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馬たちとの付き合い

(105)

「ミアお姉様も馬のお世話ですか?」

 もうすぐ日が暮れる時間――実亜とソフィアが厩舎でそれぞれの愛馬に餌の用意をしていると、アステリアがやって来た。勉強を済ませたあとは、少し散歩をして馬たちにご挨拶をするのがアステリアの日課らしい。

「はい。やっぱり一日に一度はリーファスにご挨拶をしたいですから」

 実亜はリーファスの馬房に新しい飼葉の桶をセットして、リーファスの鼻筋を軽く撫でていた。

 最近は時間があまり取れなくて、朝か夜に飲み水を変えるくらいしか出来なかったのだけど、その間も専門で馬の世話をしてくれる人たちが居るから、リーファスたちは元気だ。

「リーファス、素敵なご主人様だな」

 ソフィアが隣の馬房のリューンを撫でて「リューンも元気でいいことだ」と笑っている。

「ミアお姉様も素敵だけど、ソフィアお姉様もリューンを大事にしてるから、素敵なご主人様よ。ねえ、クロエ」

 この子は私のルシル――アステリアは馬房から顔を出している愛馬を紹介してくれていた。

「はい。それに、アステリア様も毎日馬房や放牧場の辺りを散歩なさって馬たちを見てますから、素敵なご主人様です」

 クロエは「この子はルーディーです」と、ルシルの向かいの馬房に居る馬を紹介してくれる。

 ルーディーは名前を呼ばれたことがわかっているみたいで、耳を軽く動かしてクロエの髪を鼻先でモソモソと弄んで、懐くように顔を寄せて撫でてほしいアピールをしていて可愛い。

「それなら、クロエさんもルーディーに凄く懐かれてますし、素敵なご主人様ですよ」

 勿論、ソフィアさんもアステリアさんも、皆素敵――実亜は自信を持って全員に答えて、謎の循環が一回りしていた。


「ルーディーはね、この厩舎の(ぬし)なの」

 リューンを除けば一番年上だし、優しくて強いの――アステリアが厩舎で馬たちの序列を実亜に教えてくれていた。

 馬は群れの動物で、群れには主――ボス的な存在が必ず居るものらしい。この厩舎は屋敷で働く人たちの馬が二十頭ほど過ごしていて、クロエの愛馬のルーディーはとても賢くて優しいこの群れの主なのだと言う。

「ミア、ルーディーは後ろ足の片方だけに靴下を履いている。名馬の証でもあるんだ」

 勿論、皆可愛いし賢い馬たちだが――ソフィアが馬たちのおやつを手に厩舎に戻って来た。

「あ、本当です。可愛いですね」

 実亜はルーディーを撫でながら後ろ足を確認していた。確かに、後ろ足には白い靴下――ワンポイントで可愛くていい。

「ルシルは私に似て大人しくて静かなのよ」

 アステリアは凄く得意気に自分の愛馬を紹介している。

「え……?」

 ルシルを撫でていたクロエが、不思議そうな顔でアステリアを見ていた。クロエ的にはアステリアは大人しくないらしい。いつも近くに居る人だからこそわかるところなのだろう。

「その疑問、わかるぞ。クロエ――」

 ソフィアが馬のおやつをクロエに渡して、二人で頷き合っている。ルシルはおやつを持ったクロエをじっと見つめて、静かにくださいアピールをしていた。

 アステリアはそんな二人を気にすることもなく、実亜の愛馬のリーファスに挨拶をして、おやつを食べさせている。

「リーファスも可愛い子」

 でも、私のルシルが一番なの――アステリアはクロエと一緒に、ルシルにもおやつを食べさせていた。

「アステリア、馬にも心があるのだぞ? 褒める時は分け隔ててはいけない」

 ソフィアは少し厳しめの表情になって、アステリアをたしなめるような口調だった。

 それほど強い言葉ではないのだけど馬たちとの付き合い方を教えるような感じで、アステリアの次の行動を待っているみたいだ。

「あ……リューンはいつも凜々しくて優しくて、私を覚えてくれてます」

 リューン、一人だけ褒め忘れてごめんね――アステリアはソフィアの言葉にすぐに応えて、リューンを撫でておやつを食べさせて、とても立派な振る舞いをしている。ソフィアはそんなアステリアを見て「少し大人になったな」と笑っていた。

 小さなことだけど、ソフィアたちの生き方が見えたみたいで、実亜は嬉しく思っていた。


「じゃあ、クロエさんは村を代表して、クレリー家に働きにいらっしゃった」

 実亜はクロエに返して、お茶を飲んでいた。

 夕食までの絶妙に空いた時間――実亜たちは軽くお茶をしていた。このあとに食事があるので砂糖とかを使わないお茶だけ――だけど、皆で話す時間は甘くて楽しいものだ。

「はい。ルーディーはその時の餞別で、村で一番強くて賢い馬を預けてくれたんです」

 私には勿体ないくらい素敵な馬――クロエは優しい目で笑っている。

「……クロエさんも、その……村で一番だったから、預けてもらえたんだと思うんですけど」

 だから、勿体ないんじゃなくて良きパートナーになって欲しい的な想いもそこにはあったかもしれないなと、実亜は勝手な推測をする。

 この世界の人たちの馬との付き合い方を見ていると、人生の友のような感じにも思えるから、本当に勝手な推測なのだけど。

「ふむ――村一番のクロエに相応(ふさわ)しい馬を考えた時に、村一番のルーディーを、ということか」

 互いに良き相棒になっているのだから、それは運命とも言える――ソフィアがお茶のおかわりを自分で注いで飲んでいる。

「私より凄い人は沢山いらっしゃいます」

 上を見れば切りがないです――クロエは「それでも学びを止めません」と、固く決意しているようだった。

「クロエは自分に厳しいの」

 アステリアはそう言いながら、自分の飲み終えたカップとソーサーをまとめている。

「しかし、自分を過信せず、弛まぬ努力をするのは素晴らしいことだ。無理をしない程度にだが」

 ソフィアは厳しいけど優しくて、クロエの決意も大事にしていて、ここでも人となりが見えていた。

「ミアどうした? 楽しそうだ」

 実亜のほうを見て、ソフィアが更に優しく微笑んでくれる。

「はい――優しい人たちに囲まれて、楽しいです」

 幸せを形にすることは難しいけど、きっと今がそれなのだろうな――実亜はしみじみと思いながらお茶を飲んでいた。

皆で仲良く過ごす感じで。

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