初夜
(103)
「今日は朝から忙しかったな。疲れてないか?」
風呂上がりのソフィアが水を飲んで一息ついて、ベッドに寝転んでいる実亜を気遣ってくれていた。ソフィアはいつも優しくて、温かい。
「はい、凄く賑やかだったので、まだふわふわした感じです」
結婚式のあとで、夜が更けるまで半日くらい続いた披露宴も終わって、日付が変わるくらいの時間――毎日楽しいけど、今日は特に賑やかで楽しかったから、二人になると急に静か過ぎて少し寂しい気分になる。
だけど、どうしようもない、終わりの見えない寂しさではなくて、未来のある寂しさのような感じだと実亜は思っていた。どんな時でも近くに居てくれる人と、優しい人たちに囲まれていることが改めてわかったから。
「それならいい。このあとは初夜の儀式があるが――ミアは身を任せるだけでいい」
こういうことは年上が指南する――ソフィアの手がそっと実亜の頬を撫でている。ついでに、ウエストの辺りも柔らかく抱きかかえられてからのこの言葉は、つまり、そういうことだ。
「……え?」
改めて言われると少し照れるけど、確かに初夜というもの――そして初夜は今日しかないから、儀式があったとしてもおかしくはないだろう。
「結婚した二人の初夜の儀式だ。互いの愛を確かめ合うために、肌を重ねるんだ」
流石に立会人は居ないらしいけど、特別な夜なのだとソフィアが言う。
「え、えっと……その、あの、とっくにそういうのは通過? したのかと思ってました……」
通過という言い方もおかしいけれど、実亜にはそれしか表現出来ない。初めてそういうことになってから、何度もお互いを求め合っているし。そもそも、毎日一緒に寝ているし。
「ふむ、確かにそうだな。確かめ合わなくても、想いは通じている」
ソフィアはそう言うと実亜の首筋に一度キスをして「少し話そうか」と笑う。
「はい、ソフィアさんはいつも私を大事にしてくださってます」
実亜はソフィアにキスを返す。そして、日頃の感謝を言葉にしていた。言わなくても、ソフィアは理解してくれているだろうけど、言葉にできるならしたほうがいいから。
「それはミアも同じだ。私のことを信じて、共に居てくれているではないか」
今も、こうして――ソフィアが優しい手で実亜に触れていた。
「……最初は、全然わからないところで、私はソフィアさんに甘えてたんだと思います」
「――ふむ」
ソフィアの手が実亜の髪と頭を撫でて、しばらくそのままで実亜の言葉を待ってくれている。
「でも、私も何かソフィアさんの役に立てたらって、ソフィアさんの傍に居られたらって思うようになって――だから、これからも、ご迷惑をかけると思いますけど、よろしくお願いします」
実亜は頭を下げて、お願いとお礼と、感謝と――色々なことをソフィアに伝えていた。まだ全然、全てを言い表せてはいないけれど、ソフィアはいつも、今みたいにちゃんと聞いてくれる人だ。
「任せてくれ。私も、ミアには沢山の心配と迷惑をかけているのだろうが、いつも感謝している」
ミアが居ると、毎日が楽しい――ソフィアは可愛く笑う。いつも大人で格好いいのに、時々見せる可愛さに、実亜は不意にキュンとする。
「ソフィアさん……どうしましょう」
「どうした?」
「ソフィアさんを沢山抱きしめて、沢山キスしたくなってます……」
実亜は目の前にあるソフィアの額に自分の額を引っ付けて、小さく囁いていた。
「キス、くちづけだな。存分に――ミア、愛してる」
ソフィアはもっと甘く囁いてくれていた。
この世界の朝は、いつも柔らかい陽射しが包んでくれる。
そして、温かいソフィアの温度もいつも実亜の傍にあって、一日の始まりを最高な形で教えてくれるのだ。
「ミア……もう起きたのか」
ベッドの中で少し身動いだ実亜の身体を、ソフィアが確認するようにギュッと抱きしめて、深呼吸をしている。
「もう少し寝ます?」
昨夜はわりと遅くまで手取り足取りで「初夜」というものを教えてくれて――実亜は少し思い出して、顔が熱くなるのを感じる。
それなりに知っていて、慣れたことでも、儀式となるとちょっと違った感覚だった。
「そうだな、ミアをもう少し感じていたい……」
ソフィアはそう呟くとまた微睡みの中に戻っている。
「はい――」
今日は二度寝で、これもまた楽しい朝――
「いや、起きなければ!」
「ひゃあ!?」
ソフィアが思い切りベッドから起き上がって、実亜は思わず小さく驚いていた。
「ああ、驚かせてしまった。大丈夫か?」
ソフィアは実亜を軽く抱きしめて「驚かせて申し訳ない」と囁く。
「はい、大丈夫です」
「ふむ、それならいい。今朝は証人をしてくれたウェスタを見送らないといけないんだ」
ソフィアが「しかし、ウェスタは昨日かなり酔っていたから、まだ寝ているだろう」と苦笑いをしている。
「わかりました。準備します」
実亜はベッドで背伸びをして、新しい一日を始めていた。
身支度を整えて、クレリー家の人たちでウェスタを見送る――ウェスタは二日酔いもないらしく、爽やかな笑顔でお礼の品を愛馬の背に乗せている。
「ウェスタ、本当にありがとう――いい友人を持てて、嬉しく思う」
ソフィアも少し手伝って、最後に固い握手で改めての礼をしていた。実亜も続いて礼を言って、握手を交わす。
「今更何を仰います――共に戦った仲ではないですか。ソフィア様、ミア様の言うことをよく聞いて、駄々をこねてはいけませんよ?」
ウェスタは実亜に笑顔を向けてから、ソフィアのほうを見てニヤリと少し冗談混じりでそんなことを言う。
「何故ウェスタもばあやも同じことを言うのだろう……」
駄々はこねていないとは思うが――ソフィアが不思議そうにしている。
「ソフィアお姉様が駄々をこねそうだからじゃないんですか?」
アステリアがウェスタの愛馬を撫でながら、ソフィアに厳しい。多分、姉妹ならではの遠慮のなさだと実亜は思う。仲がいいから許される冗談のようなもので、それは多分、ウェスタやばあやの言動にも通じるもので、厳しいけど小さな優しさのある冗談とでも言うのだろうか。
「ふむ……成程」
ソフィアが真剣に頷いて、ウェスタとアステリアの言葉に納得していた。
「納得しないでください。ソフィアさんはいつも優しくて、私が甘えてますから、大丈夫です。あれ? 大丈夫じゃなくて、その、あまり甘えないようにします」
「ふふっ――ミアは優しいな、ありがとう。甘えてくれていいんだぞ?」
実亜の謎の励ましにソフィアが笑って答えてくれる。
「本当に、仲睦まじいお二人で幸せを分けてもらった気分ですよ」
それでは、また――ウェスタは馬に乗ると、クレリー家を後にしていた。




