二人の飴、みんなの飴
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ウェスタを見送って、少し早めの昼食を済ませてから、実亜は中庭の小さな畑で作物の勉強をしていた。
小さな畑と言っても、ちょっとした学校の校庭くらいはあるし、育てられている作物は長細いトマトっぽいものや、丸くなってないキャベツっぽいもの、ほうれん草みたいなものに大根とカブの間みたいなもの、いわゆる薬味やハーブも何種類かある。
実亜はばあやから借りた小さな植物辞典を開いて、作物の名前を一つずつ調べて覚える。植物辞典には詳細なイラストと共に、簡単な育て方と調理法も書かれていて新しい料理も覚えられるから楽しいものだった。
「キャベツ……じゃなくて、ハボタン。ハボタン……なんか聞いたことあるような……」
何処かのキャラクターみたい――実亜は丸くないキャベツの葉と植物辞典を見比べて、その名前を確認する。丁度食べ頃らしく、眺めていると確かに食べ頃で美味しそうだった。
もしかして、健啖家ってやっぱり食いしん坊ってこと――実亜は改めて少し反省する。
「ミア、此処に居たか。飴の試作品が出来たぞ」
ソフィアが小さな丸い缶を手にして、ハボタンの前に座り込んでいた実亜の隣にやって来た。
実亜の目の前で缶の蓋を開けると、中には直径が二センチくらいのオレンジ色の丸い飴玉――表面には砂糖がまぶされていて、光を乱反射して光っている。
「わあ――綺麗ですね。外側の砂糖がキラキラしてます」
実亜は飴を手に取ろうとしたけれど、土とかに触れた手だから駄目と止まっていた。
「なんでも飴の中に蜜飴を閉じ込めるのに苦労したらしい。柔らかすぎると外側の飴を溶かしてしまうし、硬いと食べた時の驚きが減る――と、職人たちの工夫と技が詰まっている」
ソフィアは「ミアがすぐに食べないのは珍しいが、手に土が付いてるのか」と、笑っている。
「はい、素敵です。美味しそうで、プロの人たちの技術って凄いですね」
「プロ……職人と言うことか?」
ソフィアが「口を開けて」と飴を持って構えていた。「一番最初に食べてほしいんだ」と、実亜に飴を食べさせてくれる。
最初に外側のザラッとした砂糖が少し溶けて、そのあとにキンカンと何かの柑橘系の果物の甘酸っぱい爽やかな味が来て――食感でも楽しめる飴だ。
「はい、そうです。職人さんとか、何かに詳しい人とか、専門の技術がある人たちをプロって言うことがあります」
正式にはプロフェッショナルとか言います――実亜は飴を食べながらソフィアに答えていた。
「ふむ、つまり、私はミアのプロということだな?」
ソフィアは実亜を見守りながら、飴を一つ口に放り込んでいる。ソフィアも納得の味らしい。
「なんかちょっと違う気もしますけど、なんとなく合ってます」
私より私を知ってくれているかもしれないです――実亜はソフィアに答えていた。
「あ、中のシロップ――蜜飴が出て来ました」
畑の外側のベンチで、ソフィアと一緒にしばらく飴を味わっていると、真ん中のシロップ部分に到達していた。前に食べた蜜飴よりも少し濃い目だけど、口の中ですぐにとろけてジワッと喉に流れ込む感じがする。
濃度が高い分、酸味も強いけれど最初の一口目に砂糖の甘さが強かったので、丁度良いバランスになっていた。職人という人たちは、ほんの小さな情報からここまで作り上げることが出来て、本当に凄いものだと実亜は思う。
「こちらもだ。成程、酸味は強めだが甘い飴を味わってからだから、後口が爽やかだな」
ソフィアが頷きながら飴の評価をしている。実亜が思うに、ソフィアも相当な健啖家というものではないだろうか――勿論、クレリー家の家業が食と切り離せない面もあるけど、美味しいものを沢山知っていて、実亜が作る料理も抵抗なく食べてくれるし。
「はい、美味しいです。何個でも食べられます」
飴だからそんなにたくさん食べるのも良くないのかもしれないけど、喉には確実に効きそうな気がする。
「ああ、わかる――後を引く味だ。これは人気になるだろう」
ソフィアはうんうんと何度も頷いて、新しい飴の出来上がりを喜んでいた。
「そうだ、この飴の名前は蜜入り飴では何か少し物足りないと思っているのだが、ミアが蜜飴のことを呼ぶ『シロップ』はどうだ?」
名前は大事だからな――ソフィアはそう言いながら、もう一つ飴を食べさせてくれる。
「シロップは蜜っぽいもの全般を指す言葉ですけど、いいんですか?」
「ああ、こういう食べ物はまず印象に残ることが大事なんだ。シロップは珍しい言葉だが、覚えやすい」
「はい、あの、お好きなように使ってください」
私だけの言葉でもないし、何処かに権利がある商品名でもないから――実亜はソフィアに答えていた。
「ありがとう。ミアは凄いな」
ソフィアは飴をなめている実亜の頬を愛おしそうに撫でて、ふわっと軽くキスをして来る。
「そんな――私じゃなくて皆さんが凄いんですよ」
元々あったアイデアだけど、知っているからと言って自分一人で作れるわけでもないし、実亜は断片的な情報を伝えただけで、製品の形にしてくれたのは職人たちで、もっと遡ればキンカンを蜜飴にした人や、そもそも実を育てている人たちの力がないと出来てない飴だ。
一粒の飴だけど、そこには色んな人が関わっていて、だからこの飴は自分だけの功績ではない。
「ふむ、そうだな。皆が凄い――わかるぞ。誰か一人が欠ければ、成し得ないこともある」
ソフィアは実亜の話をしっかりと聞いて、理解を示してくれる。
「はい、私、沢山の人に支えられて感謝してます」
「――ミア、私はミアと出逢えて良かった」
ソフィアはとても綺麗なキラキラの笑顔で、実亜の身体を抱き寄せていた。
「急にどうしたんですか?」
どこにそんな急に「出逢えて良かった」ことがあったのだろう。いつも、出逢えて良かったのと傍に居てくれて嬉しいのはこちらも同じことなのに。
「誰も居ないところでこの場に居ない人への感謝を表せるのは、心から思っていないと難しい。ミアは自然にそれが出来ている。素敵なことだ」
ソフィアが堪えきれない感じで、実亜の身体をギュッと抱きしめて囁く。
「でも、ソフィアさんだって、いつも『ありがとう』って言ってくださいます」
こちらだけじゃなくて、誰に対しても――実亜はソフィアの肩に甘えてもたれていた。
「それは当たり前のことだろう?」
ソフィアは実亜を見つめると、不思議そうに首を傾げている。今の暮らしや立場は、自分一人で手にしているものではないのだから、と。
「でも、素敵なことです。私も、ソフィアさんと出逢えて、幸せです」
実亜はそんな素敵なソフィアに、キスを返していた。
ソフィアは「ふむ、甘酸っぱいな」と笑うのだった。
過去投稿分への誤字報告ありがとうございました。
反映させております。
実亜さんの「ハボタン」は「はばタン」(兵庫県のゆるキャラ)みたいなイントネーションで読んでると思います。




