味をクロエに伝えてくれて、凄くやり甲斐があった。

「そんな、私には勿体ないことでございます」

 クロエは食卓の傍で、執事長と共に食後のお茶の用意をしながらローナに答える。

「あら、でも、これからクロエは舞踏会に誘われることも増えるでしょうし、練習をしてみてもいいんじゃないかしら?」

 大人になるとそういったお付き合いもある程度大事なのよとローナは笑う。ローナ本人は舞踏より武闘のほうが好きな人――若い頃は「戦場を駆ける乙女」と呼ばれていたそうだけど、愛する人のために公爵家の一員としての色々な作法を身につけたらしい。

「私、大人になったらクロエを最初に舞踏会に誘うの。だから、クロエが先に上手になってないと駄目なの」

 アステリアがそんな長期間の計画みたいな我儘を言い出している。

「ですが、一から仕立てる服ですと、私の一ヶ月分の給金くらいの高級品ですから」

 クロエの給金は、月に五百オーツ――同じ仕事の帝都での平均の給金よりも少し多くもらっている。

 しかし、舞踏会用の衣装になると、出来合いのものを手直しするくらいでも二百オーツはする。一から仕立てるなら、倍以上かかる計算になるだろう。

「毎日違う服を仕立てるわけではないのだし、特別な時のものだからクロエの特別な誕生日に贈りたいのよ?」

 ローナはクロエを見てから執事長のほうを見て「あなたはどう?」と訊く。

「そうですね。私も、クレリー家にやって来て、最初の誕生日に仕立てていただきましたよ?」

 執事長はにこやかに笑って、クロエに言い聞かせているようだった。

「遠慮しなくていいの。お母様、クロエは私のお守りをしてくれてるから、私のおこづかいも使って?」

 アステリアがクレリー家の一員たる言葉で、少し面白いけど優しいことを言い出している。

「アステリア様……」

 まだ子供っぽい我儘は言うけど、アステリアも凄く素敵な人――クロエは不意に温かい気持ちになる。この人と共に成長して行ける自分は、多分幸せだ。

「そうね――クロエの将来と、アステリアの我儘のために、あなたに贈り物をさせていただける?」

 ローナが柔らかな笑顔でクロエを見ていた。

「はい――喜んで、頂戴いたします」

 クロエはその温かな人たちのご厚意というものを、ありがたく受け取っていた。


(2)

「クロエ、髪の毛切ったの? 朝は長かった気がする」

 いつの間に――アステリアがクロエの部屋で盤面の駒を一つ動かしていた。

 小さな駒を交互に動かして戦略を学ぶ遊戯はクレリー家に伝わるものの一つで、貴族の嗜みのようなものでもあるらしい。簡略化されたものはクロエの村にもあったけど、クレリー家に来てから本格的な勉強を始めて、まだアステリアのほうが強いのだ。

「はい。午後からは休みだったので、ばあや様に切ってもらいました」

 クロエは盤面を眺めてアステリアに返す。ここで自分の駒を右の升目(ますめ)に動かせばアステリアの駒を一つ取れるのだけど、動かした近くにはアステリアの他の持ち駒が控えているし、三手先には確実に自分の駒が取られるだろう。

 だけど、駒を動かせるところが他にない――それなら、取られても次に取り返せるように、二段構えにすればいいのかもしれない。クロエは今動かしたい駒ではなく、周囲にある駒で三手先の対応が出来るように動かす。

「長い髪も似合ってたの」

 アステリアは盤面を見て、すぐに駒を動かしている。

「中途半端な長さだと、寝癖を整えるのに時間がかかりますから。えっ、いつの間に王が囲まれて……?」

 一つの駒だけに気を取られ過ぎていたのか、気付けばクロエの持ち駒たちが囲まれている。

 ここからどう動かしても次の次くらいで確実に負ける手しか打てない。

「私の勝ちね? じゃあ、今日は一緒に寝てお話聞かせてね」

 アステリアは得意気にお茶を飲んで笑っている。

「まっ、待ってください。この駒を……いえ、こっち……あ、駄目です」

 どうしても勝てない――クロエは少し足掻いて、アステリアに降参を宣言していた。

二人が遊んでいるのは将棋かチェスだと思います。

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