表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/142

眠りの中に

(10)

 温かい――誰かが隣に居てくれるだけで、不思議と安心出来る。

 実亜は完全に寝入る前独特の浮遊感に揺られていた。

 ベッドがふわふわだし――ソフィアの体温で適度に温かい。

 そもそも私はどうして此処に居るのだろう――どうしてソフィアは優しいのだろう。

 大体、騎士って実際に居るんだ――此処は本当は何処なんだろう――

 まとまらない思考がやって来て、それはすぐに去って行く。

 会社はどうなった――仕事から逃げたで済ませてくれるか。

 仕事――この世界で仕事を探さないと。必要とされる場所を見付けないと。

 もう向こうの世界には、必要とされる場所なんてないから。

 折角温かいベッドで眠れるのに、こんなことを考えるのは勿体ないな――

 楽しい夢を――見られたら。


「……眠れないか?」

 少し寝返りを打ったら、ソフィアの囁き声がした。

「いえ……温かくて、もう寝そうです。でも、仕事しなくちゃ……」

 実亜は寝言のように答える。ブラック企業での習慣はなかなか抜けないみたいだ。

 夢か現か――わからないくらい眠りに近い。

「今はゆっくり休めば良い。仕事はそれから考えることだ」

「んー……はい。おやすみ……」

 ソフィアの声に促されて、実亜は眠りの中に入る。

「――おやすみ。冷えないように」

 温かいブランケットを押さえるように、ソフィアの腕が重ねられたような気がした。

 抱きしめられてはいないけど、包まれている安心感がそこにはあった。


「お前なんか誰も――」

 闇の中から声がする。

 わかってる。だから必死で働いた。生きていくために、必死で。おかしな矛盾だ。

 だけど、誰からも認めてはもらえなかった。

 世界中でただ一人――孤独に生きて孤独に死ぬ。実亜はそのつもりで生きていた。

「――要らない人間」

 ああ、これは夢だ――いつも夢の中は容赦がない。

 この頃は眠ることさえ上手く出来なかったけれど。

「ミア――大丈夫か?」

 ソフィアの落ち着いた声がする。

 闇が少し薄くなって――温かな陽射しが実亜の瞼に揺れていた。

 ベールを剥ぐように、実亜は夢から目覚める。

「……」

 隣にはソフィアが居る。少し困ったような顔だ、

「私……?」

 起き上がろうとした実亜の目から、涙が落ちた。

「うなされて、泣いていたようだな」

 ソフィアの指が実亜の涙を拭う。初めてこうしてもらった時の感覚が、すぐに蘇る。

 優しくて――心地良くて。もっと甘えたくなってしまう。

「ごめんなさい……」

「謝ることはない。良くあることだ」

 大人が泣いてはいけないという決まりもない――ソフィアはそう言ってまた実亜の涙を拭う。

「ソフィアさんも、寝ながら泣いたりするんですか?」

「いや、リスフォールでは昔、魔物の襲来で悲劇があったからな。生き残った人たちで悪夢にうなされて泣く人も少なからず居る」

 私の弟子も小さい頃はそうだった――ソフィアはそう言って懐かしむように笑っていた。

「魔物……?」

「人を襲って町を破壊する。厄介な、人ならざる存在だ。ミアの国には居なかったのか?」

 そんな生き物が居る世界――本当に、実亜が居た世界とは違う。

「魔物、みたいな人は沢山居ましたけど……」

「……成程、時には人のほうが恐ろしいものだからな」

 ソフィアは苦笑いで実亜をもう一度寝かしつけていた。

「ミア、安心しろ。此処の人たちは哀しみを知っている。決してミアを酷くは扱わない」

 店の親父も良い人だっただろう――ソフィアが言う。

「ソフィアさん……」

 この街の人は、実亜を見て特別変わった反応をしなかった。

 決して見慣れた存在ではないはずだけど、奇異の目で見られた感覚もない。

 認められたわけではないのだろうけど、自分を否定されない感覚はありがたくて――

「また泣いてしまったな……私は口下手で良くないな。ミアを安心させてやれない」

「ううん、凄く、優しくて安心します」

 もう、あんな想いをしなくて良いんだ――実亜は小さく呟く。

 ソフィアはぶっきらぼうな口調だけど、実亜のことを否定しない。この街の人たちも。

 此処は自分を否定され続けて、自分でも自分を否定し続けて苦しまなくても良い世界だ。

 何もわからないけど、今はそれだけで良い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