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誰かの助けに

(99)

 実亜は地震への備えと起きた時の身の守り方――慌てずにしっかりとした柱の多い場所で身を守ることとか、倒れそうな家具からは離れることをクレリー家の人たちに説明していた。

 本格的に揺れる寸前に、初期微動という本当に(わず)かな揺れが起きる時もあると伝えると、ソフィアも一緒になって不思議そうにしながらも「成程、その前兆でミアは備えが出来たのかもしれない」と、頷いてくれる。

 しかし、揺れの最中は頑丈な机の下などで身を守ることだとか、この世界と共通した方法もあって、意外と身近に思ってもらえたようだ。

 もう少し詳しい話はばあやが記録して、手引書――マニュアルにする予定らしい。これはなかなか責任重大なことだから、自分でもしっかり思い出して答えないとな――実亜はそう決意していた。自分の知識で、万が一の災害時に被害が減るかもしれないから。

 多分――そうして少しでも誰かの役に立てるように生きるのが、自分のこれからの役目だとも思う。

 一時間にならないくらいの実亜の地震対策の話が終わる頃には、敷地内の確認に行っていたアイルマーも屋敷に帰って来て、全員と敷地の無事が確認されていた。


「ミア、貴重な話をありがとう。しかし、ミアはか弱く見えて強いな」

 とりあえずの話が済んで、皆がそれぞれの今日の仕事などに戻っていた。ソフィアは父親のアイルマーと剣の修練に向かって、実亜は自分の服を洗濯だ。ソフィアは廊下を歩きながら実亜に笑いかけてくれる。

「いえ、そんな。私の居た国だと少しの揺れなら、皆さん私と同じような反応なんですよ?」

「ふむ、緊急時の心構えが違うのだな。ルヴィックでも魔物に対しては常に心構えをしているが、ミアの国はそれが地震に対してなのかもしれない」

 しかし、見えない地震への備えは相当難しいだろうと、ソフィアが考えごとをする時の癖で親指を顎に当てていた。そこに至るまでの過程は決して平穏でも簡単なものでもない、とも小さく呟いて。

「はい、多分そうです。その……沢山の地震災害があるので、教訓にしてるんだと思います。悲しくて辛い思いは、出来ればしたくないし、させたくもないですから」

 私が覚えているだけでも大きな災害は何度かありました――実亜は答えていた。誰かを救えるだなんて大それたことは思っていないけど、目の前で困っている人のほんの少しの助けにはなりたい――これも大それた願望だろうか。

「そうだな。今日も勉強になった――」

 ソフィアが実亜の頭を軽く撫でてくれる。

「ソフィアさん……ありがとうございます」

「ああ、洗濯を楽しんでくれ。疲れているならぐっすりしても良いぞ?」

「はい、少しぐっすりするかもしれません」

 実亜の言葉に、ソフィアは笑って剣の修練に向かって行った。


 実亜は自分の洗濯物を部屋の洗濯場のシンクに入れて、粉石鹸を振りかける。そして、水をかけながらブラシを手にして軽くトントンと叩いて汚れを落とす。この作業にも慣れたもので、回数をこなす度に手際が良くなっているのが自分でもわかる。洗濯機は洗濯機で楽なのだけど、手作業で洗濯するのもまた違った楽しさがあるのだ。

 でも、仕事をしていたらこういった生活を整えるための家事に時間を割くのは難しい――だけど、家事も立派な仕事だから、皆で分担しつつ成り立っている。そして、家電などの機械の進化で生活や仕事の在り方も変わるものだったりする。

 世の中の仕組みは常に変化しつつ、なるようになっているのだなと、実亜は洗濯をしながら考えていた。この世界にもいずれ洗濯機や掃除機が出来て、電車や自動車も出来て――みたいな。

「やっぱり、忙しすぎるのが向いてなかったのかな……」

 実亜はテキパキと洗濯を進めながら一人呟く。人は誰でも向き不向きがあるだろうけど、自分は一分一秒を争うように生活する社会には向いていなかった――その代わりに、リスフォールやルヴィックでの生活には馴染めているし、過ごしていて落ち着く。

