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クレリー家の人たち

(97)

「じゃあ、十五歳からこちらで働いていらっしゃるんですか?」

 夕食までもう少し時間があるらしく、それまでの間で実亜はクロエと少し話し込んでいた。クロエの仕事が心配だったけど、今日はクロエの仕事は午前で終わって、午後からの勉強を済ませて、ソフィアとアステリアに頼まれてのちょっとした様子見だったらしい。

「はい。今年で五年目になります」

 クロエは笑顔で答えて、実亜が勧めたお茶を飲んでいる。持って来てくれたのはクロエだから、勧めるも何も自由に飲んでもらわないと筋が通らないのだけど。

「五年目……もう立派な執事さんだと思うんですけど、まだ半人前なんですか?」

 実亜はクロエが「半人前」と言っていた言葉を思い出していた。

 個人差もあるし一概には言えないけど、五年というのは相当なキャリア――アルバイトやパートタイムの勤務でも五年目くらいの人が居てくれると安心感があるものだ。

「執事長は三十年以上お勤めですから、私はまだ若輩者です」

 クロエが言うには年に一度しか関われない仕事もあって、一通りの流れを覚えるだけで精一杯のものも多いらしい。

「三十年は勿論凄いですけど、五年も凄いですよ」

「そう言っていただけると、光栄です。ミア様は――お辛くなければ、どのようなお仕事を?」

 クロエはもう一度蜜飴を用意して、実亜に食べるよう勧めてくれる。そして、気を使っているのがわかる訊き方をしてくれた。

「私は、学生時代からコンビニ――えっと、食料とか日用品を売る店の店員をしたり、飲食店の厨房とか接客とかです。学校を卒業してからは毎日事務仕事でした」

 実亜は甘酸っぱい蜜飴を一口食べなから、クロエに自分のしていた仕事を答えていた。年数的にはアルバイト時代のほうが多いけど、仕事量としては社会人になってからのほうが濃密だったなんて説明しながら。

「毎日……お休みはなかったんですか?」

 クロエが不思議そうな表情で「そういえば、ソフィア様から一日中開いている店の話を伺いましたが……」と心配している。

「え? お休み……言われてみれば、お休み…………なかったです」

 学生時代は放課後には即アルバイトに向かっていたし、学校が休みの日は朝からアルバイトの掛け持ちをしたりだったし――就職してからは休日出勤という言葉の意味がわからなくなるくらい、毎日会社に行っていた。

 毎日の睡眠時間が休みということにしても、一日五時間程あればいいくらいのものだから、実亜にとっては「休みって何?」という感覚だ。

「そんな……」

 クロエが絶句している。

「でも、クロエさんたちもおうちのお仕事ですから、お休みはない……こともなさそうですね」

 いつものメイド服や執事服と違って少しラフな服装のクロエを見て、実亜は答えていた。クロエは今は休みだと言っていたし、丸一日ではなくてもちゃんと休める環境ではあると思う。

「私たち使用人は三日に一日程度はお休みをいただいてますね」

 帝国の法律でもそのように決められています――クロエが軽く説明をしてくれる。労働者を保護する法律があって、ほとんどそれを守っていると。守らなかった際の罰則はそれほど厳しくはないけど、帝国中に広くそのことを知らされて信用を失うので、商売そのものが成り立たなくなるらしい。

「その間のおうちのことは――あ、皆さんが一気に休むわけではないですね」

「はい。交代で休んでいます」

 誰かが体調を崩したり、用事などで休んでも大丈夫なように、余裕のある雇用をしている――クロエはまだ見習いだけど、その人たちをまとめる役目も勉強中らしい。

「ですよね……」

 それにしても、実亜の居た会社の人たちに聞かせたいシステムだと思った。そもそも、余裕のある雇用は基本だと思うのだけど、便利になりすぎたりすると基本を忘れるのかもしれない。

