経験が役立つ時
地震の描写がありますので、ご注意ください。
(大きな災害ではありません)
(98)
「ミア、おはよう。調子はどうだ?」
心地のいい目覚めはソフィアの声が真っ先に聞こえて、嬉しい。実亜はゆっくりと目を覚まして起き上がっていた。
「はい、ぐっすりしたので、元気です」
ソフィアの口癖が自然と感染っている――実亜は少し面白く思う。何ヶ月か一緒に過ごすと、こっちの口癖が感染って、更に返ってきて無限ループなのかも、なんて。
「そうか。私は今日、父上と剣の修練があるのだが――」
「じゃあ、お邪魔をしないようにおうちのお手伝いをしてます」
自分の服も洗濯しないとです――実亜はちょっと溜まった洗濯物を見ていた。これまでに沢山の服を買ってくれているから、ちょっと溜めても着替えは問題ないのだけど。
「そうだな。実亜も息抜きが必要だし――私がベタベタ? していては休まらないだろう?」
着替えをしながら、ソフィアは少し遠慮がちに実亜に笑いかけてくれる。
帰省してから嬉しくてミアを振り回していたしな。と、しなくていい反省までして。
「ソフィアさんはいつも優しくしてくださるので、嬉しいですよ?」
いつもありがとうございます――実亜はペコリと頭を下げていた。
やっぱり馴染んでいるお辞儀は、すると気持ちが伝わる気がする。ソフィアも丁寧に実亜の礼儀作法を受け取ってくれる人だから、沢山の想いを込めて、時々してしまうのだ。
「ミア――」
着替え終わったソフィアが、大事そうに実亜の名前を呼んでくれて――その時、部屋が小さくカタカタと揺れた。
「あ、地震……?」
小さなカタカタは、少し大きくなって本格的な揺れに変わる。
「ミア! 棚から離れて床に伏せろ!」
「え? ひゃ……」
ソフィアが実亜の身体を強く抱きしめて、守るように覆いかぶさって床に伏せていた。
実亜は守られながら、大体の震度をなんとなくの感覚で計っていた。震度三には行かないくらいの震度二だろうか。どちらにしてもそんなに大きな揺れではなくて、棚に置いてある花瓶とか絵画などの調度品が少し揺れて、カタカタと音を立てているくらい――
「……収まったか? 無事か? 怖くはなかったか?」
しばらく続いた揺れが収まって、ソフィアが様子を見ながら実亜を立ち上がらせてくれる。
「はい、そんなに大きな揺れじゃなかったみたいですね」
実亜は「守ってくださってありがとうございます」と、ソフィアに礼を言う。
「……しかし、地震だぞ? 地面が揺れるなんて、大変なことではないか」
ソフィアが不思議そうに実亜を見て、その手で頬を包んで何度も「大丈夫なのか?」と心配そうだ。部屋の外からは屋敷で働いている人たちの慌てている声が聞こえる。
「震源は遠目みたいですけど――えっと……もしかして、こちらはあまり地震は起きないんですか?」
小さな揺れ――初期微動から少ししっかりした揺れまでそんなに時間がかからなかったけど、横揺れだったし震源はまあまあ遠い。でも、ソフィアを見ていると、どうもそういった段階の話ではないみたいだ。
「私の覚えている限りでは二回目だが……」
ソフィアは二十八歳だから、十五年に一度くらいの感じ――それは実亜から考えると相当地震が少ない。それなら地面が揺れると怖いし驚くだろうなと、実亜は思った。
それでも、ソフィアは真っ先にこっちを守ってくれて、凄く勇敢で――流石だ。
「ソフィア様! ミア様もご無事ですか?」
ばあやが部屋に飛び込んで来て、二人の無事を確認してから一息ついていた。
「こっちは無事だ。母上やアステリアは? 家の者たちも無事か?」
ソフィアが素早く安否の確認をしている。
二人の様子を見ていても凄く真剣だし、本当に大変なことなのだと実亜はまたこの世界の仕組みみたいなものを発見していた。
「皆無事です。アステリア様にはクロエが付いております。ミア様……怖くて緊張なさって……」
ばあやは二人の真剣なやり取りを見ていた実亜に、優しい笑顔で「大丈夫ですよ」と言ってくれていた。
「いえ、あの……そんなに大きな揺れではなかったですし、お屋敷もしっかり――頑丈そうなので怖くはなかったです」
でも、ご心配ありがとうございます――実亜はばあやに礼を言っていた。
多分、この世界では地震に慣れている人が少ない――百五十歳になるばあやでさえも慌てるくらい大変なことなのだ。そもそも地震に慣れているのも不思議と言えば不思議なのだけど。慣れすぎては油断して危険なことにもなるのだから。
「まあ……なんと頼もしい……クレリー家の誇る武勇に勝るとも劣らない胆力でございます」
ばあやが物凄く感激している。
「ミア、もしかして、ミアは地震に慣れているのか?」