 そして、それはどちらが良いとか悪いとかではないものだとも実亜は思うのだ。


「ミア様――ご様子伺いとお手伝いに参りました」

 粉石鹸で洗う作業が一通り終わった頃――部屋のドアがノックされた。「どうぞ」と答えると、クロエが「失礼します」と瓶の飲み物を手に入って来る。

 今日は休日なのだけど、どうも休めなくて何かしたいと言うのだ。

「えっ、ありがとうございます。でも、ほとんど終わっちゃいました」

 あとは何度かすすいで石鹸を流すだけ――実亜は一旦手を洗って、小休憩に入る。クロエが渡してくれた瓶は果物のジュース――ラベルに黒インクだけで描かれている絵はリンゴと見慣れない果物だった。

「では、ご一緒にサイダーを飲んでから、すすぎだけでもお手伝いを」

 クロエは瓶の蓋を開けて「お先に失礼します」とジュースを飲んでいる。

「いいんですか? ありがとうございます。いただきます」

 炭酸飲料ではないみたいだけど、こちらでは瓶に入った飲み物は大体サイダーと言うらしい。実亜はまた一つ新しいことを覚えていた。

「いえ、今朝はありがとうございます」

 クロエはまだ皆の動揺は完全には収まってないですと、苦笑いをしている。

「今朝の地震のことですか?」

 実亜はサイダーを飲んで味を確認しながら答えていた。リンゴと、少し酸味のあるベリーっぽい味がなんとなく感じ取れる。

「はい。私ではアステリア様に安心していただけなくて……私自身も子供の頃の朧気(おぼろげ)な記憶しかなかったので、せめてお怪我のないようにお守りするのが精一杯でした」

 クロエはそう言って、小さく溜息をついている。アステリアは慌てて騒いだりはしなかったものの、地面が揺れるという初めての出来事にそれなりに衝撃を受けていたそうだ。地震というものは話としては多少は伝え聞く程度だったものの、話を聞くのと実際に経験するのとでは違うとクロエは言う。

「じゃあ、お二人とも生まれて初めて地震に遭遇したんですから、怖くて当たり前ですよ」

 クロエの話は物凄く当たり前のことだし、むしろ多少でも慣れている実亜のほうが、こちらでは変わった存在になる。実亜自身を振り返れば、この世界に出るという魔物――もし遭遇したら自分だって冷静では居られないだろうから。

「しかし、クレリー家にお仕えする身としては不覚です」

「でも、アステリアさんをお守り出来たんですから、凄く素敵です。傍にそうして守ってくださる方が居るのは、何よりも安心出来ますから。大体、クロエさんだって怖かったでしょうし」

 それでもアステリアさんを守ったことは、凄い。何よりも、誰かを守れることがもう凄いことだから――実亜は沢山の言葉を尽くして、心からクロエに答える。

 多分、クロエは(かす)かな弱音を実亜に伝えてくれているのだろう。誰にも言えない弱音は、一人で抱えて心の中に溜まると、もっと重くて辛くなることを、実亜は身を持って知っていた。

 だから、本当に小さな力だけど、力になりたかったのだ。

「……はい、そう考えるようにします」

 クロエは目を閉じて、実亜の話をしっかりと聞いてから頷いて、小さな笑顔で答えてくれた。

「私も、ソフィアさんがいつも傍で守ってくださるので、あまりよく知らないところでも安心して過ごせてますし」

 馬で旅をするなんて、前の自分では本当に考えられないくらいです――実亜も笑顔で返す。

「そうなんですか? 私も初めて帝都に来た時は、村とは違って人が多くて忙しい街で――上手くやっていけるのかなって思ってましたけど、初日からアステリア様が駄々をこねてくれたので、知らないうちに少し力が抜けてました」

 クロエも笑顔で、そんな昔話を――

「えっと、五年前ですから、アステリアさんは十歳くらい? 今も可愛いですけど、可愛かったでしょうね」

「はい。今はかなり大人としての自覚も出て来ましたけど、それはもう私を困らせて……」

 実亜とクロエの二人で、それぞれの大事な人の話で盛り上がっていた。

それぞれにそれぞれが大事な人。


前回投稿分への誤字報告ありがとうございました。反映させております。

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