結婚式
(101)
「ミア、綺麗だ。素敵だ。私は幸せ者だな」
緩やかな日々が続いて、今日は結婚式――ソフィアがウエディングドレス姿で、同じくウエディングドレス姿の実亜を見つめて笑っている。
ここ数日の実亜は、ソフィアと乗馬を楽しみながらクレリー家の敷地を見学したり、新しい商品の研究開発アドバイザー的な仕事をさせてもらったりで、少し忙しく楽しい日々を送っていた。
クレリー家の職人たちは凄く器用で仕事も早くて、自転車はもう人が乗れる試作品が出来ているくらいだ。
「そんな、ソフィアさんのほうが何百倍も、何千倍も素敵です」
いつものソフィアの姿とはまた違って、ドレス姿も素敵――鍛えられている人の身体は描くラインからもう綺麗なのだから。
「お二人とも素敵でございますよ。花嫁はいつの世も輝くものでございます」
ばあやが忙しく二人のドレスを整えながら、物凄く嬉しそうにテキパキと式の段取りを指示している。
実亜のドレスはスーツのデザインを襟元に取り入れたもの――スーツの時は何も感じなかったけど、ドレスになると素敵なデザインなのだなと新たな発見があった。
あとはクレリー家と縁のある立会人が到着したら、式が始まるらしい。
昨日はソフィアと二人で簡単なリハーサルもしたし、式自体は誓いの言葉を交わすもの――実亜の故郷の結婚式――盃で酒を酌み交わすという少なめの情報だけだったけれど、それも上手く組み込んで、帝都では珍しい、米で作られた酒も用意してくれたという。
「はい、お綺麗です」
執事見習いのクロエも執事長と共にばあやを手伝いつつ、結婚式の段取りを再確認していた。クレリー家で働き始めてから初の結婚式らしく、ノートを出して一生懸命にメモをしている。
クロエの出身地の村だと、結婚式の三日前から本人たちが別々に過ごさないといけないそうで、帝都の結婚式とは全く違うと言う。
「立会人のウェスタ・ディール・クロース様がいらっしゃいました」
控室のドアがノックされて、きらびやかな騎士服を着たウェスタが現れた。ソフィアたちがいつも着ている騎士の制服の戦いやすそうなデザインとは違って、勲章のようなものが沢山着いていて、襟元や袖口にも華やかな装飾が施されている。
騎士の礼装というものはこういうものなのか――これもこれで、ソフィアにも似合うだろうと実亜は思っていた。
「この度はおめでとうございます。ソフィア様が伴侶だと仰っていたので、結婚式は済んだものかと思ってました」
ソフィア様は大体いつも急なことを言う――ウェスタは苦笑いで案内された椅子に座っている。
「ミアを知っている私の友人は帝都ではウェスタだけだから、お願いしたんだ。快く引き受けてくれてありがとう」
ソフィアはドレス姿でウェスタと挨拶をしている。動きにくそうなドレス姿でも、ソフィアは身のこなし方が綺麗だ。元々公爵家の人だし、こういう服装にも慣れているのだろうなと、ドレスに慣れない実亜は思っていた。
「知っていると言っても、ミア様とは関所でご挨拶を交わしただけですよ?」
ミア様、ご機嫌は如何ですか――ウェスタは実亜の緊張を解くような笑顔で挨拶をしてくれた。
「本日はありがとうございます。おかげさまで元気です。関所ではお世話になりました」
実亜はウェスタに丁寧に礼を言う。ウェスタは人懐っこい笑顔で受けてくれていた。
「こちらこそ。ソフィア様をよろしくお願いいたします」
ウェスタはソフィアと同期の騎士らしい。ソフィアは昔から大事な用事を直前になって言うことがあるのだと苦笑いだ。
「そんな、よろしくお願いしないといけないのは私のほうでして……」
実亜はお辞儀でウェスタに返す。どうしてもお辞儀をする癖が抜けないけど、最近は少し開き直れるようになってしまった。此処の人たちは少しくらい習慣などが違っても、楽しそうに受け入れてくれているから甘えているのだけど。
「何を仰います、ソフィア様が背中を預けようと心に決めたお方――只者ではないとお見受けしています」
ウェスタが実亜のお辞儀を真似て、二人で一緒に何度もお辞儀し合う。こちらの世界でもお辞儀という習慣が全くないというわけではないので、ウェスタは「異国の文化もいいですね」と、楽しそうにしている。
「ウェスタ、よくわかったな。ミアは只者ではない。その強さで私を守ってくれるんだ」