「ミア様――私がこんなことを言うのは失礼ですが、カイシャでのこと話していただいてありがとうございました」

 お辛いことだったと思います――クロエはお茶のおかわりを注いでくれていた。

「いえ、そんな。クロエさんが話しやすくて、楽しかったです。お茶ありがとうございます」

 実亜が飲みやすい温度になったお茶をありがたく飲んでいると、扉をノックする音が聞こえた。

「ミアお姉様、お食事が出来ましたよ? クロエ、ここに居たのね?」

 クロエが扉を開けると、アステリアが居た。実亜を見て、クロエを見て、忙しく嬉しそうだ。

「アステリア様が心配だと仰ってたじゃないですか」

 クロエが優しい笑顔でアステリアに答えている。

「そうなの。ありがとうクロエ」

 アステリアは実亜の近くに来て「お熱はない?」と心配そうに訊いて来たので、実亜は笑顔で頷く。

「私も心配でしたから」

 クロエはティーセットを片付け始める。

「お二人ともご心配ありがとうございます。おかげで治りました」

「よかった――クロエの村の蜜飴が効いたのね」

「はい。美味しかったです」

 実亜もアステリアもクロエを手伝いながら、そんな話で盛り上がっていた。


「ミア、具合はどうだ? 滋養にいいだろうと思って、ミソシルを作ったんだ」

 沢山食べてくれ――食卓に向かうと、ソフィアが楽しそうに食器をセッティングしてくれた。

 深さのあるスープ皿には味噌汁――野菜多めで豚肉が入っているので豚汁――が注がれる。

「作ってくださったんですか? ありがとうございます」

 美味しそうな味噌汁を前にして、また小さくキュウと実亜の胃が鳴った。このままではクレリー家の人たちに食いしん坊だと思われるな――実亜は小さく心配をする。

「ああ、野菜も切ったし、味付けの仕上げも私だ」

 ソフィアがちょっと得意気でキラキラした笑顔で実亜のほうを見ていた。

「これがミソシル――いい香りですね。野菜も沢山で色鮮やかです」

 ローナは「お先に少し失礼」と味見をして、納得の微笑みを浮かべている。好みに合ったらしい。やはり、家族は味覚の好みが似るのだろうか、なんて実亜は思う。

「最近、帝国では色鮮やかな野菜を食べるほうが身体にいいのではないかと話題ですよ」

 その他の料理を持って来てくれた料理長が「小耳に挟んだ」と教えてくれた。

「そうなのか? ミア、知っているか?」

 ソフィアが期待に満ちた目で実亜を見る。ソフィアにはすっかり食いしん坊だと認識されているようだった。

「えっと、緑黄色野菜って言って、鮮やかな色の野菜は栄養も多いと聞いたことがあります」

 ここで期待に応えてしまう自分が居るのもまた事実で、少し薄い知識だけど、実亜はしっかりと答えていた。

 野菜や果物の色にも栄養が沢山あって、注目されている――と。

「ふむ、目でも美味しいものだし、食べてもいいのなら言うことなしだな――」

 ソフィアが嬉しそうに「ミアは凄いだろう?」と、ローナとアステリアに自慢している。

「ええ、ミアさんは新しい知識が豊富ですし、美味しいものが好きなところも可愛くて素敵だわ」

 ローナが「温かいうちにいただきましょう」と料理を食べ始めていた。もう、ローナにも食いしん坊認定されているらしい。

「ミアお姉様のお話、勉強になります。美味しいです。多分、クロエも好きな味よ?」

 アステリアは初めてのミソシルに感激してるみたいだった。


「ミア、ミソシルが鍋を洗わずに済むくらい大人気だったらしい」

 夕食を終えて、今日は念のため無理をしないようにソフィアの部屋で大人しくしていると、ソフィアがそんな言葉と共に、小皿を手にして戻って来た。

「ソフィアさんのお料理が上手なんですよ。美味しかったです」

 実亜は小皿を受け取る。カットされたスイミツトウ――桃が入っている。

「ふむ、これでも基本は教えられているからな――ああ、クロエは三杯ほど食べていたそうだ」

 ソフィアがスイミツトウを一切れ、フォークで刺して実亜に食べさせてくれた。旅の途中で食べたものとは少し甘さが違って、こちらのスイミツトウは少し爽やかな甘さだ。

「そんなに気に入ってくださって……?」

 塩分がちょっと心配になる。でも、こちらの料理は他のものだと元々そんなに塩を使わないし、ミソシルも具沢山で薄味にしているし、そこまで気にしなくてもいいだろうとは思うけれど。

「アステリアも密かにおかわりを食べていたみたいだ。育ち盛りでいいことだな」

 ソフィアは食べさせてくれたお返しに実亜が差し出したスイミツトウに齧り付いて「美味い」と笑う。

「はい。沢山食べてくださって、嬉しいです。でも、今日は皆さんにご心配をかけました……」

 実亜はソフィアに「ありがとうございます」と礼を言う。ソフィアは「気にするな」と頭を撫でてくれていた。

「皆、優しいからな。アステリアはクレリー家の人間としてはもう少し勇敢になって欲しいものだが」

「でも、ローナさん似で穏やかな感じですし、優しさだって強さですよ」

 強くないと優しくなれない――ソフィアや、他の人たちみたいに。実亜は思う。

「ふむ、母上はあれでも戦乙女(いくさおとめ)と呼ばれていた人だが――」

「えっ、自警団に居たと仰ってましたけど……そんなにこう……戦いの前線に居らしたんですか?」

 そういえば、戦いの日々の中でアイルマーと出逢ったと話をしていた――ソフィアの父親のアイルマーは騎士だろうから、相当危険な戦いだってしているはずだ。

 でも、公爵家の人だし比較的安全な場所――とは思うけど、ソフィアは帝国最北の地でわりと危険な任務をしているから、その辺りの贔屓のようなものはないのかもしれない。

「ああ、魔物との戦いで自警団ながら何度も叙勲(じょくん)――何と言えばいいか、勲章をいただいている」

 数えてないが父上より多いはずだ――ソフィアが説明してくれる。

 騎士が魔物との戦いで功績を上げるのは当たり前のことだから、勲章は少ないらしい。

「……はい。つまり、勲章を沢山いただくくらい、強い」

 人は見かけに寄らないというか、でも、ローナはいわゆるキャリアウーマン的な感じではあるから、そういった強さもあるのかもしれない。

「そういうことだ。それを考えると、ミアの言う通り、優しさは強さかもしれないな」

 母上は優しいし、わかるぞ――優しくて強いソフィアが、優しくて強い人たちを思いながら頷いているみたいだった。

戦乙女は「いくさおとめ」にしてますけど「せんおとめ」でもいい気がします。

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