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披露宴

(102)

「ミア、飲んでいるか」

 結婚式そのものは短時間で終わって、いわゆる披露宴のような席で、ソフィアが酒の瓶を手にして、実亜に「遠慮せず飲んでくれ」と笑っている。

 華やかなウエディングドレスはもう着替えて、気楽な披露宴だった。

 実亜のウエディングドレスはこのあと、ローナが買い取った店――ある意味オーナーの店で、新しいデザインの花嫁衣装の見本として展示して、オーダーメイドの受注をするらしい。

 商才が凄いというか、商魂たくましいとはこのことだろうか。

「はい、お酒って美味しいですね」

 ふわふわします――実亜は少し(とろ)けるような感覚で文字通り酔っていた。

 披露宴とは言え、格式張らない宴会みたいな場は、それだけでもふわふわ楽しいものだ。

「ああ、私もコメの酒を飲むのは三度目くらいだが、甘みがあって飲みやすい。塩釜焼きの鶏肉とも合うし、いつもより酒が進む」

 何度目かの乾杯を交わして、ソフィアが笑う。そして、実亜にも鶏肉を食べさせてくれたりして、いつもと同じように優しい。鶏肉は香草を混ぜた塩で包んで丸ごと焼くスタイルだった。

「ソフィア、ミア様、改めておめでとうございます。早速の仲睦まじい姿――美味しいです」

 フルーツの皿を持ったウェスタが、凛々しくも華やかに改めてお祝いの挨拶をしてくれていた。

「ウェスタは少し酔っているな」

 ソフィアがウェスタの皿からフルーツを一つ受け取って、齧り付く――そして酒を飲んで「ふむ。果物とも合う」と納得している。

「え? 酔って……? さっきまでと全く同じに見えます」

 顔色も変わってないし、歩き方もしっかりしているし、気遣いもしてくれているし――

「私を呼び捨てにする時は酔っている」

 昔からこうだ――ソフィアが面白そうに笑っていた。

「そうです。ソフィアの仰る通り、私は酔ってます」

 ウェスタは髪をかき上げて、何度も頷いて「酔ってますよ」と言う。

 名前以外は丁寧で、酔ってることが把握出来る酔い方で、しかも自己申告なんだ――実亜はちょっと面白い酔い方のウェスタと一緒に頷いていた。

「ウェスタ様、冷たい水です」

 クロエがミネラルウォーターの瓶をウェスタに渡して、また食事をしている。今日は使用人だとかは関係なく、好きに振る舞って良いらしい。無礼講というものだろうか。

「ありがとう――クロエは今日も可愛いですよ?」

 ウェスタは上機嫌にクロエに返して、水を一気に飲んでいた。

「いつものお戯れをありがとうございます」

 クロエが物凄く軽くウェスタをあしらっている。クレリー家の人たちには馴染みの酔い方らしくて、みんな優しいけど適度に突き放す感じみたいになっていた。

「ウェスタ様は素敵な方ですけど、酔うと少し変になるのが困ったところなんです」

 アステリアが「お酒ってそんなに楽しいの?」と、言いながら楽しそうだ。アステリアはまだ酒類を飲んではいけない年齢なので、お酒で酔う感覚が羨ましくも少し怖いらしい。

「でも、面白い酔い方ですね」

 実亜は次々に注がれる酒をチビチビと飲みながら、楽しい人たちを見ていた。

 宴会の場は賑やかで、みんなが笑顔で楽しそうに食事をして酒を飲んで――騒がしいけど、それも安心が出来る騒がしさなのだ。

「ミアの国の酔っ払いはどんな感じなんだ?」

 ソフィアはもうウェスタを酔っ払い扱いしていて、こっちもいつもより上機嫌になっている。もっとも、不機嫌なソフィアを見たことはないのだけど。

「えっと、歌ったり踊ったり? 私はそんなに賑やかな場には遭遇したことはないですけど」

 花の咲く時期は花を見ながら宴会です――実亜は食事をしながらソフィアに答えていた。

「ふむ、あまり変わりはないのか。ミアの国の歌はどんな歌なんだ?」

「昔からある歌だと、感情を込めて海の風景とか山を越える気持ちとかを歌ってたりします」

 勿論流行に合わせた色んな歌があるけど、長く歌われているのはそういう歌が多くて、年末には歌手が新旧取り混ぜた歌合戦をする――実亜は説明しながら少し変な説明だなと思ったけど、概ね間違ってないしそれしか言い方がなかった。