ソフィアが物凄く嬉しそうに、実亜の肩を抱いて謎の自慢をしていた。
「えっ、私、全然弱々ですよ?」
実亜は慌ててソフィアに返す。身体はわりと丈夫な感じだと自覚してきたけど、その他の方面では決して強くはないはずだ。
「ふむ、弱いということか。ミア、弱さの中にも強さというものはあるのだぞ」
逆もまた然り――ソフィアは「ミアもいつか気付くだろう」と、得意気だ。
「そうですよ、ミア様。ミア様はお優しくて強うございます」
ばあやが「さあ、式が始まりますよ」と気合いを入れている。
「……はい、あまり実感はないですけど、皆さんのおかげで少しは強くなれてたんですね」
実亜はしみじみと優しい人たちに感謝をしつつ、結婚式へと向かっていた。
「此処に――ソフィア・ウェル・クレリーとミア・ユーキの結婚を宣言する。双方に異存はございませんか?」
クレリー家の大広間――粛々と結婚式が進んで、二人で誓いの言葉を交わす段階になっていた。
あまり大袈裟にならないように招待する人数を控えてくれたらしいけど、それでも大広間では百数十名が二人を見守ってくれていて、式の区切りごとに拍手が巻き起こる。
今は集まった全員が二人の言葉を待っているから、呼吸音さえ聞こえないくらい静かだ。
「はい、この名と信念にかけて、大切な人と共に生きる生涯を誓います」
ソフィアが凛々しく、だけど優しく実亜を見つめて、手を差し伸べて誓いの言葉を口にする。
「はい、私も――この世界で巡り逢えた、大切な人との生涯を誓います」
実亜もソフィアに続いて優しい人に誓う。差し伸べられた手に、自分の手をしっかりと重ねて。
最初は、全く知らない世界に戸惑っていたけれど、この世界に馴染んでいく度に戸惑いは減って、傍で受け止めてくれるソフィアのことを大切に思うようになった。
勿論、他の沢山の人も大切で、この世界が大好きで――だから、これは運命なのだと受け止める決心もしていた。
「立会人、ウェスタ・ディール・クロース――此処に二人の確かな愛と誓いを見届けた」
ウェスタが高らかに二人の結婚を宣言して、一瞬静かになった大広間が、万雷の拍手と歓声で揺れる。前の世界で言う「フロアが揺れる」とは、こういう状態のことなのだな――実亜は驚きながらも、ソフィアと笑顔で見つめ合っていた。
「皆、一度落ち着いてくれ。次はミアの国の習わしだ。ミア――さあ、酒を酌み交わそう」
盛り上がりが少し落ち着いて、ソフィアが次の段取りの合図をすると、厳かに酒の入ったグラスが運ばれてきた。
見守ってくれる人たちの中から「結婚の誓いで酒を飲むのはいいな」とか「あれはコメの酒か、なるほどなあ」とかの声があがる。
「ミア――」
ソフィアがグラスを実亜に渡して、笑顔で促してくれていた。
「はい」
実亜はグラスを手に持って、そっと何口か分の酒を飲む。そして、グラスをソフィアに渡すと、ソフィアもそっとグラスに口をつけて酒を飲んでいた。
実亜が居た前の世界では、儀式のルールやマナー的に間違っている方法なのだろうけど、二人の儀式としてはこれで正解なのだと思う。
その証拠に、飲んだ酒は実亜の身体に染み渡るように広がって、誓いと共に自分の一部になっている感覚が確かに存在していた。
「ほう……なるほど、ミア様の故郷の……これはいいものを見られた。今――此処に更なる誓いを捧げた二人に祝福を!」
二度目のウェスタの宣言に、一旦静かになっていた大広間が再び盛り上がる。
盛り上がりは加速して、何処かから二人に「くちづけを」という声が聞こえてきた。そういえばリハーサルには誓いのキスはなかったなと、実亜は盛り上がる人たちを見ていた。
そして、これだけの人が祝ってくれる――ソフィアはクレリー家の人だから、みんなが祝うのは当たり前のことなのだろうけど、何者なのか定かではない実亜にまで、分け隔てのない祝福の言葉を惜しみなく――それも嬉しかった。
「ミア――」
「は、はい」
盛り上がりに乗ったソフィアの手が実亜の頬を包んで、優しい微笑みでそっとくちづけを――その間は大広間が一瞬だけ静かになって、その後、二人は三度目になる割れんばかりの拍手喝采に包まれていた。
わりと自由な結婚式です。
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