ソフィアはまだ「本当に大丈夫か?」と、実亜の顔を覗き込んでいる。明らかにみんなとは違う反応をしてるのだから、それはそうなるだろうなと実亜は心の中で納得していた。
「はい、慣れていると言うか、一ヶ月に二回くらいは起きてました。でも、たまに強い揺れになる時もあるので、揺れ具合を判断しながら、行動を……して……ました」
学校でも基本の避難訓練や地震の仕組みの勉強をします――実亜の説明を、ソフィアとばあやの二人で興味深そうに頷きながら聞いてくれていた。
私の居た国では地震が多くて、何度も大きな地震災害が起きて、だけどそれぞれが出来ることで協力し合って復興や備えをしている――実亜は丁寧に説明をする。
「ふむ……ニホンという国は不思議だな……こんなに華奢なミアでもそんな強さを秘めているのか」
ソフィアも物凄く感激している。そんなにだろうか――避難訓練とかはある意味では常識だったので、新しい驚きでもある。
「……あの、そんなに凄いことじゃないですよ?」
実亜は謙遜半分、自分の常識を疑う感じ半分でソフィアとばあやに答えていた。
「いいえ、凄いことでございます」
このばあやでも地震に遭った経験は五回もないくらいですし、経験は宝です――ばあやが力強く実亜を励ましてくれていた。
「そうだ。ミアはその強さを誇っていい。私でも地震は少し怖いくらいなんだぞ?」
魔物とは違って姿形は見えないし、いつやって来るのかわからないし――ソフィアは真剣だ。
「……そうなんですか? その、咄嗟に守ってくださったので、流石騎士様だなと思ってました」
「あれはミアを守ろうと自然に……」
照れ笑いだけど、ソフィアがやっと笑ってくれた。つまり、かなり緊張の中に居たのだと、実亜にはわかる。大事な人だから、わかるようになっていた。
地震の騒ぎが少し落ち着いて、実亜たちは頑丈な柱が何本もある広間に入っていた。魔物が出た場合などの緊急時に集まる場所として決まっているらしく、クレリー家で働いている人たちが十数人避難していた。
「ソフィア様、ミア様もご無事のようで安心しました」
クロエが実亜たちを見て、ホッとした表情になっている。
「こちらは大丈夫だ。クロエ、心配ありがとう」
ソフィアはここは流石クレリー家の人として、キリッと凛々しくしていた。
「お姉様――」
アステリアがソフィアに抱きついて「怖かったです」と、まだ少し震えている。クロエが言うには生まれて初めて地震という現象に遭遇したらしい。それは怖いだろうし、ショックだろうなと実亜は思う。
「アステリア、もう心配するな。これからはミアを見習えばいい」
ソフィアはアステリアの背中を軽くさすって、安心させるようになだめていた。
「ミアお姉様を?」
アステリアが実亜を不思議そうに見ている。そういえば、ミアお姉様は落ち着いている――と。
「ああ――ミアは地震に慣れている。今度、心構えを教えてもらうといい」
「はい……慣れてるのですか?」
ソフィアの説明にアステリアはキョトンとして、怖くて震えていたのも止まっている。
「その、私の居た国は地震が多いんです」
実亜はアステリアに一言断って、そっと頭を撫でさせてもらう。大丈夫だよとの気持ちを込めて、ソフィアと二人で――
「大変なの……」
アステリアはすっかり、実亜の不思議のほうに気を取られているみたいだった。
「皆、無事ですか?」
広間にローナがやって来て、全員の無事を確認している。屋敷と屋敷周辺の敷地の確認をしてから来たけど、大きな被害はなかったと説明をしてくれた。敷地の端のほうの確認はソフィアたちの父親であるアイルマーが馬を走らせて確認しに行っているらしい。
責任のある立場の人はこういう時にも慌てふためいてはいけないのだなと、実亜はその大変さをしみじみと学ぶ。
「アステリア、大丈夫?」
ローナがこの中では年下のアステリアを一番に気遣っていた。
「はい――お母様、ミアお姉様は地震にお強いそうです」
アステリアが「驚きで私の怖さが何処かに行きました」と、ローナに答えている。
「ミアさんが?」
慣れている? ローナが不思議そうに実亜を見ていた。親子だけあって、不思議そうにしている顔が凄く似ている。
「ローナ様、ミア様がお住まいだったニホンでは地震が多く、学校では地震の仕組みや身を守る訓練も教わるそうございます」
実亜に代わってばあやが大まかな説明をしてくれた。
「まあ――それは凄いことですね。ミアさんは只者ではないと思っていたのよ」
これからはミアさんの経験と知識をクレリー家に取り入れましょう――ローナがそんな決断をしている。
そして、そのまま集まった人たちに地震への心構えを説明するミニ授業みたいなものが始まっていた。