「海の風景か……ミアの国は島だと言ってたな」

 ルヴィックとはまた違った海の歌なのだろう――ソフィアがルヴィックの海の歌を少し歌ってくれた。いわゆるポップス的な少しテンポの速い歌で、メロディは実亜の知っている洋楽に近い。

「はい、周囲が海です。穏やかな歌も激しい海の歌もありますよ」

 実亜はソフィアの歌に拍手をして答える。ソフィアの声は聴いていて心地がいいものだった。

「ミア様の歌も少し聴かせていただけませんか」

 ウェスタが酒の瓶から酒をグラスに注いで飲んで、注いで飲んでを繰り返している。多分、そのまま瓶から飲んだほうが早いのだけど、グラスなどの何かを飲む食器がある場合には、それはあまり良くないらしい。

「え? 私、歌も下手なので……」

 カラオケも高校時代の一度、何かの数合わせでしか行ったことはないし、そこでは他の人たちが盛り上がってたので、一曲もまともに歌わなかった。

 合唱の授業とかもあったけど、大体隅のほうで小さく声を合わせるだけだったし――でも、歌はそれなりには好きなのだけど。

「ミア、皆は元の歌を知らないのだから、例え下手だったとしてもわからないぞ?」

 ソフィアが自信たっぷりに励ましてくれる。私の歌だって褒められたものではないのだ、と。

「言われてみれば……あっ、ソフィアさんの歌は素敵でしたよ?」

 実亜の言葉にソフィアが少し照れ笑いで応えてくれる。

「もし、ミアがいいのなら歌ってみてほしい」

「は、はい……えっと」

 ここはもう歌うしかない。みんなでソフィアと自分を祝ってくれているのだし、そこにもう一段の楽しさがプラス出来るなら、恥ずかしいとかはちょっと置いておいて――歌は下手でも、賑やかし程度でいいから。

 実亜は息を吸って、昔から歌われている冬の海峡がテーマの演歌を少し歌っていた。

 北国へ帰省する人たちがこれから挑む冬の海――船で海を渡るストーリーで実亜のイメージだと物悲しさを感じるものだから、披露宴には適切な歌じゃないなと思った。

「ふむ――なんと言えばいいか……不思議な節回しだが落ち着きもあって、時々激しくなる海も見えるようだ。私は好きだぞ」

 ソフィアは目を閉じて実亜の歌声に合わせて身体を少し揺らしながら、頷いている。

「ミア様、私の村の子守唄に少し似ています」

 クロエがアステリアにブドウジュースを注ぎながら、確認している。

「私も、クロエの子守唄を思い出しました」

 小さい頃はよく歌ってくれたの――アステリアが可愛く笑っていた。小さい時――確かクロエはクレリー家で働いて五年くらいだと言っていたから、十歳くらいの頃だろうか。その頃から二人仲が良いのだなと、実亜は少し嬉しく思う。

 此処に来てから、大事な人や優しくしてくれる人たちばかりで、自分もそんな人たちを大事に想うようになれた――自分のことだけしか見えていなかった時は本当に必死だったけど、少し余裕が出来て誰かを想えるのも心地がいい。

「そちらも聴きたいものです」

 ウェスタはまだグイグイ酒を飲んでいる。しかし、見た目には全然酔ってない。

「クロエ、歌って?」

 アステリアがクロエの服をキュッと掴んで、更に可愛くおねだりだ。

「はい」

 クロエはアステリアに優しく笑って返すと、すうっと息を吸って緩やかな歌を歌い始める。

 歌声は伸びやかで、少しだけ民謡みたいなこぶしというかビブラートがかかって、アクセントになっていた。さっきのソフィアの歌と比べたら、馴染み深いメロディだ。

「穏やか……私の知ってる子守唄にも似てます」

 不意に、懐かしい感覚が実亜の胸に湧き上がる。戻りたくはない。辛い記憶だってある。だけど、そんな日々を過ごしていなければ、今こうして毎日を大切には思えなかっただろうから、大事な懐かしさだった。

「素敵な歌でした――私も一曲」

 酒の瓶を持ったままウェスタが立ち上がって、手拍子で少し軽い歌を歌い出す。

 物凄く素敵な声が高らかに広間に響き渡ると、広間のみんなが一緒になって盛り上げ始める。


 そして、次から次に歌声が重なって、賑やかな披露宴が更に賑やかになっていた。

実亜さんは津軽海峡冬景色辺り歌ってそうです。

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